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4月22日(火)青春ってこういうことなんです

 火曜日になってもやっぱりラックには新聞がたっぷり残っていた。

 もう……ラウンジのインテリアの一部になってる……悲しい……。

 教室移動でラウンジに通りかかった時、つい確認してしまって思わずため息が出る。


「えっと……あの、のどかちゃん。私、ちゃんと読んだよ。制服遍歴はのどかちゃんが書いたのよね?」

「茅乃ちゃんっ! 嬉しい! どうだった?」

「あの……すごく、良かったと思うの。この学園は本当に歴史があるのね」

「あ、そっか。茅乃ちゃんずっと外国だったんだもんね」

「外国って言っても……小さな島だから」

「ねえねえ、どんな所?」

「ええっと……キポ島っていうところでね。沢山の島に囲まれてて、海がとっても穏やかなの」

 

 お~。話だけですごい絶景なんだけど! 私は生まれも育ちも雪国だから、南国リゾートってものには人一倍憧れがある。家族旅行でハワイに行った時は明るいのにジメジメしてないこれぞ南国の空気っていうのに感動したんだ。でも、長期休暇中だと、あっちもこっちも日本人だらけなんだよね……。でも、話を聞いてみたら茅乃ちゃんのお家が所持しているキポ島という島は聞いたことがない。

 それもそのはず。キポ島はその島全体がリゾートアイランドで、高級スパとかレストラン、海上コテージが並んでるんだって。地元の人は警察や警備会社、郵便局やお役所関係などでお仕事している人以外は、なんとホテル関係者だ。学校すらないらしいよ。なんでも、島を巡る巡回船が日に何便かあって、学校はその船で大きな島にある学校に通うんだって。


「じゃあ、茅乃ちゃんもそこに?」

「ううん……私には家庭教師がついてたから……」

「えー。そうなの? 寂しくなかった?」

「うーん……そうでもなかったわ。よく島のホテルの滞在する人たちの中に同年代のお友達もいたし……」


 なんでも、キポ島は知る人ぞ知る、セレブが集まるリゾートアイランド。気候も景色も良い上に、島に囲まれているという場所柄もあってか、パパラッチもなかなか潜入できない場所ということで、リピーターとなるセレブが多いのだそうだ。中には1年の内2回、計4ヵ月ほど滞在する人もいたりしたんだって。


「4ヵ月って……1年の1/4じゃない!」

「そう。向こうは学校のお休みが長いでしょう? その子たちは、ご両親がお仕事でなかなか一緒に過ごせないからって使用人に連れられて長期休暇は島に来ていたわ。その間は、私の家庭教師が一緒に勉強をみたりして……だから、寂しいなって感じることもなかったの」

「そうなんだ。じゃあ、茅乃ちゃんが日本に来ることになって、その子たちは寂しかってるかも――あれ?」


 藤ノ塚は独特なカリキュラムで、茶道や華道、芸術鑑賞など、他の高校ではないだろうと思われる授業も行われる。そのためか、時間割はかなり変則的だ。みんなが授業の管理にアプリを重宝する気持ちも分かる。正直、私もアプリがなかったらいちいち確認が面倒だもん。でもそれが新聞離れにも繋がってるんだから、複雑だ。

 で、今は選択授業で美術室に向かってたんだけど、たどり着いた美術室はいつもと様子が違っていた。


「なんか、今日はやけに騒がしいね?」

「……そうね」


 選択授業の種類は多い。だから希望者が少ない授業は当然、閑古鳥が鳴いている。ちなみに脳筋・風斗くんは選べるなら運動がいいと、仮登録の間は気になる授業を片っ端から回ると言っていた。今日はフェンシングらしいよ。丞くんはそれに付き合わされている。

 私達が選んだ美術っていうのは、なんとも地味で人気がなかった。

 それは美術室に入ってなんとなく感じたんだけど、油絵具って独特の香りがするよね。私は嫌いじゃないんだけどね。でも服についた場合にベンジンを使って汚れを落とすんだけど、その香りはなんだか苦手だなぁ。私はセレブの趣味には絵画って普通にあるものだと思ってたんだけど、鑑賞側の人が多いのかもね。

 それなのに、今日の教室はやけに賑わっている。教室の外にも聞こえるくらいだ。まだ仮登録の時期だから、何人か増えるのは分かるんだけど、こんなに一気に人気が出るものかな? と思ったんだけど、それは教室のドアを開けて理解した。


「ねえねえ。浬くんは絵が得意なの?」

「このまま美術に決めるの? 先週やってたテニスもとても上手だったから、私てっきりそっちに決めるんだと思ってたぁー」


 なんと! やっぱり松丘くんはテニスが上手なのか! さすがまつおかしゅぞう!


「あー。水泳の時と違う筋肉使うから、テニスはやめとくわ」

「すごーい。そういうことまで考えてるんだねーっ。じゃあ、本命は美術?」


 どうやら浬くん目当ての女子生徒が押し寄せたらしい。彼女たちは浬くんが一体何の選択授業をとるのか、気になって仕方がない様子だ。

 静かに絵を描く時間って、下手なりにも好きだったんだけどな。先生には悪いけど、人があまりにも増えてうるさくなるのは嫌だなぁ。


「んー。やってみて面白かったのは音楽かな」

「やっぱり? 昔、私と同じピアノ教室だったもんね!」


 なんだと? まさかの芸術面も話が分かるスポーツイケメンってなんだそれずるいな!

 まぁよしとしよう。その調子で、ここにいる浬ファンを全員連れ出してくれ。以前のような、ゆったり静かで、平和な空気が流れる美術室に戻してくれ!


「――さん。小鳥遊さん! 小鳥遊のどかさん!」

「あ、あの……のどかちゃん。ねえ、先生が呼んでるんだけど……」


 はっ! ついついあの騒がしい浬ハーレムに気を取られていた。

 すみません先生。あああああ、すみません。


「このデッサンなんだけれど……」

「あっ、ハイ」

「……この、悪魔みたいな黒いモノはなにかしら?」


 えっ? 影……ですけど? どう見ても影ですけど? 何ですかその目。リンゴの影ですよ。なんですか悪魔って失礼な! 丸くない?……確かにちょっと影が大きくて尖ってたかもな。……ええわかりましたよ。直します。直しますとも。だからそんな目で見るのはやめてもらえませんか先生! これはリンゴですってば!


 この時、浬くんが私たちを見ていたなんて、私はデッサンを書きなおすことに夢中になっていて全然気が付かなかった。



 * * *



「――山科さんがですか?」


 美術室からの帰り、丞くんの声が聞こえてきて、私の足は歩みを止めた。

 どこだ? どこからだ? 丞くんの声がするよ!


「あの……のどかちゃん、どうしたの?」


 え! 茅乃ちゃんには丞くんの声が聞こえなかったっていうの? まさか、私が丞くんを意識してるとか、そういうので敏感になってるとか、なんかそんな感じに思われるじゃないの。いや、全然そんなんじゃないんだからね!


「そうなんです。まだどのグループにも属していないので……九鬼くんはなにか知っていますか?」

「いえ……なにも。すみません。僕がもっと気をつけて見るべきでした」

「一度、話してもらえませんか? こういう問題は教師側から話すよりも、同級生から話した方がいいと思うんです」

「そうですね。わかりました」


 う~ん……今の会話、もしかして藤見茶会のことかな?

 山科さん、どこのグループにも入ってないんだ……。

 山科さんは、とても真面目で落ち着いた人だ。特定の人と一緒にいるというわけではないけれど、かといっていつも1人でいるというわけでもない。私たち外部生にも偏見を持たずに接してくれてるし、最初は嫌がっていたクラス委員も、今は率先して動いてくれている。他の子も、そんな山科さんを頼りになるとは思っていても疎ましく思ってるとは思えないのに。と、そこまで考えてふとあることに思い当たった。

 山科さんは真面目で頼れるクラス委員で、嫌いじゃない。でも、親しくしようとは思ってない――てこと? いたら便利いなかったら不便……でも、困らない?

 なんか……嫌だ。それって私もそうだったから。

 会ったら挨拶するし、用事があったら話しかける。提出物忘れてたら話しかけてくれる。注意はされるけど、嫌な感じは持たない。

 でも、それより深く山科さんのことを知らない。勿論、誰かが山科さんに藤見茶会のグループに誘ってたかっていうのも、山科さんの方から声をかけてたかっていうのも、知らない。

 私は、自分のことで手いっぱいだったから。


「山科さん! 藤見茶会、私たちのグループに入らない!?」

「は?」


 お昼休み、カフェテラスで山科さんに会った私はついそう声をかけてしまったんだよね……。

 勿論、山科さんもそんな私の突然の申し出に、冷たく一言で返してくれた。


「おっとー。のどか、そうくる?」


 通りかかった山科さんに声をかけて立ち止まらせた丞くんも驚いている。

 で、ですよね! ビックリだよね! 私もだよ! なんか……どこかのグループに入ったらいいのに。驚くかもしれないけど、誰も嫌がる人なんていないよ。皆普段から山科さんのお世話になってるし。でもどこかのグループって考えてる時点で、私ってばひどいんじゃないの? だって、うちのグループは女子メンバー私も茅乃ちゃんも外部生だし。だから山科さんもきっと同性メンバーは内部生の方が気心知れてるだろうし。って、内部生でも親しくしてる人見たことないけど……むしろ、外部生にも普通に話しかけてくれてる山科さんにお世話になってるのって外部生の私たちなんじゃない? なのにどこか入れてあげてよって考えてるとかそれって私ずるいんじゃない? すごく、すごく嫌な考えなんじゃない? ってグルグルグルグル考えてしまって……うあああ! もうめんどくせえ! って思ったら……山科さんが来たんだよね。そしたら……つい口をついて出ちゃったよね。

 でも、いざ口に出してみたら胸につかえていたものがなくなっていて、とてもスッキリした気分だった。

 ただそんな私が抱えていたモヤモヤした思いは、頭のいい山科さんにはお見通しだったようだ。山科さんは一瞬唖然としていたけれど、すぐに険しい表情になった。


「なにそれ。私に同情してくれてるの? まだどのグループにも属していない。かわいそーだから仲間に入れてあげる。そういうこと?」

「えっ」

「山科、そんな言い方はないだろ」


 風斗くんが山科さんの剣をある言い方に立ち上がって抗議したけど、そう言われても当然だ。だって、その通りだったから。反論できなかったのは、図星だったからだ。


「あら、違うとでも言うの? ならどうして、私のことロクに知らない外部生の小鳥遊さんが私を誘うの? 理由がないわ」

「だからそれはっ――」


 立ち上がった勢いはどこへやら、風斗くんも私が誘った理由は答えられず、言葉を続けることができずに黙りこんだ。


「――まったくもって、その通りです。同情ですよ。悪いですか。そんなきっかけでもいいじゃないですか」


 こんな時はアレです。秘技・開 き 直 り !

 案の定、そんな返答がくると思っていなかったらしく、山科さんは口をあんぐりと開けたかと思うと次の瞬間顔が真っ赤になった。うおう。青筋立ってんの分かるしー。


「なによそれ! バカにしてるわ!」

「それは思ってません。でも、友達のきっかけが同情っていうのは悪いとは思えません。ぶっちゃけ、私はそれ使いまくって丞くんや茅乃ちゃんと親しくなれました。初めての街でこんな内部生だらけの学園で、親しい人作るためなら同情心だろうが好奇心だろうが、なんでも使いますよ。茅乃ちゃん! 茅乃ちゃんだって、私が1人だったから、声かけてもOKしてくれたんでしょう?」


 突然話の矛先を向けられて、茅乃ちゃんは目に見えてアワアワと慌てた。


「えっ……えっと、えっと……あの……そ、そう。かな……。で、でも! あの、今は大好きだよ? 同情っていうか、心細かったからありがたいって気持ちも大きかったし、私も1人だったから、寂しい者同士っていうか……ええと……だから……同情になるのかしら……」


 それは同情心も含まれていると思うよ、茅乃ちゃん。


「な、なによそれ。それってやっぱりバカにしてるってこと――」

「いいじゃん。のどかの言う通りきっかけなんてどうでもさ。俺だって、最初はのどかと仲良くするつもりなんてなかったよ。でもさ、丞があれこれ世話焼いてるうちに、なんとなくズルズルと……今じゃ一緒にメシ食うのだって当たり前になってる。そんなんじゃダメっていうのもおかしいだろ。ここは素直に頷いとけば? 居心地悪く感じたら、離れりゃいいじゃん」


 反論する気満々って感じで話し始めたものの、山科さんはなぜか風斗くんの言葉に少し苦しげな表情をすると、ふぅっとため息をついた。


「――もういい。今回は……ありがたく誘いに乗っておくわ」


 意外にもそんな言葉を残すと、山科さんはさっさと奥の席に行ってしまった。向かった席は窓際に設置されたおひとり様用の席。そこにはもう料理が運ばれてきていた。


「ええと……一件落着ってことでいいのかしら……」

「いいんじゃねーの。あいつがこんな風に折れるなんて思わなかったけど」


 何やら風斗くんも拍子抜けって感じだけど……いやいや。私は見逃しませんでしたよ! 風斗くんの言葉で見せた説明表情を! そうかそうか。山科さんはそういうことか。

 風斗くんが私を庇うようにした発言に強く反論したのも、風斗くんが言い聞かせるように話した言葉を最終的に受け入れたのも……なるほどなるほど。真面目なクラス委員の山科さんが、風斗くんをねぇ……ふふ、青春ですなぁ。


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