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神凪の巫女  作者: 栗佳
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救急車が到着し、例の彼女は運ばれて行った。

通報した際、救急隊員さんにはお客様が来店して直ぐ倒れたとだけ伝えておいたが、別段不審がられる事も無く、状況説明を一通り書き付けると救急車は病院に向かった。


あの女の子無事で有りますように…。なんて言っても華奢だったしなぁ、変な後遺症とか出ないといいけど。しかし可愛かったなぁ、あんな可憐な女の子になりたい…。


結局その日の夜の営業は中止して、店の片付けをした。

なんてこった、店のローン完済の道がまた遠のくわ。


親父殿は甲斐甲斐しく佐也子さんに付きっ切りでお世話をしている。

店の被害状況よりも愛妻の具合の方が心配らしい。

まぁいいよ、両親の仲が悪くて険悪な雰囲気の家庭よりずっとラッキーだわね。



「良夜は…佐也子さんの事良く知ってるでしょ。それこそ子供の頃からさ…。昔からあんな風なの?」


割れたグラスを片付けながら良夜に聞いてみる。

実の母なのに近くて遠いあの距離感。色々な親子関係があるけど、うちの場合はなかなかレアケースではないでしょうか?

なんていうか、人外としか思えないんだもの、彼女を母として素直に慕うには無理がある。


ふう、と溜め息を付いた良夜は目を閉じた。


「神凪に生まれついた女には役目がある、一族の祀る神を慰める役目がな。…それに佐也子は特別だったんだ、役目に着いた女は巫女として神事を務める。祀り神の声を聞き、その声を一族に伝える、佐也子は歴代の巫女の中でも群を抜いて強い力を持つ女だった…それに周囲が期待をかけ過ぎた。」


「それで?」


「それから先は葵から聞きな。でも、佐也子は蒼子を大切に思っていることは確かだよ。」


「なによそれさっぱりわからない。…まぁいいけど、今更だしね。」



箒片手に溜息をついていた私に、良夜がミルクティーを入れてくれた。

いい香り…。

さっきまでのピリピリと逆立っていた神経が凪いでいく様。いつもこうやって精神的なダメージが大きい時は良夜がフォローしてくれる。

それって私のこといつもよく見てくれてるって事だよね。

なんだか良夜の方がお母さんみたいだよ。でなきゃここでやってられないな。

暖かいカップに口をつければ、優しい甘さが広がった。


「落ち着いた?」


「ん、ありがとね。」


「どう致しまして、お姫様。」


形の良い口元を持ち上げニヒルに笑う良夜。

あー、こいつが何百年生きてるかもわからない人外だなんて信じられない。小姑みたいな性格を知らなきゃ、ちょーっとばっかくらっと来ても仕方ないか。

雪美の気持ちがわからんでもないかも。

お茶のポットを持って立ち上がる良夜に声を掛けた。


「良夜!」


スマホの画面には、振り向く良夜の画像がしっかり残っている。

ううむ、いい出来だ。雪美がさぞや喜ぶであろう。


「…蒼子…今写真撮ったよね?」

「……」

「それ何にするの?…変なところに流出させないでよ。つーか、貸しなさい消すから。」


さすが良夜鋭い。

超絶美形の微笑みにコーティングされたお怒りは、凄味が効いている。もっとも「じいや」が私に勝てる訳が無い。

ひたすら駄々を捏ねて諦めさせよう。



◇◇◇◇



「そっか、大変だったのね。ぐふっ、素敵。」


昨日の騒動を細かい所はぼかしつつ雪美に愚痴る私。

餌は与えてあるのだ、これくらい付き合え。


放課後、人もまばらな教室で、良夜の画像をヨダレを垂らさんばかりにしながら眺める雪美。

勿論待ち受けにしているのは言わずもがな。

そして机に頬杖ついてる彼女の胸は、両腕と机に挟まれ大変に窮屈そうだ…佐也子さんと競るサイズだな。


しかし、佐也子さんがあんなんだから一般的な母親像と言えば雪美のお母さんを思い出す。

雪美の家は本当に普通の一般家庭で、雪美のお母さんはお料理が得意な四十二才。かなりの美人さんで、若い頃はさぞかしモテたのだろうなぁ〜と思わせる貫禄ある人だけど、今は至って普通の専業主婦。勿論美人さんは健在です。


はぁー、いいなぁ。雪美んちのかあちゃんは、まともでいいなぁ〜。雪美いいなぁ〜。


机に突っ伏してひたすら溜め息を付く私の頭を、雪美がその綺麗な指でツンツンする。

…やめて、雪美さん。つむじを押すと便秘になると子供の頃は本気で信じていた。


「雪美の家また行きたいな〜、おばさんの作るカレイの煮付けたべたいなぁ〜。」


「そりゃいつでもおいでだけど、蒼の家は食べ物屋でしょ、それくらい蒼パパが作れるんじゃない?」


それじゃお袋の味じゃないやい、おやじの味…やたらバターとか投入しそうで怖い。

盛大に膨れてやる。

わかってる。

そんなのただの我儘で、世の中には色んな親子が居て、二親揃っていて、夫婦仲も上手くいってる私は恵まれている。

そうわかってるつもりだけど…いいじゃないかぁ!理想のお母さんを夢見ただけだもん!


その時携帯の良夜の画像が消え、アラームが鳴りだした。雪美が慌てて立ち上がる。


「あ、もうこんな時間、私行かなきゃ。じゃね!」


「バイト?」


うん、とうなづきながらカバンを引っ掴み走り出す雪美。

けど、教室の戸口で一旦立ち止まり振り返る彼女の表情は、いつになく真剣だった。


「あのさ、バイト終わったら電話していい?つか、蒼子の空く時間帯ったら十時過ぎかな?その位になったら電話するよ。ちょっと相談したい事があって…。」


「勿論。何よ改まって。」


「ちょっとね…ま、私の自意識過剰なのかも知れないし…笑わないでよ!」


バイバイと手を振り、歯を見せてわらう雪美はやっぱり可愛い。

さらさらと黒髪を揺らし駆け出して行った雪美の後ろ姿を見送り、私も帰り支度ををすると豚のような鞄をぶら下げ教室を出る。


傾き始めた日差しが差し込む、ひと気のない廊下を、開け放した窓から風が通り抜けた。

風に舞う髪を撫でつけ、ふと校庭に視線をやれば、小さく見える雪美の後ろ姿があった。




◇◇◇◇◇



最後のお客様をお見送りして、入り口にはcloseの看板を掛けた。

壁掛け時計を見ればもう十時を回っている。


「蒼、もういいから上がって。やらなきゃいけない宿題あるんだろ。片付けと明日の仕込は、パパと良夜でやるから。」


「あー、うん。じゃあそうしようかな。」


「いつもありがとな。パパ助かるよ。」


親父殿にぽんぽんと頭を撫でられた…。

やめてくれないかな、思春期反抗期真っ只中の娘に、みだりに触れてはいけない。

反抗期でライオンみたいに獰猛な子供は一杯居るけど、私はあそこまで自分を出せないからなぁ。

私が優しい娘でよかったな、親父殿。


居間に戻り、ダイニングテーブルの上に置いてあったスマホを見ても、雪美の着信は無い。私が電話した方がいいのかな?


「どうしたんだろ雪美。」


その時、手の中のスマホが震えてディスプレイには「山西雪美」の表示が出てた。


けど、何故だろう。

背筋を何かがざわざわと伝う感覚。

酷く嫌な予感がした…。


通話ボタンを押せば、聞き慣れた雪美の声。

けれど、今迄に聞いた事もない程焦った、悲鳴にも似た声がスピーカーから聞こえて来た。


「もしもし!蒼!蒼子⁉︎助けて!私の声聞こえる⁉︎」


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