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4月4日(金)先輩がお茶に誘ってくれました

 今日は説明会のあとにサイズ合わせをして注文した品々が届いた。

 たくさんの荷物を持ったお店の人がうちのマンションにやって来たのは午後になってからだった。


「おー! かわいい!」

「カーディガンがね」


 ママはいちいちうるさい。もちろん、ここで鏡に映る自分に対して言った言葉なわけないじゃないか。

 私が言ってるのは、色やデザインが選べるオプションのことだ。

 街で見かけた中学生らしき女の子は淡いピンクを着てたけど、私は大好きな淡いグリーンにした。ミントグリーンってやつ。デザインはシンプルな深いV字。長さは腰が隠れるくらいの少し長め。グレー地に濃淡の違うピンクのチェックが入った制服のスカートが10センチほど覗く長さだ。

 このピンクの濃淡にも名前があるらしくて、薄い方がピンク。濃い方がフレンチ・ローズっていうんだって。ピンクって名前の色はもっとクッキリとした派手なピンクだと思ってたよ。でもそれはそれで別に名前があるらしい。私がこれこそピンクだと思っていたポップなピンクは、パリス・ピンクって言うんだって。それを聞いたママは納得したように「あぁ……」って頷いていたけど、ママ……さすがにそれはお騒がせセレブとは関係がないと思うよ? 相変わらずママの頭の中はアメリカンセレブのようだ。私もちょっとは彼女のことを思い出したけどさ。

 ちなみに、地のグレーはレドというグレーの中でも濃い部類の色だそうだ。ブレザーはこの濃いグレーの無地のブレザーなんだけど、襟にフレンチ・ローズのパイピングと左胸にワッペンがついている。これもあってオプションをピンク系にする人が多いのかもね。

 いやいや、でもこのブレザーからミントグリーンのカーディガンが覗くのも可愛くないかい?


「ミントグリーンを合わせる方は当店にはいままでいらっしゃいませんでしたが、とても素敵だと思いますわ。お嬢様の軽やかなショートヘアにとてもよくお似合いです」


 ええ、ええ。ボーイッシュだと言いたいんですよね。わかります。自分でも女子的な要素が足りないなって着ておきながら思いました。

 でもいいじゃん! いくらそうなりたくても、似合わなければ笑い者になるだけですから!


「他にグリーン系はいなかったんですか?」

「そうですね……どうしてもブルー系やピンク、赤と比べると少ない、という程度ですわ。でも、アイス・グリーンの方がいらっしゃいましたわ」

「アイス・グリーン? どんな色ですか?」

「ええと……これですわ」


 お姉さんが大きな荷物の中からごそごそと分厚い冊子を出して見せてくれた。

 色見本帳のようで、濃淡のある同系色がたくさん並んでいる。

 お姉さんが指差して教えてくれたのは、私が選んだミントグリーンよりも白味が強い色だった。


「わぁー。これも綺麗なグリーンですね! あ。こっちのグリーンも素敵! これとこれ」

「それはパステルグリーンですね。こちらはライト・パリス・グリーンです」


 またお前か! まったくお騒がせだな!

 なんとなくすぐ手を引っ込めてしまった。うーん、でも色は本当にさわやかで綺麗。これなら全身グリーンでもくどくない! 案外難しいんだよねぇ、グリーンのワンピースとか。色合いによっては着てる本人の印象がドレスに負けちゃうからね。全身緑ってなかなかインパクトあるもの。でも淡い色ならアリだなぁ。


「このグリーンはワンピースなんかも着れそう」

「ええ。その方もとても気にいってらしてプロムでもこのお色にしたいと……」

「プロムっ?」


 食いついたのはもちろんママだ。いや、私もびっくりしたけど。だってプロムって卒業パーティーでしょう? 欧米の学校ではあるんだよね? 私もドラマや映画の情報しかないけど。それがなんで藤ノ塚に?


「ええ。10年ほど前から始まったんです。本格的に社交界に出るようになる方もいらっしゃいますし、最近では若い世代の方々がパーティーに出る機会も増えましたし。それで学園でもパーティーに接する機会を増やすことにしたようですわ」

「えっ? そんなにパーティーってよくあるものなんですか?」

「ええ、今ではブランドショップやカフェのオープン記念パーティーなどもよくありますでしょう? そのような場に招待されることがあると聞きますわ」


 なるほど。それなら確かに雑誌なんかで見たことあるかも。

 それにしても、日本のセレブ社会ももうそんな欧米化してるんですか! 知らなかったー! まさかそんなところに足を踏み入れることになるとはなぁ……。まぁ、お金持ち学園と名高い藤ノ塚学園とは言ってもそこはピンキリ。私には縁のない話だわ。

 そうは思っていても、ママは違うらしい。たちまち目を輝かせた。


「プロムですって? まあまあまあ! それで? 藤ノ塚ではそのような機会を増やしてるって?」

「え、ええ。そのようですわ。クリスマスパーティーとか……」

「ちょっとのどか! あなた説明会なに聞いてたのよ?」

「えっ! ママだって一緒にいたじゃん! 行事の説明は冊子にって……」


 ちゃんと読んでないし! ていうか、学園でクリスマスパーティーとかどこの世界だよ!

 クリスマスはお家でこたつミカンでしょ! コンビニケーキでジングルベルでしょうが! 自分の不憫な話が読まれるか読まれるかと出っ歯のサンタに祈りながら夜更かしする日じゃん!


「ちょっと、夜にその冊子見せなさい」

「わ、わかった! わかったから!」

「あ、あの……では、わたくしはこれで……」


 騒ぎ出した私達親子に驚いたお店のお姉さんはそう挨拶すると、そそくさと帰って行った。

 余程慌てていたんだろうな。結局ママに急かされてすぐに冊子を持ってくるように言われた私が部屋の外に出ると、玄関には紙袋がひとつ、忘れられていたんだ。


「ママ? これ……お店の人が忘れて行ったんじゃないかな」

「え? あらほんと。どうしようかしら……今日はパパの会社の人が来るから早めにお料理始めなきゃいけないんだけど」

「でも、これがないとお店も困るよね。中見ていい?」

「緊急事態だもの。仕方ないわ」


 …………でもママは手を出さないんだね? はいはい。わかりましたよっと。

 中にはビニール袋に入った深いブルーのカーディガンと、購入手続きの控えが入っていた。そこに書かれていた名前は――。


九鬼くきたすく様……。九鬼!」

「あら。知ってるの? 藤ノ塚に知り合いなんていた?」

「ほら、ママも会ったじゃない。私が学園で迷った時、ママがいる場所まで案内してくれた綺麗な先輩いたじゃない」

「ああ。のどかが中等部の新入生と間違えられた時ね」


 うううううううるさい! それは蒸し返さないでほしいな!

 ママはニヤニヤ面白そうにしているけど、それどころじゃない。九鬼先輩の名前は巴だし、それにこのカーディガンは男物だ。先輩の物ではないことは確か。でも……名前の感じから、もしかしたら弟さんじゃないかな?


「その時の先輩の弟さんじゃないかなって思うんだけど……」

「でも、ご自宅知ってるの? お店に連絡取った方がいいんじゃない?」

「うーん……でもホラ。うちからお店に行くには、この辺通るでしょう? なら、直接届けた方がいいんじゃないかな!?」


 お店に行くにはうちのマンションから大通りに出て、バスで向かわなければいけない。でも、控えに書かれている九鬼家の住所は大通りのバス停の近くだ。バスで遠くの店に行くよりも断然近い。


「そうねぇ……。でも念のため、お店に連絡を入れましょう。お店の人がうちに取りに戻ったら入れ違いになっちゃうわ」


 確かにそうだ。私はママに頼んでお店に連絡を入れてもらった。すると、ちょうど担当のお姉さんから九鬼家に届ける荷物の内、カーディガンをどこかに忘れたようだと連絡が入り、探していたということだった。

 担当の人が九鬼家に届ける前にチェックしたところ、気づいたらしい。ウチに取りに戻らせると言ってくれたんだけど、まだ何軒か届け先が残っているというし、やっぱりバス停の近くまで届けることにした。その間、近くの別のお宅に届けることができるもんね。

 さて。そうなると制服姿はちょっとね。ささっと着替えて出ることにしよう。


 着替えて歩いて行くと、バス停には既に担当のお姉さんが来ていた。

 すごい勢いで頭を下げられたけど、こればっかりは仕方ないよね。誰でもうっかりミスはあるしさ。それに、私はどうしても確認したかったんだ。


「あの……ごめんなさい。中の控え見ちゃったんですけど……九鬼さんの家に行くんですよね? もしかして、2年生のお姉さんがいるお家ですか?」


 するとお姉さんは少し戸惑っていた。そうだよねー。勝手に話すわけにはいかないし、なんでそんなこと聞くんだ?って感じだよね。


「いえ、九鬼巴先輩を知ってるので、弟さんかなーって思って」

「まぁ。そうでしたか。ええ、巴さんの弟さんですよ」


 やっぱり! 先輩この辺に住んでるんだ! ちょっと近いというだけで嬉しい。


「実は、入学説明会で巴先輩にとてもお世話になったので、ご恩をお返ししたくて」

「まぁ。助かったのは私です。本当にありがとうございます。――あら、噂をすれば、巴さんですよ」


 えっ!

 急いで振り返ると、つばの広い帽子を被った背の高いモデルのような出で立ちの巴先輩がこちらに歩いてくるではないか!

 7分袖のシフォン素材のふんわりとしたカットソーに、白のスキニーパンツを履いている。かっこいい! おしゃれ!


「あら、こんにちは」

「こここ、こんにちは! あの先日はありがとうございました!」

「巴さん。こんにちは。今からお伺いするところですの」

「白井さん、今日うちへ? ああ。丞の制服ね? でも、どうしてのどかさんが一緒なの?」


 な! なまえ! 名前覚えてくれてる! 嬉しい!


「えっと、私さっき制服を受け取ったんです。それで、その時……」

「私、手帳を忘れてしまって。わざわざ届けてくださったんです」


 うん? 手帳? ……ああ。そうか。届ける商品を他の家に忘れたなんて、聞こえが悪いもんね。はいはい。


「お店じゃなく、バス停に?」

「はい。うち、この近くなんです。白井さんがまだこの辺だと聞いたので……」

「あら、のどかさんもこの辺りなの? 私の家もよ。ご近所さんね」

「は、はい!」

「じゃあ、近くに可愛いカフェがあるんだけど、一緒にどうかしら?」

「えっ!」

「だって……今家に戻ったら、むさくるしい弟の着替えショーがあるんでしょう……少し時間を潰したいのよ。のどかさんとは何かと縁があるようだし、どう? おごるわよ?」

「お供いたします!」


 ええ! もちろん、ご一緒させていただきますよ!

 すると先輩は、大通りを横切ると線路を渡り古い商店街に入った。

 線路の反対側に初めて来たけど、ずいぶん街並みが違う。うちのマンションがある東側は道路も広くて歩道も整備されている。それに比べて西側は古い商店街が並び、なんとなく懐かしさを感じさせる場所だ。

 先輩は商店街を抜けると、大きな倉庫のような建物に近づいた。

 えっ? カフェって言ったよね? 言ったよね?

 ちょっと戸惑ってたんだけど、その倉庫は近づいてみると趣のある大きな両開きの扉がついており、そこに『くまのカフェ』と書かれていた。

 私はこの扉にピンと来た。

 スイーツ大好きな私はよく食べ歩きブログを見ている。その中でも大のお気に入りのブログの、ブログ主さんが来ていたのだ。そうだよ! この大きな扉は間違いない! たしか、裏メニューの和三盆ドーナツがおいしいって!


「ここ! 和三盆ドーナツがおいしいんですよね!」

「あら。知ってるの? そうねえ。おいしいわよ。私も食べたことあるけど……でもこの時間にもあるかしら……」

「楽しみですっ!」


 だが、和三盆ドーナツはなかった……。悲しい……。

 私が落ち込んでいたのがわかったのか、クマさんと呼ばれた体の大きなマスターが、米粉パンケーキサンドフルーツ盛り合わせを出してくれた。なんでも、新しい裏メニューなんだって! まだ常連中の常連しか存在を知らないというレアスイーツ!! 米粉でもっちりとしたこんがりキツネ色のパンケーキ二枚で、メープルシロップを入れた特製クリームをサンドしてある。

 これは!! これは逸品!

 パンケーキって、液体のシロップをかける適量って難しい。かけすぎると生地のふんわりはどこへやら。ぺっちょぺちょになってしまう。でも、少しだけだとなんだか物足りない。

 でもこれは端までクリームたっぷり! どこをどう食べてもメープルの甘さともっちり生地が口の中でハーモニーを奏でるのですよ! しかも、添えられたフルーツも瑞々しいまま食べられる。普通のパンケーキならフルーツにもシロップがかかっちゃってたまに微妙な味になっちゃうんだよね。バナナはいいんだよ。シロップに合うから。でも、以前シロップでひたひたになったピンクグレープフルーツを食べたとき……あれは絶妙に微妙だった……。

 でも今日のは違う! パンケーキの味はどこを食べても生地本来の食管も甘さも感じられるうえに、隅までメープルクリームでおいしい! ちょっと甘すぎるかなーと思うんだけど、そこにこの瑞々しいフルーツあれこれ! 口の中が爽やかにリセットされる。こ、これは是非ブログ主さんに報告しなければ! ウマー。


 



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