夜空の大輪とともに
ペンを走らせていた手を止めて、ふう、と息を吐く。茶髪の女性――ルビネスは天井を仰いだ。もたれかかっている椅子がぎい、と音を立てる。そんな彼女のそばに、コトリとカップが置かれた。ルビネスは視線をずらし、カップを置いた人物を見上げる。彼女の赤い瞳が、彼の青い瞳と目が合う。
「ルビネス、お疲れ様」
「…サファイか。いつも悪いな」
ルビネスはサファイと呼んだ男性にほほえみかけ、カップに口をつける。サファイもまた笑いかける。
「気にすんなって。俺はこれしか手伝えないからな」
サファイはそう言って、頭をかく。藍色の瞳をした彼はすらっと背が高く、体も引き締まっている。それでも温厚な人柄のために恐ろしさはない。
ルビネスは彼の言葉にそうか、とつぶやくと、またカップの中の紅茶をすすった。甘いミルクの香りが疲れを溶かしていく。ほう、と息を吐き、ルビネスはカップを置いて伸びをした。
「ルビネス、今夜あいてる?」
タイミングを見計らい、サファイがそう尋ねた。ルビネスは怪訝そうに眉をひそめる。
「時間があれば研究でも睡眠でもする。……なにかあるのか?」
訳が分からないとばかりに見上げてくるルビネスに、サファイは苦笑した。
「今日は街の花火大会だろ? 良ければ行かないか?」
遠慮がちにサファイは言う。案の定、不機嫌そうな反応が返ってきた。
「花火大会だあ? そんなことでいちいち出かけるのかよ」
吐き捨てるようにそう言うと、ルビネスは再び体重を椅子に預けた。断られてしまったサファイは、目に見えてがっかりしている。項垂れる彼をよそに、ルビネスはまだ悪態をついていた。
「だいたい、花火大会ってのは人が多いだろ。おれは人混みなんかに出たくない」
はっきりと、オブラートに包むことなく言い切った。サファイはいつの間にか体格に似合わないほど小さくなってしまっている。
ドーンと大きな音が鳴った。サファイははっとして窓の外を見やる。が、底には闇ばかりが広がっていた。建物の影になっているのだろうか、音はするが光は見えない。期待した自分が馬鹿らしくなって、サファイはため息をつく。
ふいにルビネスが立ち上がった。軽く上着を羽織り、ドアに手を掛ける。
「サファイ、ちょっと来い」
呼ばれて、サファイは訳が分からないまま彼女の後に続いた。ルビネスは無言のまま部屋を出ると、階段を上がっていった。狭くて薄暗い階段に、足音が響く。自分の家同然にルビネスの家に出入りするサファイだが、彼女の部屋より上の階は足を運んだことがなかった。研究の邪魔にならないよう、サファイは極力家をいじらないようにしていたのだ。
やがて開けた空間に出る。天井はドーム状に丸く膨らんでおり、部屋の真ん中には複雑そうな装置が置かれていた。ルビネスはその装置をいじり始める。と、暗闇に星明かりが差し込み始めた。ドーム状の屋根が開いたのだ。同時に、空に光の花が咲き誇る。
「わあ……」
サファイは思わず感嘆の声を漏らした。まさか屋上から花火が見えるとは思っていなかった。彼の様子を見て、ルビネスは得意げに笑う。
「ここならわざわざ人混みにもまれる必要もねえだろ?」
そう言って、自分は椅子に深く座った。サファイもそれに倣って彼女の隣に腰掛ける。また花火が打ち上がった。空に咲く大輪の花は、しかし儚く消えていく。二人はその光をじっと眺めていた。
「ありがとう、ルビネス。こんな特等席に案内してくれて」
空を仰ぎながら、サファイはつぶやいた。そっと彼女の手を握る。その手は嫌がらなかった。ルビネスも花火を見上げて答える。
「別に、大したことじゃない。それに――」
言いかけた言葉は、しかし花火の音でかき消えた。サファイが聞き返しても、ルビネスは何でも無いと首を振るだけ。サファイは腑に落ちず首をかしげていたが、ルビネスは聞かれていなくて安堵していた。
「――出掛けたら二人っきりになれないだろ」
Twitterのほうで清風緑さんから「ルビネス×サファイが気になる…」「花火大会でお願いします」とのコメントをもらいまして、書き殴りました。
この二人は基本的にこんな感じです。特にルビネスが素直じゃないったらありゃしないw
「花火大会」のリクなのに家から出ていないって言う←
この方が彼ららしくていいムードになってくれると思いまして。そしてルビネスの最後の台詞を唐突に受信してしまったからでもあります。
緑さん、これで良かったでしょうか?