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4月7日(月)入学式でデジャヴを感じました

 空は雲ひとつない快晴。青空が眩しい。

 真新しい制服に袖を通してバルコニーに出た私は、空に向かって大きく伸びをした。

 うーん、気持ちいい! 今日は入学式だ。いよいよ高校生活が始まる。


「のどか。ちょっとそんなところで! 日焼け止め塗ったの?」

「えー。塗ってないー」

「ダメよ! 春の日差しは侮れないのよ! 早く入りなさい!」


 人間にも光合成は必要だと思うんですけどね。

 ママはこの街に来てからというもの、身だしなみやスキンケアにうるさくなった。前はもっと自由にさせてくれたような気がするんだけど……パパが出世コースに乗ったことがそうさせてるのかな。

 渋々リビングに戻ると、パパがソファに座ってコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。私にとってなかなか新鮮な光景。田舎で暮らしていた時、社長とはいえパパの仕事着といえば作業着だった。たまに会議だの出張だのとスーツを着る時はあっても、なんだかスーツに着られてる感があった。でも、今はこれがパパの仕事着。

 じーっと見ていたらパパが顔を上げた。


「どうしたんだい、のどか」

「両親そろって高校の入学式って、なんか大げさじゃない?」


 パパがのんびりと新聞を見ているのはそういうワケだ。

 いつもならとっくに会社に行ってる時間なんだけど、私の入学式のために今日はゆっくりと朝の時間を過ごしている。

 でも、高校の入学式に両親揃って出席なんて、なんか照れくさいな。実はパパが私の入学式に来るのって、幼稚園以来なんだよね。小学校の時は、仕事で来れなかったし、中学の時は体育館が狭くて学校から事前にお願いがあったくらいだ。

 それにしても、他の子たちはどうなんだろうか。私はお金持ちの感覚がいまいちわからないんだけど、両親揃って来るものなのかな。

 うちだけだったらどうしよう。ものすごい張り切ってる感が出てたらどうしよう。そう思っても、ニコニコ機嫌が良さそうなパパを見てたら何も言えないよね。

 でもそんな思いは学園に着いたら打ち砕かれた。


 なんすか、これ。

 人、人、人。

 大きな門の向こう側にはどこぞの祭りかと思ってしまう程の人であふれかえっていた。

 高等部の入学式ですよね? どうして私の視界には老人から幼児までが入ってるんですかね?


「まあまあ。すごいわね」

「なに……これ」

「なにって……ご家族だろう。おばあ様やおじい様、弟さんや妹さんもいらっしゃってるんだね。篁家のように一族が藤ノ塚を出ている方々も多いんだろう。今から高等部を見学しておくんだろう」


 はー。なるほど。お前もいずれはここの学生になるんだよ、っていうことですか! あらま怖い!


「でもこんなに人が沢山いて、皆入れるもの?」

「入れるよ。のどか、説明会でもらった資料ちゃんと見たかい?」


 見たよ。――さらっとだけど。だって設備なんてものは入学したら必要に応じて自然と覚えるだろうと思ったんだもの。

 だってなんだかんだ忙しかったし、相当な量だったよ!? まぁだからアレだ。要するにちゃんと見てない。

 そんな私の目の前に現れたのは、巨大な建造物だった。

な、なんじゃこりゃー!


 

 入学式の会場は……劇場だった。



 なぜこんな大きな劇場が学園の敷地内にあるのだろう。

 劇場があったのは高等部側の校舎横だ。校舎が5階建てで中等部側からは隠れて見えなかったのと、校内を移動したため説明会では気が付かなかったらしい。

 高い天井から大きなシャンデリアが煌めくロビーは広々としており、左右から中央へと伸びる曲線の美しいエスカレーターが2階へと続いている。私知ってるよ! 曲線のエスカレーターって、実は日本ならではのもの凄い技術なんだよね。日本でもまだ数か所っていうその技術がまさか学園内にあるとか、お金持ち学園すげぇ!

 キョロキョロする私を見てママは苦笑している。


「のどかったら。そんなにキョロキョロしないで」

「だって! お兄ちゃんのアルバムにだって載ってなかったよ!」

「そりゃそうだよ。この劇場は5年前にできたからね。正樹くんの時代はなくて当然だよ」

「えっ! どうして知ってるの!?」

「どうしてって……先日の篁家のパーティーで社長がそう仰ってたじゃないか」


 え? ……そうだったっけ……。てことは、この劇場は篁グループが建てたのかー。ほうほう。

 今更感心している私をよそに、パパとママはそのまま曲線エスカレーターで2階へと向かった。劇場には左右にエレベーターもあり、そちらを使って二階に向かう人もいる。

 生徒は中央の観音開きの大きなドアから中に入るようだ。説明会で渡されたカードに席番が書いており、私はポケットからカードを取り出して番号を確認した。


「ええと、Cの35番……おっと。列の中央だ」


 確認した席番は既に周りに生徒が座っており、私の席に座るにはその人達の前を通らなければならなかった。

 劇場の座席は幅も広く作られていたが、それでも少しスペースを空けてもらわないといけない。


「すみません。通ります」


 よいしょ。よいしょ。

 すみませんねぇ。こんな真ん中だって知ってたら私も急いで来たんですけどね。

 やっと指定された席に座ると、私はキョロキョロと辺りを見渡した。

 だってこれからオペラでも観るんですかって雰囲気の劇場だよ。二階席は一階席を囲むようなU字型になっていて、二階席の左右はボックス席になっている。異空間! あんな設備いる? あんなの映画でしか見たことないよ! 着飾ったコールガールがパトロンと一緒に出掛けてはしゃいでたよね。あのシーン大好きなんだよなぁ。機会があったら是非とも中に入ってみたい。

 あのこじんまりとした空間がどうなっているのか知りたい! そう思いながら眺めていると、私はそこに見知った姿を捉えた。


「総帥だ」


 ボックス席にいらっしゃるとかさすがですね!

 曾孫の和沙さんは2年生のはずだけど、グループ関係のご子息、ご令嬢方の入学式にも参加してるのかね? 総帥って立場もなかなか大変だ。

 すると、全体を見渡していた総帥の目がこちらを向いた。


「あ」


 呆けた顔で見ていると、総帥はにっこりと笑って手を振った。

 ん? 私? まさかね?

 でも、周囲を確認しても誰も2階を見上げてる生徒はいない。あれ? もしかして、やっぱり私? もう一度2階のボックス席を見ると、総帥はうんうんと頷いてまた手を振った。

 わ、私か! 周囲の席が殆ど埋まっている状態だとちょっと恥ずかしいな。私はササッと手を振ると、視線を檀上に移した。

 パーティーでの私は、ウィッグとお化粧で別人のようになっていたのに……。おばあちゃんのお葬式で会ってるとはいえ、髪型も変わってるし、総帥よく分かったなぁ。


「手を振った角度からして、ボックス席。しかも、相当ステージに近い位置……。君、篁家の関係者?」


 驚いて隣を見ると、そこにいたのはパッチリ二重が印象的な少年だった。

 まだ少し幼さが残っているけれど、日曜朝に世のお母様方をメロメロにさせている何とかレンジャーに似た爽やかな雰囲気の少年だ。


「……な、なんで?」

「え? そんなの簡単だよ。上手かみて前から2つ目のボックス席は篁家の席だからさ。君の視線の角度的に、前方のボックス席3つのうちのどれかだと分かった。そして、さっき君は『総帥』と呟いた。ならば、篁家のご当主、篁千太郎氏だ」

「す、するどい……。おぬし、何者……っ!」

「あれっ。ボックス席の仕組みを知らないといい、君、外部生だね?」


 な、なんだろうこの子……。八重歯がキラリと光る爽やかで人懐っこい笑顔の持ち主のくせになんかグイグイ聞いてくるんですけど……。

 ちょっと引いたのが分かったのか、少年は「あ」と言うと前のめりだった姿勢を正して右手を差し出した。


「ごめんごめん。脅かすつもりはなかったんだ。外部生だったら、この学園独特の雰囲気にまだ慣れてないよね。僕は九鬼くきたすく。一応、幼稚部からの内部生だ。色々聞いちゃったのは、新聞部のクセかな。だからあまり身構えないでくれると嬉しいんだけど」

「新聞部……九鬼……あ! 巴さんの弟さん?」

「あれ? 姉を知ってるの?」

「知ってるもなにも! わぁ! 嬉しい! 私、小鳥遊のどか。外部生の説明会で迷ってたところを、巴さんに助けられたの!」


 私は喜びのあまり、差し出された右手を両手でしっかりと握りしめてブンブンと振った。

 巴さんの弟さんということは、うちに忘れられていたあのカーディガンの持ち主だ。今日は入学式ということで、正装でなければいけない。だから私は勿論、彼もまたカーディガンは着ていない。それでもあの日巴さんに再会した日の出来事を思い出して、私は少し緊張がほぐれて笑顔になった。


「そうかぁ。姉貴を知ってるんだ。そういえば、姉貴も新聞部に新入部員が来るかもしれないって言ってたなぁ。俺はまさかって笑ってたんだけど」


 途端に彼の口調が砕けたものになる。その笑顔同様、人懐っこい性格のようだ。でも、その言葉はいただけない。まさかって、どういうことだ。

 そう抗議すると、彼は驚いたように目を丸くした。


「えっ? 君、ほんとに新聞部入るつもりなの?」

「だから、どうしてそんなに驚くの?」

「だって……まぁいいや。他にも部活は色々あるしさ。他を見てから決めたら」


 ステージに照明が当てられたのを合図に、彼は会話を切り上げた。

 他を見てから……か。確かにどんな部活があるのか興味はあるけど……でも、まさかって言われるとなんか悔しいじゃないか。

 と思ったら座席側の照明が少し暗くなった。ん? 照明まで調節するとかやりすぎじゃないですか。セレブ学園ってそういうものですか。

 ポカンとステージを見ていると、ドレープがたっぷりのビロードの幕がするすると上がり……。


 オーケストラ!?


 まさかのオーケストラ!? これ入学式ですよね。そうですよね!?


 あがー。と口を開けたままだった私を見て、隣人の丞くんがプッと噴出した。


「オーケストラ部の演奏で始まるんだよ。説明会で冊子もらったでしょ?」


 もらったけど! もらったけど! ちょっと立て込んでてましてね。なんかガッツリ別人メイクされてパーティーに連れ出されたり、自宅以外に自室ができたりとかね。


「まぁ、あの量を入学までにすべて頭に叩き込めっていう方が無理だよね。俺らは段々慣れて身につくものだけど、外部生はいきなりそれを押し付けられるから」


 視線を横に向けると、丞くんは苦笑していた。


「だから、さっきも色んな部活見た方がいいよって言ったんだ。この後はコーラス部のステージもあるし、この劇場で定期公演をしているオペラ部やミュージカル部、バレエ部に演劇部もあるし、何も地味な新聞部にしなくても……」


 演劇部はともかくバレエ部とかオペラ部ってなんすか! なんなんすか!

 これがセレブ社会っすか! ついていけるわけないじゃないですか!


「あははは……じゃあきっと運動部だとゴルフ部とかあったりして」


 まさかねー? それはかなり規模が大きく……。


「あ、君ゴルフやるの? この学園のゴルフ部は結構厳しいらしいけど、大丈夫?」


 あるんかい! しかも厳しいって……。セレブ社会の厳しいって、一体どんなだよ!


「夏休みとか冬休みを使って、イギリスとかアメリカにゴルフ合宿に行くんだよね。それで、なかなか他の予定が入れられないって友達が言ってたな。家業の取引先に招待されたのに、合宿でドバイに行けなくて親と気まずかったって話してたよ」

「は、はぁ……」


 厳しいの意味が違うような気がするんですが、気のせいですかね……。


 丞くんは何も知らない私にその後も色々と説明をしてくれた。

 あー、ありがたい。座ってるブロックと席番から、同じクラスだと言うではないか。初日からこんな風に話せるクラスメイトができたことは嬉しい。

 巴さんと知り合えたのは嬉しいけど、同学年に知り合いがいないのは正直不安だったんだよね。


「あ、生徒会長だ。みんなの空気が変わるよ。見てみて」


 そう促されて檀上に目をやると、背筋がピンと伸びた姿勢のよい男子学生が階段を上っているところだった。

 檀上に上がると、舞台の中央へと進むと徐々に彼の顔が見えてきた。

 スッキリと短く切られたカラーリングのされていない黒髪と、意思の強そうな瞳。スッと通った鼻の下には、キュッと引き締められた薄い唇がある。


(独特の雰囲気がある人だなぁ)


 そう思いながら見ていると、周りの空気が変わっていることに気づいた。

 女子生徒からはホゥッとため息にも似た吐息が漏れ、男子学生は瞳をキラキラさせている。かくいう丞のその一人だった。


「な? そうだろ?」


 丞くんの瞳が、「だろ? すごいよな!」と言ってる気がする。――自分のことじゃないのにな……。でもそれは後方の先輩たちも同じようだ。それまで少しおしゃべりが聞こえていたのに、今はシンと静まり返っている。

 そんな独特の空気の中、生徒会長は動じることもなく、生徒を見渡した。


「生徒会長の、諏訪すわ雨音あまねです」


 生徒会長が話し出すと、そこかしこから「雨音さま……」だの「素敵……!」だの、うっとりしたような声が聞こえてくる。どうやら彼はもの凄い人気者らしい。でも、それも分かる。背筋の伸びた綺麗な姿勢に日¥目線がまったく揺らがない凛とした雰囲気。高くもなく低くもない耳に心地いい声は落ち着いている。

 人気がある、ってそんな簡単なものじゃないのかもしれない。

 崇拝に近いものを感じる。


 それにしても……なんか、どこかで見たことがあるんだけど……はて?

 



 

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