表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うさぎと煙草とストーカー  作者: 田中アマノリ
10/25

その10

 不思議な事に彼女は俺に何をするでもなく、一般の学生と同じように教室を出ていった。もしかしたら話しかけられるかもと身構えていた自分が馬鹿みたいだ。それを変だと思うのは、俺の思い違いだろうか。


 全ての学生が掃けて教授が帰った後も、俺は一人席に座り、思考を張り巡らしていた。


 これは彼女の作戦だろうか。焦らす事によって俺からのコンタクトを得て、そこから恋だか何だかに発展させるという悪意だろうか。そんな事を少しでも考えた自分が馬鹿に思えた。


 俺は自分の考えを捨て去り、教室を出た。今日の授業はこれ一つしかない。後は帰る途中でツタヤに寄ってCDを返せば、今日の予定は全て終わる。考えてみると、なんと寂しい予定だろうか。


 校門への道は多くの学生でごった返していてうんざりしたが、自分がツタヤに行くのだと思いだすと、その考えは安楽に変わった。俺は人の流れに任せて校門を出て、駅へと向かう学生の群から外れ、ツタヤのある方へと向かった。


 ツタヤの店内には小中高大問わず多くの学生がひしめき合い、その光景は光を求める地獄の亡者を思わせた。天井から吊らされたプレートを見ると、「新旧問わず全てのCD、DVD、ブルーレイがレンタル百円!」と書かれている。俺はうんざりしながらも、レジへと続く長蛇の列に並んだ。


 列が半分ほど消化された所でやっと店内を見渡す事が出来たが、同時に俺の精神はぼきりと音を立ててへし折れた。並んでいるレジの横には「返却専用」のレジがあった。三十分近くも耐え続けた苦労は、一目でゴミにもならない物となってしまった。


 このまま意地で並び続けようかとも思ったが、そんな気高いプライドは無くさっさと帰りたい気持ちで一杯だったので、列を抜け隣のレジに並んだ。並んだといっても、俺の前には二人しかいない。


 前の客が去ると同時に鞄から青いケースを取り出し、店員に渡す。店員は新聞をめくるように素早くCDケースを開閉した。


「こちら六枚中、四枚に延滞料が加算されます。よろしいでしょうか?」


 もしここで「よろしくないわ!」とでも言えば無料になるというのか。否、なる訳がない。赤っ恥をかいて今後ツタヤに入り辛くなるだけだ。俺は素直に「はい」と答え、指定の延滞料を支払った。


 思っていた以上に料金が安いと思えたが、レンタルした中の二品が旧作だったのを忘れていただけだった。貧乏根性が足の爪先まで染み込んでいる俺は、旧作だけもう少し借りとくべきかと思えたが、また延滞する可能性もあったので何も言わずに店を出た。


 収入と言うべきかどうかは分からないが、とりあえず収入と呼ぶとしよう。思わぬ収入に俺はほくほくとした笑みを浮かべた。これで今日の憂鬱を全てチャラにしてもいい。


 昼食を食べていなかった俺は、駅の裏にある「なごやん」へと向かった。一回生の頃から通っている馴染みのうどん屋だ。


 店の戸を開けると、ちりんちりんという涼しげな鈴の音と共に、「いらっしゃい!」という店主の声が聞こえた。俺は券売機の前に立ち、小銭を入れて「たぬきうどん」のボタンを押した。


 テーブル席に鞄を置き、店主に食券を渡す。これで俺の財布はほぼ空となったが、明日になれば三山からのバイト代が入るので気にする程でもない。それよりも早く腹を満たしたかった。


 うどんが出来上がるまでの間、暇潰しに小説でも読もうと思ったが、鞄の中に小説が入っていない。どうやら持ってくるのを忘れたらしい。俺は小さく舌打ちし、店内を見渡した。


 店の形ほぼ正方形と言っていい。店に入ると目前にはカウンター席が立ち並び、その奥にテーブル席がある。俺が座った場所からは、店内をぐるりと見渡す事が出来た。入口、券売機、レジの置かれたテーブル、金魚のいない金魚蜂、カウンター席、厨房、店主、神棚、惣菜の置かれた本棚、そして俺のいるテーブル席。客は俺以外誰もいない。


 中でも俺が目に着いたのは、一番端の防災ずきんの置かれたカウンター席だった。前に店主から、「可愛い子がよくそこに座っている」と聞いた事がある。聞いた時、俺の胸はどくんと揺れた。


 その謎の美女は、どうやら俺と同じ大学の学生ではあるらしいが、俺はその彼女に一度も出会った事が無い。可愛いと言われたら見てみたいのが男子たる故だ。一度くらいはお目にかかりたい。


 店主が「おまち!」という軽快な声と共に、テーブルにたぬきうどんを持ってきた。俺は箸立てから割り箸を抜き取り、うどんを啜った。


 たぬきうどんは地方によって若干の違いがあるが、ここのたぬきは油揚げの乗った関西地方のたぬきだった。要するにうどんと呼ばれているが中身は蕎麦だ。何故に「たぬきそば」と呼ばずにたぬきうどんと呼ばれるかは俺には分からない。


 ただここのたぬきうどんは何故か油揚げの他に少量の肉が入っていた。牛でも豚でもないクセのある味を持つその肉を一度店主に尋ねた事があったが、店主はにんまりとした笑みを浮かべるだけで何も答えなかった。俺はこの肉を本物のたぬき肉だと勝手に思っている。


 BGMすら無い空間でただ黙ってうどんを啜っているのが侘しかった俺は、店主に話しかけた。


「なぁおっちゃん。前に話してたそこの席の女の子ってどんな子?」


 店主はうどんの湯切りをしながら答えた。

 

「あぁ、あの子かい。大体週一くらいでうちに来てくれるよ。背はちっちゃくて、あんまり目立つ感じの子ではなかったなぁ」


 なるほど。どうやらその女の子は小奇麗に着飾ったタイプではなく、素朴なタイプらしい。しかし店主が「可愛い」と言っているのだから、顔にはそれ相応の良さがあるのだろう。そうなるとますます会ってみたい。


 たぬきうどんを食べ終えた俺は、店主に「ごちそうさま」と言って店を出た。そのまま駅の改札口へと向かい、電車に乗った。


 電車の中でも俺は底の無い妄想を膨らまし、車内にいる可愛い女学生を見ては「あの子ではないだろうか?」「いや違う。あれは綺麗すぎる」と自問自答した。頭の中では小汚い妄想を広げ、見知らぬ女の子と目が合っては背け、気付かれては狸寝入りをする俺の存在は、さぞ女学生の印象を悪くしただろう。


 寝たふりを繰り返すうちに本当に眠くなり、うとうととし始めた。結局授業中も寝なかったので、今頃になって眠気が来たのかもしれない。恐るべき教授とビデオのタッグ。俺はそのまま夢の世界へと飛んで行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ