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5月10日(金)私も行くみたいです

 放課後、部室に行ったら巴さんは上機嫌だった。

 なんせマイケルからはインタビューのOKをもらえたし、それになんといってもあのメールだよね。


「おトクちゃんからメールがあったのよ~!」


 巴さんは頬がゆるみっぱなしだ。うんうん、良かった良かった。


「昨日からこんな調子なんだ。でも全然内容を教えてくれなくてさ」

「あら。当たりまえじゃないの。情報提供者の秘密は守らないとね!」

「って言ってもさ、相手は匿名希望だし、メアドもフリーアドレスなんだ。秘密もなにもないよねえ」


 ええ、私からの情報だって巴さんにはバレたくないのでね。そこは抜かりないですよ!


「それにしても……先月の諏訪会長の時に比べると、姉貴のテンションが高いんだよね。一体誰のネタなんだか……」

「ふふふふ~」


 巴さんはにまにまと笑うだけだ。

 ふふふ。私も笑いそうだ。でも我慢しなきゃ。

 むむむっと唇を噛みしめてなんとか堪える。


「じゃあ私、資料室に行ってきますね」


 笑う出す前に、部室から出て資料室に向かうことにした。

 巴さんにネタを提供して満足してる場合じゃないんだよ~。私も自分が担当してる部分、ちゃんと埋めないとね。

 資料室に向かおうと部室が並んだ廊下を歩いていると、前からたっくんが歩いてきた。

 たっくんの情報を巴さんに送ったことを思い出してたから、ちょっとだけ後ろめたいな~。そんなことを考えていたら、目が合ってしまった。

 うわ。どうしよう。

 今までだったら素知らぬ振りして通り過ぎるのに、最近は毎日お昼に顔を合わせてるからなぁ……さすがに覚えられてるだろうし……。挨拶はしといた方がいいよね。と、思ったわたしがバカでした!


「こんにちは」


 そう言って笑顔で挨拶すると、すれ違いざまに「ふん」って言われたんだよ!

 なんだよ「ふん」って! ムキ―!

 後ろめたさなんて何さ! ええ、ええ! 私のやさしさを返せえ~!


 たっくんが立ち止まり、こちらを振り返っているなんて、全然気づかなくて。

 私は怒りにまかせてズンズンと歩いた。


 でもさすがに資料室が見えると、自然と音をたてないようにって気を付けてしまう。

 正当な理由で来てるっていうのに、生徒会長室の会話が筒抜けってだけで気分はスパイだよ。

 いや……結局聞いちゃった話を利用したのは事実だから、スパイなのか……。

 ガーン……益々気を付けて行動しなきゃいけないじゃないか。もしここで見つかったら、先月のネタ元が私だって諏訪会長本人にもバレてしまう!


 私はいつも以上に気を付けて鍵を差し込むと、それを空いた手で覆ってゆっくりとまわした。

 手の中で、カチリと音がする。

 ううう……心臓に悪い……。


 と、それだけ気を使って入室したっていうのに、中は静かなものだった。そう、お隣は今無人のようだ。

 なんだよ~もう。緊張して損した。

 でもちょうどいいや。諏訪会長と和沙さんが隣にいる時って物音ひとつ立てちゃいけないと思ってなかなか自分の用事に集中できない。だから今のうちに記事をまとめちゃおう。

 今月は学食の歴史を振り返るのです。これがまた調べてみると楽しい。なんと、この学園のシェフとしてテレビに出演。料理の名人とかいう名物番組で名人に勝利した人もいたらしいよ。その他には、映画『大公の料理人』のモデルになったという、とある公国の宮廷料理人とかね。今、月替わりの季節のメニューがあるのはその人が始めたそうだ。

 うおおおお! フランス鴨! やばい……これはやばい。写真がモノクロで良かった。カラーだったらやばかった。叫んでしまうところだった。

 いくら隣にふたりがいないからといって、気を緩めてはいかんいかん。

 さて……文章はまだまとまってないけど、使う資料はまとめたし……画像もスマホの接写で撮ったし……うん。まとめるのは家に帰ってからにしよう。

 今日は作業がはかどったなぁ。いつもこうならいいのに……。

 ふたりが隣に来るかもと思うと、ここに来るのが億劫で仕方がない。それでいつもギリギリになっちゃうんだよね……。

 使った資料を棚の元の場所に戻して室内を確認すると、窓から差し込む光がオレンジ色になっていることに気が付いた。窓から空を見上げると、空はすっかり夕焼けに赤く染まっている。思った以上に長く作業に没頭していたらしい。


(帰ろう……)


 鞄に手をかけたところで、隣からバタンとドアを閉める音が聞こえた。

 あちゃ~……。隣に来ちゃったよ……。ふたりとも、もう帰ったかな?って思ったのに……。

 帰るタイミングをなくしてしまった……。いや、このままこっそり帰ってもいいんだけど、隣にふたりが来たということは、他の生徒会メンバーは生徒会室にいる可能性がある。外でばったり会って、この資料室が使われていると知られるのは嫌だ。私はしかたなく少し様子を伺うことにした。

 これは、盗み聞きではありません。断じて違います。帰るタイミングをはかっているだけです。


「あ~。今日は特別しつこかったな」


 イライラしたような和沙さんの声が聞こえたと思ったら、ドサっと物音がした。

 この音は……ソファですね!? しかも、皮ですね!? くっそう。即席の生徒会長室なのに革張りのソファがあるとは贅沢な! 資料室なんて普通の椅子ですよ! きっと教室で余ったであろう机と椅子のセットがいくつかと壁一面の棚があるだけの、セレブ学園というのを忘れてしまいそうになるほどのシンプルな空間ですよ! だから立つにも座るにもガタガタ音がするんだ。ぐぬぬ……帰るに帰れない……。


「そうだったか?」

「お前は最近、あの千石という一年に構ってるから、頭に花が咲いてるんだ!」


 か、茅乃ちゃんの名前が出たっ! あわわわわ。動揺して思わずイス動かすところだった……あぶないあぶない。


「千石さんか……彼女と話をするのはとても楽しい」

「なにが楽しい? お前とは違う世界の住人だろう」

「――だから、惹かれるのかもしれない」


 そのあと、諏訪会長の口から語られたのはこうだった。


 諏訪会長は、都心の一等地にある老舗料亭の跡取りとして生まれてから、家の方針に従って生きてきた。

 でもそれを、窮屈だとか苦痛だとか感じたことはなく、むしろ誇りに思っていたのだそうだ。

 周りもまた、諏訪会長と諏訪家の跡取りとして認識し、接してくる人間が多かった。大人も、子供も。それもまた、彼は寂しさなどは感じなかった。

 和沙さんやたっくん、友人と呼べる存在はいたから、初めから諏訪の名の元に集まる人間に関しては、諏訪の人間として接したらいいのだと、物心ついた時には自然とスイッチが入るようになっていたのだという。

 それが、藤見茶会で、以前食べ損ねたスイーツがあるというそんな理由でたまたま座ったテーブルで、茅乃ちゃんの話を聞いた。彼はそれがやけに印象に残ったのだという。


「何がそんなに惹かれたんだ? 相手のことをよく知らずに行動に出るなんて、慎重なお前らしくない」

「らしくない、か……。らしい、とは何だろうなと、思ったんだ」


 少しの沈黙の後、諏訪会長は言葉をつづけた。


「千石さんは、とても大人しく内気な、どこにでもいるような少女に見えた。でも、そんな彼女が親元を離れてたったひとりで日本に来ているという。ここは寮もあって生活に困らないとはいえ、大きな決断のように思えた。だが、彼女は何とも思っていないようだった」


 うん。私も、最初茅乃ちゃんの話を聞いてすごいなぁって思ったんだよね。


「彼女が暮らしていたインド洋に浮かぶ小さなキポ島は、時間の流れがゆっくりで、人はとてものんびりとしているんだそうだ。自然に囲まれた小さな島には、島独自の教えがあって、彼女もそれで育った。それはどんなことにも意味があり、縁があるということだった。それはリゾート施設そのもののコンセプトにもなっているらしい。つまり、彼女は日本に来て学ぶことにも意味があるし、今このタイミングでこの学園に来るというのも縁だと言うんだ」

「え~。めっちゃアバウト」


 和沙さんが呆れたような声を出す。

 でも、諏訪会長はそれを咎めるでもなく、楽しそうに笑うとそれに同意した。


「そうだな。でも、僕は心から羨ましく思ったし、彼女がまぶしく思えたよ」


 あ、今めっちゃキュンときた。うわぁ。今諏訪会長めっちゃいい表情かおしてるんだろうなぁ。

 それまで何の疑問も持たず、言われるがままに動いてきた諏訪会長には、茅乃ちゃんの言葉は衝撃だったんだろう。

 茅乃ちゃんのすごいところは、本人にも力みが見えないところだ。すごく自然で、対応が柔軟で。でも、それって芯はとても強いんだと思うんだよ。それは、丞くんに対する対応でも思った。1人1人に、ちゃんと真摯に向き合ってるなって思った。


「でもさ、なんだかライバル登場、なんじゃないの?」

「ああ、マイケルか。彼もまた、そんな自由で優しくて家族のような温かさで迎えてくれるキポ島に惚れこんだ1人らしい。アメリカの学校が休みの間はずっとキポ島にいたというからな」


 諏訪会長はなんとなく、マイケルと知り合いみたいだなと思っていたけど、この口ぶりからして、和沙さんも知ってるのかな?

 結局気になってじーっと隣の会話を聞いてしまっている。

 その後、ふたりの話は来月オープンするゴールドバーグデパートの話になった。

 なんでも、あの建物を建てたのが篁建設で、あのデパートには諏訪家監修の、和のおもてなしショップが入るのだそうだ。

 なんと、2人のお家も関わっていたとは……しかも場所柄、白銀デパートのはす向かい。大通りが交差する路地の一角にデーンと登場するゴールドバーグデパートは、白銀デパートに大きな影響を与えるだろうということだった。

 いくら白銀デパートが日本一のデパートと言っても、相手は世界一。しかも、しっかり日本を意識して、諏訪家を味方につけたとあっては……厳しい戦いになるだろう。


(う~ん……昨日の教室の様子からして、なんだかもうその兆候はあるよね……)


 しかも下旬にレセプションパーティがデパート上階であるらしく、2人も参加予定だと言う。

 マイケルとの中からして、茅乃ちゃんもきっと参加するだろうしな~。そんなことを考えて家に帰ったら……。

 パパがひらひらと大きな封筒を見せてくれました。


 なんと、ウチにも届いてたんです。レセプションパーティの招待状。

 私たちよりも先にこちらに来て、一生懸命やっていた仕事は、なんとゴールドバーグデパートの内装インテリアのお仕事だったんだって。

 しかも、中には家族同伴で、と書いてある。さっすがアメリカ企業! これは私も参加ってこと……かな?

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