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私がアルバイトをしている組織の名前は、『悪の秘密結社』と言います。センスの欠片も無い名前だと思いますよね。でも、ボスや撫子さんはとっても気に入っています。彼らと話していると、時々、私のセンスが可笑しいのだろうかと悩んでしまう事があります。
事務所の入り口には、『㊙』の看板が目立つように設置されています。悪の組織の事務所ってオープンにしててもいいのでしょうか?それに名前が秘密結社ですよね。どこも秘密にしていない事が不思議でなりません。この辺が一般人との違うところなのかな。
ボスの名前は、毒嶌 悪斗さんです。表の顔は、セキュリティーガードと言う会社の社長。裏の顔は、悪の組織のボスをしています。顔がモアイそっくりなので、撫子さんによくからかわれています。私もモアイと呼ぶ事がありますが、本人には秘密です。悪の組織を結成した理由が、「大好きな正義の味方に合えるから」だとか。この人が正義の味方オタクでなければ、私もこんな所に居なかったのですが・・・。
ボスと撫子さんは、国立T大の同級生。正義の味方が大好きな二人が意気投合して、ヒーロー研究会なるサークルを立ち上げたのが、出会いの切欠だそうです。すごく迷惑な話がありまして、いまだにこのサークルは存在しています。毎年、優秀の正義の味方や悪の組織のメンバーを世に排出しているとか。迷惑な人達を毎年輩出するサークルが早く潰れてくれる事を心から願っています。そうそう、ボスは撫子さんより年上だそうです。理由は聞かないであげてくださいね。
午前中に振った雨が上がり、灼熱の陽射しの下を私はふらつきながら歩いています。立ち込める水蒸気のおかげで、不快指数が勢いよく上昇しています。ふらふら歩く今の私は、牛歩戦術の大会に出場したらぶっちぎりの一番なになる事でしょう。
思考能力を完全に失っていた私は、気が付くとアルバイト先のドアの前に立っていました。何処をどのように歩いて来たのか記憶にありません。赤信号を飛び出して他の人に迷惑をかけていないか。それだけが心配でなりません。
私は勢いよく引戸を開けました。冷たい風が心地よく感じます。
- パタン
私は、中に入らず静かにドアを閉めました。どうやら場所を間違えたようです。
ご愛用のコンビニ、勉強に使用している喫茶店、目の前には『㊙』の看板。辺りを見回しましたが、間違えている様に思えません。
私は再びドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開きました。
先程と同じ様に、そこには怪しい二人組みが立っていました。
一人は、三本の角が生えた黒いフルフェイスの兜に、表は黒、裏地は赤のマントを羽織った人。一人は、陶器で出来た黒いマスクに美しい金髪を靡かせ、右手に指揮棒を持った人。二人は共通して、全身黒タイツで、額に文字が書いてあります。
・・・
こんな人達見たこと無いな。
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『悪の秘密結社』のメンバーは、ボス、撫子さん、アルバイトの私の三名だよね。
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・・・
謎が解けました。
全ての事柄から判断して、私は時間移動したのです。何かのテレビで時間を移動した人は、記憶が曖昧になると聞いた事があります。熱でムワーッした道が時間移動の入り口だったのです。
まず、私は時間移動した人が必ずしなければならない行動を起こす事にしました。
「すいません。今日は何月何日でしょうか?」私は変な二人組みに問い掛けました。
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「暑さで頭が可笑しくなった?」陶器のマスクの人が言いました。
「冷蔵庫のスィーツの賞味期限を気にしているのではないでしょうか。」フルフェイスの兜の人が言いました。
・・・
「驚くかもしれませんが、私はタイムトラベラーです。」
・・・
「何処かで頭打った?」陶器のマスクの人が言いました。
「学校で流行っている遊びではないでしょうか。」フルフェイスの兜の人が言いました。
・・・
通じませんよね。よし、コンビニの新聞で確認しよう。私の持っているお金使えるかな?
私は、謝罪の言葉を述べて、急いでコンビニに向かいました。後ろから変な人達が呼び止めていますが、無関係な人達を巻き込みたくないので無視する事にします。
「和泉くん、ちょっと待ちなさい。」
「知沙ちゃん、何言ってんのよ。」
変な人達が私を追いかけながら叫んでいます。
あれ?私、呼ばれましたよね・・・
私が立ち止まり振り向くと、変な人達が追いついて着ました。
「知沙ちゃん、私は外に出たくないって言いてるよね。」
「和泉くん、暑いので事務所に戻りませんか?」
変な人達は、私の事を知っているようです。罠かもしれませんが、従うことにしました。元の時間に戻る為のヒントになるかもしれません。
私は、変な人達に続いて部屋に戻りました。冷たい風が頬を撫でます。
- カチャン
後ろを振り返ると、陶器のマスクの人がドアの鍵を閉めていました。
え!
陶器のマスクの人がゆっくりと私に近づいてきます。怖い。誰か助けて。春、あんたにジュース代貸してたよね。早く助けに来なさいよ。
1歩、1歩、ゆっくりと、陶器のマスクの人が近づいてきます。逃げなければ。心とは裏腹に恐怖で足が震えて逃げる事が出来ません。陶器のマスクの人が近づく毎に、私の恐怖が倍増されていきます。陶器のマスクの人が私に触れようとした瞬間に、恐怖の限界点を突破しました。
「キャー、助けて。」大きな声を上げようとした瞬間に、後ろから手で口をふさがれました。
驚いて抵抗しようと暴れましたが、口をふさがれ、右手を掴めれ、思うように動く事が出来ません。もう駄目だ。私は泣き出してしまいました。
柔らかい手が私の頬にそっと触れてきました。
「何で泣いてるのかな?」目の前には頬を撫でる撫子さんが立っていました。
「裏の顔は秘密にしているので、騒ぎを起されると困ります。」後ろから押さえていた手がゆっくりと離されました。
私の目の前には、フルフェイスの兜を持ったボスと陶器のマスクを持った撫子さんが立っていました。
いろいろと誤解していた事がわかりました。そもそも、私は時間移動をしていませんでした。冷静に考えれば分かることでしたが・・・。ボスと撫子さんが変な格好をしていた理由は、発注していたコスチュームが届いたので試着していたそうです。人騒がせな事をする人達ですね。困ったものです。
私が落ち着くのを見計らって、ボスが黒い物体を持って来ました。とても嫌な予感がします。よし、逃げよう。
「あのー、熱中症になったようですので家に帰って休みたいのですが・・・。」
「熱中症なら涼しい所で休むのが一番いいのよ。」にこやかに撫子さんが答えました。駄目だ。無駄に頭が良いから下手な言い訳では逃げられない。
私は諦めてボスの持ってきた物体を机に広げました。全身黒タイツで、額には『構成員』、背中には『悪の秘密結社』と書かれたコスチュームが白い机の上で無駄に主張しています。私のテンションは急下降、ボスと撫子さんのテンションは急上昇。
「和泉くん、着てみてくれないかな。」
「私は、事務員ですよね。悪の組織の構成員はしませんよ。」
「その事なんですが、悪の組織協会への登録には、ボス、幹部、戦闘員の三名の登録が必要です。家の組織は、私と撫子くんしか居ないので、申し訳ないのですが和泉くんの名前を借りる事にしました。」
何を言っているのでしょうかこのモアイは。
「私、戦闘員なんてしませんよ。」
「大丈夫です。ちゃんとした戦闘員が見つかるまでの仮登録です。名前を使わせて頂いている間は、時給を50円UPします。これで了承して頂けないでしょうか。」
「はい。何も問題ないです。」時給が上がれば、悪の組織との関係を早く清算する事が出来ます。ボスはなかなか良い事を考えてくれますね。
- この選択が、今後の運命に大きな影響を及ぼす事を、今の私は知る由もありません。