表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

01 例えば

 日曜日。

 朝起きると昨日片付けたはずの机の上にペンがあった。

 俺はそれを手に取って、何の気なしにノックした。


 そう、ノックしてしまったんだ。


 人生というのは些細な出来事で大きく狂わされることがある。

 例えば、乗る電車に数秒遅れて遅刻する。

 例えば、テストの解答欄がずれて赤点を取る。

 例えば、ダイエットを決めていたのに間食をとる。

 例えば、コーラのつもりで飲んだ飲み物がしょうゆだった。

 例えば……と言い出せばきりがない。

 そしてどうやら俺もその例外ではないらしい。

 良くも悪くも些細な出来事で人生を大きく狂わされることになる。

 俺の場合それは、『例えば、見知らぬボールペンをノックする』だった。


 瞬きを何回しても景色が変わるわけじゃない。

 目の前にはただただ見知らぬ景色があった。

 漠然としすぎて意味がわからなかい。傍から見れば呆けているように見えるかもしれない。しかし別に呆けているわけじゃない。何が何だか理解できないだけなのだ。


 俺は朝起きてボールペンをノックした。すると次の瞬間、俺は自分の部屋ではなく見知らぬ場所にいたのだ。ちょっと俺にも何を言ってるのかわからない。だけどありのままを語ればそうなる。


 しかしどうやらここは現代ではない。馬車が通るのはまだしも、角の生えた馬――一角獣を率いた馬車のようなものまでも道路を横断しているところを見ると、ここは現代じゃないどころか現実でもないように感じられる。何に近いかと聞かれればゲームの中というのが一番近い。


 こういう夢の中のような展開ではほっぺたをつねるのが鉄則だ。

 俺は頬を軽くつねった。

 痛い。

 現実か夢かはいまいちはっきりとしないが、感覚がきちんとあるということだけは間違いない。


 しばしの間があって、俺はどう考えても諸悪の根源であるボールペンをいまもなお手に持っていることに気が付いた。

 それを再びノックすれば現実に戻れるかもしれない。そう思って俺はとりあえずノックした。

 すると、目の前にウインドウが現れた。かなり大きいウインドウで視界の半分近くを遮っている。

 そこには日本語で、『コードを入力してください』と書かれていた。


「コード?」


 俺はハッとなった。言葉を発した俺を周りの人間がいぶかしむような目で見ているのだ。

 とりあえず日本人の固有スキルである愛想笑いを発動させてこの場をやり過ごそう。そして場所を変えるに限る。このままでは歩く人すべてに見られることになる。

 と思うと、振り回す顔につられてウインドウがついて来た。左を向いても右を向いても目の前でずっとウインドウが固定されてしまっている。

 見にくい。もう一度ボールペンをノックしてみよう。

 すると今度はウインドウが音もなく消える。

 なんのためのものだかはわからないが、目の前のものが消えて一安心だ。

 ひとまずどこか路地に入ろう。誰にも見られていない場所で状況を整理するに限る。


 俺は近くの脇道に入った。

 そしてよくわからない建物の入り口の階段に腰を下ろす。それだけでも少し落ち着いた。


 まず、ここは現実ではない。これはおおよそ確定だ。いわゆる中世に近いという印象だが、ゲームの中というのがやはりしっくりくる。しかしどうにもまるで生きてるかのような現実感があるのが不思議だ。


 次に俺の持ってるもの。服装は寝起きのまんま。趣味で買ったバスケットパンツにTシャツ。そしてボールペンだ。

 このボールペンが何かのキーになっていることは間違いない。

 もう一度俺はノックしてウインドウを出してみた。

 薄い半透明の青に、『コードを入力してください』の文字。


「ったく……コードって言われてもな……」


 おそらくこの手に持つボールペンで書くのだろう。線を引っ張ってみると、たしかにそれが跡となって残る。


「ここは適当に……」


 俺は『世界一速く走れる』と書いた。


『認証完了。発動します』


 まさか日本語で一発オッケーとは思わなかったがなんとかなったようだ。

 俺はノックしてウインドウを消すと、走ってみた。

 ――体が軽い。

 よもや自分の体とは思えないほどの軽さだ。少しスピードを上げてみよう。

 俺は駆ける足に一層の力を入れた。するとおよそ人間とは思えないほどの速さが出せた。

 その辺りを走る馬車よりも速いだろう。

 肌にあたる風が心地よい。

 あまりの速さで周囲に風が起こる。

 俺はそのスピードのまま、大きな通りから脇道、そして裏路地などを駆け回った。


 走ることはこんなにも素晴らしいことなのか。

 そう思っていると、突然全身に衝撃が走り、足取りが重くなる。

 体中に感じる僅かな痛み。そして息が苦しい。


「ど、どう……した……ってんだ……」


 立つこともままならないほどの苦しさ。

 蝕まれるように徐々に黒くなり、失われていく視界。

 意識を保つことが困難になるほどの苦痛が俺の体を襲う。


「だれ……か……たす……け……」


 そうして、俺はどこかの路地に入ったところで倒れてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ