04 知識
「この町――ブロッサムのこと、全然知らないんですか?」
その一言をきっかけに、ルシアに町の案内をしてもらうことになった。
ペンのことも気にはなっていたが、それについては後回しでもいいだろう。
町はやはりゲームの中よろしく、武器屋に道具屋などがあり、食料品店や宿屋などもある。食料品店などはゲームなんかではなさそうだが、さすがに人が生活していく上で大切なのだろう。
しかし、その中でも一番目を引いたのは闘技場だった。いわゆるコロシアムという形を取った建物が二つもあり、対称的に並んでいる。
その規模といい会場からの歓声といい、この町の最大の娯楽とも呼べそうなほどの盛り上がりを見せている。
「ここはこの町で最もにぎわっていると言ってもいい場所ですね」
「闘技場が?」
「はい。近くの町や王都などからも人が集まってきて、それで力を競い合うんです。今はちょうど剣術大会の終盤戦なので、盛り上がりもひとしおといったところです」
「剣術大会、ね」
さすがに剣の心得はまったくないが、ボールペンの効果次第では何とかなるかもしれない。
もっとも今から大会に出るのは難しそうではあり、そもそもどういった人が出ているのかもわからないから、出るとすれば調べてからだろう。
「誰でも出れるのか?」
「ランクというものがあるので誰でもってわけではないですね。大会がいくつかあるのでそれらを順番に勝ち上がると優先出場権ってのが与えられるとか……。詳しくは闘技場の係りの人に聞いてみてはどうですか?」
「試合に勝つと賞金がもらえたりするわけだ」
「もちろんですよ。賞金だけではなくて、それはそれは大層な名声も手に入ります。大会の上位入賞者には王国直属の騎士団に入団する打診が来るとか来ないとか」
「すごい大会だな」
闘技場からは決着がついたのか、一際大きな歓声が上がった。
一攫千金。あるいは成り上がるための一つのチャンスになっているんだろう。
「ところで、この町に図書館はあったりするのか?」
「図書館ですか? 意外ですね。拳が強いので、そっち方面の人かと思いました」
ルシアが素振りをして見せている。ひょこひょこした拳で、やはり女の子だ。
本当に彼女は武術の心得があるのだろうか?
「それでよく立ち向かえたな」
「実際にやるのと本で読むのとだとやっぱり違いますね」
「本?」
「本で読んだのでできるかなと思ったんです……」
「……当然の帰結ってやつだな」
かくいう俺も心得があったわけでもなく、しかも今から似たようなことをしようとしている。
ボールペンで得られる能力には時間と回数に制限があるようだから、四六時中それに頼ることはできない。
とすれば、手っ取り早いのは本を読んで知識を身に付けるということだ。
幸いなことに簡単な魔法なら誰でも身に付けられるだろうとルシアは言っていた。
そこに活路があるはずだと思ったのだ。
しばらく歩くと、図書館に着く。
他の建物にも負けないほどの大きさで、そこに入ろうというだけで少し頭が良くなった気さえする。
厳かな佇まいのその場所に入って行くと、広々としたスペースが目に入る。
左から右までどの棚にもびっしりと本が埋まっている。
「魔法の基礎についての本を読みたいんだ」
「今から勉強ですか?」
「そうなるな」
「さすがに一朝一夕で身に付くようなものではないと思いますよ」
「やってみなければわからないってやつだ。やらないうちに諦める理由はないように俺は思う」
「そうですね……じゃあちょっと取ってきます」
椅子に座ってしばらく待っていると、ルシアが三冊の本を持ってくる。
どれもハードカバーでやたら難しそうな雰囲気がある。
「全部読むのに五時間はかかると思います」
「やってみなければわからないだろ?」
「さすがにそれはわかります」
「試しにちょっと待っててくれよ」
俺はボールペンを使ってコードを書き込む。
『超速読術の会得』と書き込むと、認証される。
回数制限はリセットされている。おそらく日を跨ぐとリセットということだろう。
つまり、日に三回までは凄まじい能力が使えるってわけだ。
そして研ぎ澄まされた集中力で、俺は本を読み始めた。
すると、頭の中に文字の情報が次々と入り込んでくる。
ついさっきページをめくったと思えば、すぐに次のページもめくっている。
読んだ内容もすべて頭の中で整理されていく。
それほどスムーズに本を読むことができている。
少し経つと集中力が途切れ、俺は一息つく。
ボールペンの効果もおおよそ五分ってところだろう。
そして今回は頭に多少の痛みがあるものの、身体的な痛みはない。
上昇した能力を使った分だけその疲労が体に跳ね返ってくるという線が濃厚かもしれない。
そして一番大きな収穫はこれだ。
「この二冊目は途中までしか読んでないけど、ほとんど同じことが書かれてたな」
「まさか本当に読んだんですか? 冗談ですよね?」
「だからやってみなければわからないって言っただろ?」
事実、俺もやってみなければどれほどのものかはわからなかった。
これほどの本をこんな短時間で読めるとなると魔法の習得はすぐそこかもしれない。
「信じられないです。でも、たしかにこの三冊はほとんど同じ内容が書かれているはずです。基礎って言われたので基礎の本を三冊持ってきました」
「なるほど。ともすれば今俺の頭の中に入っていることがすべて基礎というわけだ」
一番大きな収穫。それは時間が経って能力自体は失われても、そこで得た経験や知識は失わないということだ。
そういった意味で図書館で理論書などを読むのはこの世界を生き抜く上で有効かもしれない。
しかし、同様に読むことだけが速くてもダメだということもなんとなく理解した。
読んで理解するとなると速読だけではうまくいかない。
どういったことが書かれていたかはだいたい覚えているが、それをうまく理解できている感覚はあまりないのだ。
「帰ってからよく復習だな。ここは本を借りることはできるのか?」
「できません……けど、その本なら私の家にもありますよ」
それは暗にまだ居させてもらえるということを意味しているのだろうか。
「そんなに毎日世話になっていいのか?」
「誰かといるほうが楽しいですし、私は全然気にしてませんけど」
「それなら俺も助かるよ」
居場所があるというのはそれだけでありがたいことだ。
実際にこの世界で野に放たれたら生きていく自信はあまりない。
「でも、武術だけじゃなくて本もそんなに速く読めるなんて、すごいですね。むしろなんで今まで魔法を学んでこなかったのかが不思議なくらいです」
「学べる場所があれば必死に学んだだろうけどさ」
「……もしかして悪いこと聞いちゃいました?」
「違うよ。そういうことじゃない」
ルシアは不思議そうな表情を見せたが、それ以上は聞いてこなかった。
たぶん俺が貧乏だとか孤児だとか、そういうことを想像していたんだろう。しかしそれも、ある意味この世界においては間違いではないかもしれない。
それに、俺のいた世界にも魔法があればきっと喜んで勉強していた気がする。
だから嘘でもない。
しかし今はひとまずこの世界で生活することを考えなければならない。
目が覚めてもこの世界にいるということは、つまりそういうことなのだろうから。
俺は少しずつ楽しみを見い出しながら、ルシアと一緒に本を戻した。