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5月22日(木)私、小心者なんです

「交流会のグループ?」

「そんなの、今のメンバーでいいんじゃね?」


 私もそれでいいと思う。風斗くん、たまにはいいこと言うね。

 軽く同意すると、丞くんが苦笑した。

 交流会の際に使われる藤ノ塚山荘は、1部屋を3人で使うことになっている。

 勿論、セレブ学園なわけで、各部屋にバストイレ完備。寝室だって小さなクローゼットとベッドが一体型になったものが3つ並んでいる、贅沢な造りだ。

 それでも幼い頃から王子や姫のように育てられてきた子たちが多いから、宿泊を伴うこのような行事はグループ分けが揉めるのだそうだ。

 部屋の造りから言って、今回は女子3に男子3の6人グループが理想。

 山荘の部屋数はゆとりを持って作られてはいるけれど、それでもこの交流会は全学年が参加するからなるべくきっちりと部屋割りはしたいところだ。それが出来てないと、クラス委員がまとめる力がないってことになるから、クラス委員って大変だよね。

 風斗くんの言う、今のメンバーでいいんじゃないかっていうのは、女子は茅乃ちゃんと山科さんと私。男子は丞くんとマイケルと風斗くんってことだろう。

 風斗くんの口から仲間宣言を受けた山科さんは嬉しそうだ。

 この前、丞くんが休んでお見舞いに行ったあたりから、山科さんはよく私たちと一緒にいるようになった。時折意味不明な言葉を呟いているけれど、きっと風斗くんとの接点が増えて嬉しいんだと思う。うん、そうだよきっと。

 それにしても……丞くんはまだマイケルのことを気にしてるんだろうか。

 マイケルと茅乃ちゃんを見ていると、確かにすごく仲はいいんだけど、幼馴染としての気軽さとか友情以外のものを感じないんだけどなぁ。


「マイケルはただの幼馴染だと思うよ?」


 後で、皆には聞こえないようにこっそりと言うと、丞くんは困ったような顔をした。


「――ああ、うん。悩んでるのはまた違うことなんだけど……。僕、そんなに余裕ないように見えたかな」


 あれっ。そうなの? なんだかごめん。

 それにしても、別の悩みってなんだろう?


「ああ、交流会は他の学年のグループと一緒になって学年を超えた大きなグループになるんだよ。実は、マイケルとお近づきになりたいって人は先輩方にも多くてね」

「あ~、なるほど。モテる男は違うねえ」

「モテるの意味がちょっと違う気もするけど……。まあ、マイケル自身に興味がある人もいるだろうから、あながち間違いとも言えないのかな」


 はぁ……。やっぱり大変だねえ。

 人の好意って、その本質は見えない。

 その人自身を見ているのか、それともその後ろにあるものを見ているのか。

 十代半ばでそれを意識して人付き合いしなきゃいけないって悲しいけど、それが現実なんだ。


「まぁ……学園の行事を大人の事情でめちゃくちゃにしたくないからね。そのあたりは気を付けるよ」


 担任にも言われてるしね~と丞くんは肩をすくめた。どうやら、大人の事情に板挟みになって担任が匙を投げたらしい。

 丞くん……若いのに苦労してるね。


 交流会かぁ……。


 今の私はその言葉ひとつで憂鬱になる。


 おトクちゃんの偽物である宮森先輩は、その交流会でたっくんと同じグループになることにまんまと成功したらしい。

 1年の私にまでその噂は聞こえてきた。

 外部生で、あまり学園の生徒に親しい人がいない私にまで届くんだから、だいぶ騒がれていることが分かる。

 比較的大人しいと聞いていた宮森先輩だけど、目立つタイプの生徒から質問攻めにあってもふふっと微笑んで多くを語らず、かわしているらしい。

 それがまたこの噂話に尾ひれがついて、今や宮森先輩はたっくんの“特別”なんじゃないかって言われてるんだ。

 真実を知っている私にしてみれば、宮森先輩は語るもなにも、語ることがないんだから日本人お得意の笑顔で誤魔化すっていうのをやってるだけじゃ?って思うんだけど。

 でも、その笑顔が他の人には意味ありげに見えるみたいでね。

 人って怖いもんです。完全、思い込みですよ。

 でも、ここはやはり大人しく見えても大企業の社長令嬢ってこと?「いや、それ誤解……」とか言えばいいものを、語らず微笑みを残すって、これは結構度胸があるよね。

 どこからバレるとも知れない嘘を堂々とつくんだから、根は強気なんだろう。

 よって、してやられた感のあるたっくんは……超絶不機嫌だ。

 今も図書館のラウンジで、むすっとしながらサンドウィッチを頬張っている。

 諏訪会長と茅乃ちゃんに遠慮していつもたっくんと一緒にいた和沙さんも、ぶすくれたたっくんとの食事は嫌なのか、諏訪会長の隣に座っている。

 ただ……座っている場所が離れていても、たっくんが出す不機嫌オーラはバシバシ感じるわけで……まぁぶっちゃけ、こちらも会話は弾みません! うう……この重苦しい空気の中でランチ……それでも生ハムアボガドサンドは美味しいけどね!


「ああ、そうだ。これ、持っていてくれないかな」


 ランチを終えて、さて教室に行こうかとドアに向かうと、そこで諏訪会長がおもむろにポケットから何かを取り出した。

 手の中には、小さな、昔ながらの鍵。


「このラウンジの鍵だよ。開放されている時間帯もあるけれど、昼休みは閉まっているからね。君たちにも、と思ったんだ」


 おやおや。なんだか秘密の恋って感じでキュンとしますな……って、なんで私に渡すんですか! あなたのお相手は茅乃ちゃんでしょうが!


「ただでさえ、彼女の風当たりは強いから、君に持っていて欲しいんだ」


 それって……君は茅乃を裏切らず、味方でいるよね?ってこと……ですよね。

 でもこれを受け取ったら私も監視の対象になるんじゃ……。

 横で茅乃ちゃんも困ったようにしている。

 丞くんと風斗くんに至っては、もう階段を下りて姿が見えなくなっていた。ちょっと丞くん! 君、茅乃ちゃんを見守るんじゃなかったのか!

 あぁ……さすがにこれを受け取るのはなぁ……。


「ハイモチロン」


 小心者の庶民は受け取るしかないのですよ……。

 それにしても……脳裏に阿久津先生の言葉が蘇る。


『のどかさんの元には、意図せずあちこちから鍵が集まってくる……なぜでしょう。だからでしょうか……なんとなく、アリスを連想するんです』


 3つ目の鍵だ……。確かにこうも続くと何か意味があるのかなと思ってしまう。


 …………き、気のせい気のせい! これはあくまで預かりものだから!


「のどかちゃん……。あの……なんだかごめんね。私持とうか?」

「ううん。大丈夫だよ」


 考えてみよう。

 この鍵、開けているのをもし諏訪会長ファンの生徒に見られたら?


 それが茅乃ちゃんだった場合、嫉妬メラメラになる。

 これが私だと……?「なによあのこ」で終わる。


 諏訪会長の目は、私に向いていないからね。

 何か言われたところで、なんとでも答えられるわけだ。

 茅乃ちゃんの友達だからって、いたいけな女子高生を巻き込むってヒドイ!と思いたいところだけど、正直、先に私たちが来て鍵をあけてもらうのを待つ方が嫌だもの。

 でも、預ける相手が丞くんではダメなのだ。

 きっと、諏訪会長も丞くんの茅乃ちゃんへの想いは気づいているだろうし、風斗くんは……鍵を忘れそうだもん。マイケルは転校したてだし……。

 じゃあ私ってことになるわけだ。となると、受け取らないわけにはいかないじゃないか。むーーん。


「あの……の、のどかちゃん……。呼ばれてるんだけど……」

「――え?」


 茅乃ちゃんに言われて振り返ると、そこに立っていたのはたっくんだった。


「おい。お前、今の話聞いてただろうな?」


 ただでさえ不機嫌オーラを出していたその綺麗な顔には、眉間の皺がプラスされていた。……え? 呼んでました?


「……おい。だまってないで返事しろ」

「き、聞いてませんでした」


 チッ。


 頭の上で舌打ちの音がした。


「――今日は木曜だ。忘れてないだろうな」

「ええ~と……5月の試験も近いですし~、私勉強しなきゃ……」

「お前、バカなのか」

「失礼な! これでも成績は良い方ですよ!」

「なら、今日来れるよな」


 ぐっ。ぐぬぬぬぬ。


「……来れるな?」

「ハイモチロン」



 * * *



「お邪魔しま~す」

「あら。遅かったのね。たっくんと一緒に来るかと思っていたのに」


 怖いこと言わないでもらえますか! 綾さん。

 たっくんと一緒とか本当無理です。周りの目が怖いです。これでも気を使って少し遅く来たんですよ!


「……本当は、お料理嫌いになっちゃったんじゃないかなって、おばさん心配してたのよ。良かったわ」

「は、はあ……」

「おい、遅いぞ」


 キッチンではたっくんが腕組みをして待っていた。

 爽やかなブルーのエプロンをしてるのに、その空気はまるで魔王。

 もう……逃げたい……。


「大丈夫よ。前回は初めてだったもの。落ち着いてやったらいいのよ」


 落ち込んでるように見えたのか、綾さんが元気づけてくれるんだけど……。違うの。違うんです……。もう……ほんとに……逃げたい……。



「痛いっ!」

「お前はバカか。ピーラーは野菜の皮をむくものだ。自分の皮を削ごうとしてどうする」


 手に持っていたジャガイモが滑って、手のひらにピーラーが当たった。

 小さな傷からはうっすらと血が滲んでいる。い、痛い……。


「のどかちゃん、落ち着いて。傷はどこ?」

「ここです……あっ」


 綾さんに傷を見せようとして、今度は右手に持っていたピーラーを足下に落としてしまった。


「危ないな。これが包丁だったら大けがだぞ」


 慌てて拾おうとしゃがみこむと、キッチンから少しはみ出ていたまな板に頭をぶつけ、その上にあったキャベツがドスンと背中に落ちてきた。


「まったく。お前は何をやっているんだ」


 うううう……こんなはずじゃなかったのに……。

 なんで私が料理下手でドジなたっくんに叱られてるんだろう。

 頭をさすりながら立ち上がり、たっくんをジト目で見ると、なんとたっくんは見事な手さばきで玉ねぎをみじん切りしている。ど、どういうことだコレは。


「たっ……せ、先輩は料理が苦手じゃなかったんですか」


 ピタッとたっくんの手が止まった。


「なぜそれを聞く」

「ええと……新聞! そう。新聞です!」

「読んだのか」

「私、新聞部なので」

「なに?」


 あわわわわ! たっくんもしかして、私が新聞部員ってまだ知らなかった? 情報提供者のことを聞きにこなかったのはそのせい? やばい。これ言わない方が良かったかな!? もう内心冷や汗なんですけど。


「新聞部……そうか。ちょうどいい。あれはガセだ。見れば分かるだろう」

「ガセ……」


 いやいや。だって私、実際見てますもん。ここでたっくんがドジっ子の本領発揮してるの見てますもん。

 おかしいなぁ……あれは夢? いやいやまさか。


「うふふ。少し慣れるのに時間がかかっただけよね? きっと、のどかちゃんっていう後輩ができたものだから、しっかりしなきゃって思って急激に上達したのよ」

「えっ!」


 そ、そんなもん? 綾さん、上達のコツってそんなもんなの?


「結構気持ちの問題って大きいのよ。元々たっくんは器用だもの。一度出来ればもう大丈夫よ」

「なるほど……。おい、お前。新聞部なんだろう」

「そうですけど……」

「なら、交流会での俺の料理の腕前を記事にしろ。あの情報はガセだとそこで証明する」

「え!? 私が!? そもそも生徒は材料を用意するだけで、調理はしなくていいんじゃ……」

「そうだ。だが、俺は宮森とかいう女の言いなりになるつもりはないからな。特別に一品何か作ってわからせてやろうと思う」


 え~。……だからって、なんで私が……。


「わかったか?」

「ハイモチロン」


 ああ……小心者の自分が憎い……。


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