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序 冒険者ホーク

 脈絡なくスタート。

 その後出てこない神様とかいらないと思います。

 どんな世界、どんな街にも等しく人の営みがある。

 それはここ、フリューゲルスもまた同じ。

 住み慣れた村を離れて二年、やっとこの騒々しさにも慣れてきた今日この頃、爽やかな朝の日差しに起こされて、ゆっくりと目を覚ます。


 体を起こして一つ伸び。

パキパキとなる小気味良い音を聞きながら軽く周囲を見渡す。

ここは最近贔屓にしている宿屋の一室。

木造の、さほど部屋数も多くない安宿だ。

都市の外れ、住宅街の中にあるさほど立地の良くない宿であるが、清掃も行き届き、木箱に藁を乗せシーツを掛けたような寝台でなくちゃんとしたベッドを使っているところが気に入って決めた。

それまでの宿の質が悪すぎると言われればそれまでだが、懐事情と相談すれば贅沢は出来ないし、もっと金をかけるべき要素がいろいろとあったのだ。


ベッド横に置かれた洗面器の水で顔を洗うと、寝癖を直し装備を着込む。

細身ながら筋肉の乗った肉体に革製の胴鎧を身に着け金属補強したブーツを履く。手の甲に鉄板を張り付けたグローブは朝食の邪魔なのでベルトに挟み込む。

次に剣帯を巻き剣を吊るすと耐刃性が売りの魔獣の革を使ったジャケットを羽織る。


――そして。

革のポーチを二つ手に取ると一つを腰に、もう一つをジャケットの上から右の二の腕に頑丈なベルトで固定した。小さな金具で止められた蓋の内にはカードの様なモノが束で入っている。


最後に小さめの鞄を背負い、フード付きの外套を羽織ると準備完了だ。

金目の物以外、着替えや予備武器等を部屋に固定された鍵付きチェストに保管して部屋を出た。








 ゴツ、ゴツと重い足音を立てながら四歩歩いてから思い出した様に立ち止まると鞄から小さな香水瓶を出し空中に二度吹きかける。

その下をゆっくり潜ると瓶を鞄に戻し、また歩く。昼には消える様な些細な香り付け。だがこれも生きる上で大事な武器なのだ、怠るわけにはいかない。


「おはようございます、ホークさん」

階段を下りて一階の食堂に出ると、ドリスがすぐに気付き声を掛けてきた。


「おはようございますドリスさん。 今日もいい天気ですね」

笑顔で返す。ドリスは三十歳ほどのほっそりとした女性でこの宿屋を娘と共に切り盛りしている。仕事も丁寧で愛想が良いのでこちらも誠実に振る舞っている。


「おはっ、おはようございます!」

奥でテーブルを拭いていた娘のエルザもパタパタ駆け寄ってきて大きく頭を下げて挨拶してくる。エルザは顔を紅潮させて興奮気味だが理由は分かっているのでこちらも動じない。


「エルザもおはよう、朝から元気だね」

笑顔を向けてやり指先だけで頭を触れる様に撫でる。

ホークの胸よりも僅かに低い位置にあるエルザの顔がその鮮やかな赤毛に負けない位真っ赤に染まった。


手近な席に着いて朝食を頼み今日の予定を決める。

冒険者となって二年、やっと安定してきたがまだまだだ。

この世界において非常に大きなハンデを抱えている以上、もっと力を付け金を蓄えなければ不便で窮屈な生き方を強制されるし命に係わるかもしれない。


まずはシャッフルに行き儲け話がないかチェックだ。工房にも金払いの良いところを見せておいた方が都合が良い。予算が潤沢であるに越したことはない。


そこまで考えたところで朝食が来た。

焼きたての丸パン二つと瑞々しい野菜サラダ、それと具沢山のシチューだ。肉も多くはないが入っている。

この格の宿なら十分過ぎる質である。

ホークともう一人しか今は客がいないと聞いているので気を遣わせている気がして、食堂や酒場として機能している昼や夜もなるべくここを利用して金を落とすようにしていた。

ホークは自分の容姿も武器にしているが他者を食い物にしたい訳ではない。善意には善意で返す程度の分別はあった。


ゆっくり食事をとる。

村に居た頃は日の出前に起きて畑や家畜の世話をするのが普通だった。

朝日に起こされて時間に追われない食事のなんと贅沢なことか。

だが、それでも命を懸ける仕事の対価には釣り合わないことを知っているホークは野心とも欲とも呼べる向上心を忘れることはない。


空いた食器を礼を言って下げてもらうと、ホークは日課の儀式をする。

一礼二拍手、人々を見守る神々への感謝と新たな糧を与えることを願う祝詞を唱える。

この声はドリスやエルザにも聞こえているが別に気にはされない。

特別な宗教でもなく、この世界の人間なら誰もが毎日やっていることだからだ。


唱え終えて最後にまた一礼すると軽い音を立てて目の前に白い箱が現れた。

呪術的記号が刻まれた一抱え程もある箱で、横にレバーの様なモノがくっ付いている。


その名も『神意顕現装置ガチャ』である。


――かつて神話の時代、神々と悪魔と龍がこの世の支配者であった頃いつもどこかで争いがあった。多くの勢力が覇を望み戦火を広げるが力あるもののその多くが不滅の存在であり、ただただ大地が荒廃するばかりであった。

その争いは世界が死ぬ寸前まで続き、皆が拳を下ろす頃には不毛の荒野しか残っていなかった。

そこでかねてよりこの状況を予見していた学問の神や魔術の神が力を結集し開発した秘術、『天地創造』によりそれぞれの勢力が自らの世界を創造しこの地を去ることにしたのだ。

後に残されたのは荒野と不幸にも生き延びてしまった僅かな人間たちであった。

人々は嘆き悲しみ、その悲痛な叫びは神々の元まで届いた。

今まで気にも留めていなかった貧弱な生き物がまだ生きていたことに感心した神々は、人間に友好的な地母神をはじめとする神々の声もあり、この世界に対しての最後の責任として一つの慈悲を与えた――


という、設定である。


このガチャは神々の世界と繋がっており、引くことで神々やその眷属の分御霊や、武具、秘術のカードが与えられるのだ。


 とりあえず今日の分を引く。

 さして期待もせずいつものようにレバーを引けば、出てきたのは見慣れた白い縁取りのカード。


 『レアリティ コモン コスト3

   【鉄のサーベル】 攻撃力600 耐久値 300』


 いわゆるハズレである。

 いつものことなので腕の方のポーチにそのまましまうと席を立った。


 「ご馳走様でした、行ってきます」

 「行ってらっしゃい、今日は遅いのかしら?」

 「夕食までには帰れると思います」


 挨拶を済ませて厨房から顔を出したエルザに手を振ると宿を出た。

 扉の前で朝の空気を胸一杯吸う。

 やる気で身体を満たすと同時に目を焼く太陽のまばゆさの中に、ホークはかつての自分を幻視した。








 ――D&T、ドラゴン アンド トラベラーというゲームがあった。

 いわゆるMMORPGというやつでゲーム人口はそこそこであったが、定番の冒険系RPGの世界観にカードゲームの要素をうまく組み込んだコレクション性の強い作品で多くのプレイヤーを熱中させた。

 ホークと名乗る前の自分も熱狂的なプレイヤーでベータ版初期からずっとプレイを続けていた。


 レベルを上げ装備を整えれば出来ることも増えるが何より重要なのは状況に対応するカードを集めることだ。

 険しい地形を飛行型モンスターで飛び越え、溶岩の海を秘術カードで氷河に変え駆け抜け、現地の亜人達に同種族や信仰対象の神を召喚し交渉する。

 課金による最強カードだけでは足りない、目的に合わせた最良を常に模索し続けることが重要視される戦略性の高いゲームだった。


 寝食を忘れて没頭していたゲームだが、まさかそのゲームの世界に生まれ変わることになろうとはかった。

 死んだ覚えも神様にあった覚えもない。

 気が付いたら赤ん坊からやり直しという状況に当時はどれほど悩んだことか。

 生まれた先は田舎の寒村だが食うには困らなかったのが救いか。それでも現代人には耐えがたい不便な日々であった。

 成長するにつれて親と似つかない顔立ちに育ったことも問題だった。魂の問題だとでもいうのか、髪の色こそ遺伝したが前世の顔立ちそっくりに成長したため、村の中で浮いてしまったことで親にも迷惑をかけた。

 小さい頃はこの世界の事をよく知る自分ならきっと凄いことが出来るはずと理由のない全能感に取りつかれていたが、現実に苦しめられ自分には大きなハンデまであることを知ってしまってからは大口を叩くようなことはなくなり、少ないながら味方もいるこの村で静かに過ごすべきではないのだろうかと胸の内に僅かに残る夢の燃えカスの様な感情に蓋をして日々を過ごしてきた。


 ――それでも、それでも諦めきれなかったから今ホークはここに居る。


 一五歳、成人の儀を控えた前日の晩、冷えた月の夜だった。

いつものように寝台で空想を弄んでいた時、ふと今日の無料ガチャを引き忘れていたことに気付いて、慌ててガチャを呼び出した。

 そこでどんな運命の悪戯か、今まで一度だって出たことのないような希少なカード、それもとびきり凶悪で凶暴で栄光と破滅を内包した神話に名を連ねる魔剣を手に入れた。


ホークは一目で魅入られた。

 月明かりを浴び紫に輝く刃の輝きに燦然と輝く黄金の柄。

 自分でも気づかぬうちに柄を握りしめ剣に己の裡に眠る願いを吐露していた。

 英雄になりたい、と。


 魔剣は応えた。見る者を背筋を冷やすような魔力の輝きを発しながら呪い(加護)を与え、進むべき道を示した。

 その後ホークは半ば夢遊病者のような心持のまま最低限の荷物を纏め村を飛び出した。


 我に返ったのは最寄りの町まで一昼夜走りきった後の事である。

 よくわからない衝動に突き動かされるままここまで来たが、どうしてもあの村には帰りたいとは思えなかった。

 出てしまったものはしょうがない、と半ば開き直りの様な心境でむしろこれからの未知に胸を高鳴らせていた。


 気が付くと魔剣はカードに戻っていた。

 あれから一度も召喚はしていない、そして出来ない。

 当時はレベルが足りず、魔力コストが払えなかったからだが、今は危険だからだ。


 何度もカードテキストを読んで自制を促した。

 分不相応なものには手を出さず、地道に己を高めて堅実な目標を立てて生きてきた。

 切れ味鋭く豪奢で美しい剣。だが持ち主の望みを三度まで叶えると同時にやがて持ち主を破滅させる呪われた栄光と破滅の剣。


 既に呪いを受けてしまっている為捨てることも出来ず、来るべき日に備え力を貯えながら入念な準備を進めてきた。

 目下の目標は地位を得るか大金を稼いで、早々に引退してしまうこと。

 それならば金銭的な破滅で済むのではないかという後ろ向きな解決法。

 もう一つは――。








 住宅街を都市の中心部に向け歩く。

 同じ様に仕事に向かう住人の姿も多く、色々な人とすれ違う。

同じ方向へ行かない人は商業区か工業区へ行くのだろうか。

鍬を担ぐ人は城壁を越え外の農地まで行くのだろう。

 十代の若い子も見かけるがあの子達は学校に行くのか家業の手伝いか。

 村社会では子供も労働力だが都市部ではまだ保護対象として扱われることが多いとは知識として知っている。


 その多くがこちらに注目していたことにも気付いていた。

 特に女性はあからさまに顔を赤らめることが多いので分かりやすい。

 この二年でもう慣れたものだ。

 素知らぬ顔ですれ違い、たまに目が合ってしまった子には軽く微笑みかける。

 真っ赤になって固まってしまっているが声は掛けない、その結果あの子が妬まれてはこちらが迷惑するからだ。

 ほどほどに愛想を振り撒き風評を味方に付ける。それ位が良いのだ。


 歩いていると木造の家より石造りの家やレンガの家が増えていく。

 この辺りはもう中心部に程近く、幅の広い通りの脇には下水道が流れている。

 流石城塞都市フリューゲルス、この地方の領主の住む都市だけあって衛生管理が徹底されている。

 下水道のない大きな町は汚物処理の手間が大きく増えるので町全体が臭くなるのだ。

 ホークもこの町に来た当初はきれいな空気に驚いたものだ。


 道なりに進むと城門から真っ直ぐに伸びる大通りに合流した。

 右手には巨大な城門、左手には大きな建物が並び奥にはまた城壁が見える。

 その奥に領主館をはじめ、騎士団関連の施設など統治に必要な施設が並んでいる。


 ホークは通りに面した巨大なレンガ造りの館で立ち止まる。

 ここがこの町のシャッフルだ。

 シャッフルとはホークの様な冒険者をはじめ、街の住人にも開かれている各町に必須の施設で一種の組合の事だ。

 カードの売り買いは勿論、情報の提供や仕事の依頼、憩いの場として側面もある。

 冒険者ギルドでも同じことは出来るのだがあちらには荒事専門の連中も多いので、必然的に空気が殺伐とすることも多く、信頼性の面でシャッフルには遠く及ばない。

 宿泊施設も備わっているので多くの旅人が拠点として利用している。


 今日の様な暖かい日は両開きのドアも開け放たれている。

 ホークは入り口をくぐった。

 シャッフルの中には空間を大胆に使った巨大なホールになっている。

 それを衝立や観葉植物などで二つに区切り手前をカウンターと待合席、依頼用掲示板などが並び、奥を酒場として使い分けている。


今日も多くの人で賑やかだ。

 中に入ると視線をいくつか感じる。

 一つは玄関脇に立つ警備の人間だ。揃いの装備に身を包む彼らは仕事として警戒しているだけだ、堂々としていれば良い。

 他の視線にこそ、ホークという人物のこの都市における評価のすべてが詰まっている。


 一つ、整った容姿に見惚れる者。

 一つ、容姿から良い血筋を見て取れるが装備を見て不可解な目で見る者。

 一つ、ホークの冒険者としての戦い方を知っており、見下した目で見る者。

 一つ、同様に冒険者としての成果を知った上で警戒の視線を送る者。

 見る者によって大きく評価が分かれる男だった。


 ホークにとって人の視線を集めることはいつもの事だ。

 つとめて無視し、まずは掲示板の新規依頼を流し見た。


 冒険者向けの依頼というのはいつも代わり映えせず討伐、護衛、採取といった形になる。

 近くで大規模な畜生働きがあった時などは、領主軍や騎士団だけでなく速やかな殲滅が求められるため緊急の募集がかかることもあるが、少しでも頭の回る盗賊団は大きな町の勢力圏には現れないためお目にかかったことはない。


 他には行商人向けの依頼や旅人にも持ち込める交易品のリストなども掲示されている。

 旅人たちは路銀を稼ぐため目的地で必要とされている消耗品などをここで確認し現地へ持ち込むことで生活の糧としている。当然本職の行商人ほどの量も持ち込めないし品質への信頼性もないことから幾分か安く買い取られることになる。


 特に目を引く依頼もないので次はカウンターへ。

 カウンターの奥に顔見知りがいることを確認して列に並ぶ。

 十分ほどで自分の番が来た。


 「お次の方どうぞ……あ、ホーク様」

 「おはようございますアリーさん、なにか珍しい依頼とかありませんか?」


 カウンターの奥に座る小さな丸眼鏡を鼻に乗せたプラチナブロンドの女性。名はアレトゥーサさん。アリーさんと呼んでいる。

 癖のない銀糸の様な髪の両側のみ一つに束ね金環で纏めている。

 すっきりとした顔立ちの美人だが何より目立つのは尖った笹耳だろう。

 彼女はいわゆるエルフなのだ。

 正確にはエルフの血を引いている、となる。本物の純血のエルフなどは神代に神々と共にこの世を去ったので基本的に存在しないといっていい。


 「今日は……そうですね、ゴブリン討伐が複数件ありますね。後は特殊依頼としてユニコーンの捕獲がありますがこれはホーク様では無理だと思われます」

 「ユニコーン……ああ、それは男では無理ですね。だけどまたゴブリンですか? 掲示板にもありましたけど最近多くありませんか?」


 カウンターには掲示板に貼られる前の鮮度のある情報も集まっている。

 これは緊急以外の依頼や情報は毎日同じ時間に掲示されることになっているため、依頼のブッキングや情報伝達の齟齬によるトラブルを避けるためであり、シャッフルスタッフの自己判断で開示することができる。

 これは必ずしも開示することが義務ではないため、職務熱心なスタッフが相手とは限らないことを考慮するとあちらから気を使ってくれる程度にシャッフルに貢献しておくか、スタッフに好意的に振る舞っておく必要がある。


 「はい。南のトトの森から西の集落群、南西のライリス川一帯まであちこちでゴブリンによる被害が確認されています。領主軍は西の住民保護を優先して軍を派遣したため積極的な攻勢に出ることが出来ないのが実情です」


 事態は思った以上に深刻なようだ。広範囲に被害が拡散している。

 ゴブリンは繁殖力が高いといっても増えるには時間が掛かるしそれだけ多くの食料が必要になる。

 川や森の近くを拠点にしていようと普通はそこまで増える前に発見されるし生態系が乱れて多くの痕跡を残すため、森に出入りする人間達の目に必ず触れるものだ。

 それにもかかわらずこれだけ被害が広がっているということは……。


 「……もしかしてこれ、人為的な被害ですか?」

 カウンターに乗り出し、耳元で囁く。

厄介ごとの香り。周りに聞かれても困るし目を付けられたくないので小声になる。


 「……現時点ではまだ何とも。そのため討伐依頼として冒険者を派遣し、情報を集める予定です」

 アリーさんも小声で返す。この聡明な女性はこちらの意図を正確に読んでくれるので好感が持てる。


 不意にアリーさんの鼻がひくついた。深呼吸のように匂いを吸い込まれたようで首元を擽る呼気がこそばゆい。


 「素敵な花の香りですね。私も好きですが冒険者としてはそれでいいのか疑問です」

 注意すべきか、と困った顔をするアリーさんに笑って答える。


「数時間で消える程度に調整しているので大丈夫です。冒険者でも女性に会いに行くときは身だしなみに気を使うべきですよ」

これは本心だ。冒険者の匂いといえば汗か血か獣臭さかの三択しかない。

日々の生活で手一杯な新人はともかく、余裕が出来たならもう少し文化的な生活を目指すべきだと思っている。

ただ同時に彼らには難しいことも理解している。

 基本的に冒険者は教養が足りない。中流以上の生活が安定しているものから冒険者になるものは少ないし、それ以下で家業を継げない次男、三男や一攫千金を狙う者が中心だ。

 才能を認められ家の援助を受けて大成する冒険者というのも確かにいる。

 騎士は実力だけでなく家の格なども求められるため武力でもって大成するなら冒険者になるのが正しい。そこから実績で騎士に取り立てられる例もある。

 そういった余裕のある者たちは互いに集まりコミュニティを形成するのでわざわざ他の者に指導をするどころかかかわろうという意思もなく、結果冒険者全体の知識水準は向上しない。


 ホークもまた周囲との接触は最小限にしている。どこに罠があるかわからない。自分は利己的に生きねばならない自覚しているホークにとって、己の道の邪魔にしかならないような三流冒険者に用はないし、自身の特殊性から中堅どころのコミュニティにも受け入れられないことを知っている為、コネを作る相手は厳選している。


 「ホーク様……」

 貴女を女性として見てます。暗にそう言ってみると頬が赤くなった。


 打算もあるがこれも本心。

 アリーさんは美人だしお近づきになりたいと思っている。

 待ち受ける困難に対し情で結ばれた本物の味方は何よりも欲しい。


 勿論お互いが相手に何を求めているかわかりやすいコネも普段は役に立つが、肝心な時に怖気づかれては困るし相手にとって価値のある人間であることを示し続けるというのは中々に労力を要するのだ。


 「コホン……依頼のほうに戻らせていただきます。シャッフルとしてはゴブリンの討伐を推奨していますが、受けて頂けますか?」

 スルーされた。だが仕事中のアリーさんが固いのはいつもの事なのでこちらも気にしない。


 「ゴブリンですか……不確定要素が大きいのが気になりますが多少数が多いくらいなら十分捌けますし、いいですよ、引き受けます」

 「助かります。ただ、この依頼は表向き数が多いことが予想される為という理由でパーティを組むことが受注条件となっています」

 「それで裏向きの理由が得た情報を確実に持ち帰らせる為、と。まあソロだと死んでも依頼失敗から死亡確認まで猶予期間を含めて何日もかかる上に何の情報を得られないまま後手に回ることになりますからね」


 討伐依頼が都合よく日帰り出来る場所で達成出来るなんてありえない。

 そんな近くまで近寄られるほど人類は平和惚けしていない。


 「となると困ったな、僕はソロだから誰か探さないと。知り合いが空いていればいいんですが……」

 「それに関してはこちらから対応出来ます。二日前に出した森での討伐依頼の締め切りが今日のお昼です。ホーク様にはそこに加わってもらい、こちらで戦力に合わせて班分けしたパーティに組み込ませていただきます」

 「わかりました、ではそういうことでお願いします。顔合わせや出発はどうなりますか?」

「明日の朝、三の鐘に南の城門集合です。自己紹介は道中で済ませて下さい」


 了解です、と頷くとご武運をと返してくれるアリーさんに別れを告げ、その場を後にする。

 隅の売店で野営用の消耗品を幾つか購入し、シャッフルを出た。


 思ったよりも長居したようだ。

 太陽は高く昇り、大通りは多くの人が行き交い活気に満ちている。


 ホークは人の流れに乗り工業区へ行く。

 工業区は町の北側を中心に広がっている。

 その隅の方にある古びた外観の工房が次の目的地だ。


 この辺りはいつもトントンカンカンと煩い。が、それも何度も通う内に慣れた。

 ここの住人は皆職人気質で頑固な者も多いが自分の仕事に誇りを持っている人種で尊敬出来る人も多い。

 これから会う人物もその例に違わないが、周囲からは変人と言われる人間で一風変わった価値観の持ち主だが、そこが自分と気が合い懇意にしている。


 「こんにちわー! おっちゃんいるかい!」

 入り口で大声を張り上げる。


 普通の声量では奥まで届かないので腹に力を入れる。

 それから壁に寄りかかり暫く待つ。鍛冶師が仕事途中で手を放せる訳がないのでこちらが配慮しなければならない……のだが今日はすぐに出て来た。


 「はいはいっと、ああホークさんいらっしゃい。予定の納品日より早いけどどうしたの?」

 カウンターの奥から現れたのはホークが呼んだおっちゃんことバルガスではなく息子のダーナンであった。


 「やあダーナン。ちょっと遠出をすることになったから連絡にね。今の進歩状況はどうかな」


 ダーナンは浅黒い肌に浮いた汗を拭いながら近くまで来ると溜息を吐いた。


 「それが最近武器防具の修理だの何だの仕事が増えててね、あまり進んでないんだ。うちの様な小さな工房までフル稼働なんて滅多にないんだよ、一体何があったのやら」

 「ああ、そういうことか。こっちもそれの関係で調査に行くんだ」


 状況は大体予測が付いた。

 おそらく例のゴブリン関係なのだろう、何も知らないままゴブリンに出会い被害を受けて生き延びた者が沢山いるんだろう。

 その者達からの依頼で工業区は大忙しと。

 順番は被害を受けた集落群からの嘆願が先か実際に交戦した冒険者からの情報が上に上がったのが先かまでは分からないがそれから領主軍が動き改めて情報収集という運びとなったのだろう。


 「そうなのか、気を付けてくれ。お前さんが死ぬと親父が飲んだくれに戻ってしまう」

 「善処するよ、僕だって死にたくはない」


 それから二言三言会話をし、消耗品を購入すると別れた。

 忙しいと言っているのに長居してはいけない。


 さて、これからどうしようか。

 明日は早い上に戦闘が予想されるので今日はあまり鍛錬には力を入れられない。

 僅かに黙考してふらりと城壁に向かった


 城壁は防衛設備である為常に兵隊が配置されている。

 だが平常時には一部ではあるが民間人にも開放されている区画がある。

 ホークは石の階段を上り城壁から町の外をじっと見つめた。


 城門より続く街道が地平の先まで続いている。

 依頼で何度も通った道だがこうやって終わりの見えない長大な道を見ていると胸から沸き立つ感情がある。


 初めて冒険者となった日の様なワクワク感。

この道はどこに続いているのかと想像するだけで楽しかったあの頃の気持ち。


 いつも頭の片隅から離れない将来への不安もこの時ばかりは鳴りを潜める。

 思わず口元も綻ぶというものだ。


 太陽も正中を過ぎ、首筋が汗ばんでいたが城壁の上を吹き抜ける風が冷やしてくれて気持ちいい。

 壁下を見ると多くの馬車や人が行列を作り順番を待っている。

 一つ一つの顔を見ていくがどれも活気に溢れ日々が充実している様に見えてこちらも心が躍る。


 右も左も暗闇だけど自分で選んだ自分の道だ。

 せいぜい楽しんでやろうじゃないか。

 この世界には神はもういないけど、太陽はいつだって僕たちを照らしている!


 気持ちを新たに踵を返す。

 階段を降りると雑踏の中に自分も飛び込んだ。


 どんな世界、どんな街にも等しく人の営みがある。

 地球にあらずとも、日本にあらずとも。

 僕は今、ここで生きている。


 いわゆるプロローグ。

 冒険者3年目のある一日より物語は始まります。

 一話から何でもかんでも解説するのはどうかと思うのでここで語られて無い情報や複線的なものは小出しにされます。

 次回は主人公の掘り下げ。少しだけ過去編やります。

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