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Absolute Zero 5th  作者: DoubleS
第二章
18/86

始動

「ただいま、戻りました。青葉さん、例の連続放火事件ですが、ついに死者が出ました」

 安楽椅子に腰かけた、丸眼鏡を掛けひげを蓄えた白髪の老人は、内野の報告で顔を上げた。内野は事件の詳細をメモした手帳を開くと報告を続けた。

「……本日、午後二時、新宿歌舞伎町の雑居ビルにて出火。ビル内にいた暴力団関係者二名が煙に巻き込まれ、病院に搬送されました。一人は間もなく死亡、もう一人も意識不明の重体とのことです」

「……原因は、相変わらず『不明』なのかね」

 重々しい口調で青葉は口元のひげをつまみながら問いかける。内野は、その問いに黙ったままうなずく形で答えた。

「…そろそろ『表』の手には余ることになってきたか……」

「原因は『不明』です。しかし、火力は明らかに通常の不審火のそれを超えていました。つまり、犯人は『裏』である可能性が極めて高く……」

 内野はそこで言葉を切った。しかし、青葉は低い声で「続けたまえ」と言った。

「……この度、第一級危険人物に指定された人物の能力と、これらの犯行の手口が、偶然にしては、一致し過ぎている…と、私は考えます。青葉さんは、どうお考えでしょう?」

 遠慮がちに言った内野に対して、青葉は満足そうな笑みで答えた。

「…低く見積もっても、まったくの的外れではないだろうがね。しかし、彼女の犯行という証拠はない。現場で彼女らしい姿を見たという証言でもあれば別だが……」

 言葉を切った青葉に、内野はその言葉を引き取って続けた。

「……単に、他の火の魔族や、先天異能者、契約主などの可能性もあります。しかし…」

「時期的に考えても、彼女が姿を消した時期とこれらの犯行が始まった時期は一致している。それに加えて、今までに狙われた建物や被害者は、あの組織と何らかの対立があったものも多いがね。だが、それは必ずしも犯行が彼女の手によるものとは限るまい」

 今度は、青葉が内野の言葉を引き取る形で答えた。内野はそれに応える。

「もしも、犯人が彼女でないとすると、彼女の契約魔族である可能性も高い。雨野光里の報告書に書かれている内容とも一致します」

「……だが、彼女はもうすでに第一級危険人物に指定されている。今更『外注』しても、どうせ意味はないのかもしれないと私は考えるが」

「つまりそれは、我々が『外注』しようとしまいが、どのみち彼女は殺される…と?」

 青葉は目を伏せると無言でうなずいた。内野は暗い気持ちになると、手帳を懐にしまい込み青葉のデスクから離れ、自分の席に着いた。

 ここは警視庁の一室であるが、課長である青葉の他、内野の同僚は二人しかおらず、上司と部下を合わせても四人しかいない。そして、そのうちの一人は事務オンリーで、実働部隊は三人しかいないという、万年人手不足の部署だった。

 魔族や異能者による犯罪は、庁内では知る者ぞ知る事項になっており、知る者からは未知の敵と戦う者への尊敬の念と、表立って業績が評価されないことへの哀れみの眼差しが向けられる。一方で、知らない者からは、閑職に回された者への哀れみと、予算を無駄に使う部署であることへの蔑みの視線が向けられる。

 そんな部署に、内野英輔は配属されていた。もともと、警視庁の正規の採用試験を受けたが、あと一歩のところで不合格になっていたところ、友人である塩沢雅史の紹介で、相川昭二という警察に顔の利く人物と知り合いになることができた。そして、彼に推薦状を書いてもらい、めでたくコネによって警視庁に採用されたが、その代償として表向きは閑職であるこの部署で働く羽目になってしまったというのが事の顛末だった。

 仕事自体は、決して退屈なものではなく、むしろ、自分に合っているとも思えたが、やはり庁内では日陰者扱いであることが、唯一の悩みだった。


 机に向かって資料を整理していると、内野は報告し忘れた事項があったことを思い出した。おもむろに椅子から立ち上がると、青葉のデスクの前に立つ。

「そう言えば、新宿で三条霧矢と思わしき少年を見かけました」

「…三条霧矢……はて、誰のことだったかね……」

 青葉は困惑した表情で内野に尋ねる。内野は苦笑いしながら、問いに答えた。

「相川さんが言っていた、反則級の水の魔力の持ち主です。いろいろな事件に首を突っ込んで、もはや、表と裏の中間の世界に住んでいる少年です。思い出しましたか?」

「…ああ、あの少年のことか……彼を見かけたのか」

 青葉はいかにも自分が忘れていたことを残念がる口調で答えた。いかに庁内で切れ者という評があっても、年による物忘れまではどうしようもないのだろうか。

「警察として、彼に接触しますか? 相川探偵事務所よりも我々の方が頼れる存在であることをアピールするチャンスと言えば、チャンスなのかもしれません」

「ふむ………」

 青葉は腕組みすると、椅子の背もたれに体重をかけた。表情を曇らせると、内野の顔を見据えた。内野はメガネのフレームの外からややぼやけた青葉を眺める。

「……重大な事件が起きるまでは放っておきたまえ。今のところ、裏でも表でもないのならば、そのままにしておく方が、摩擦も少なくてよいだろう」

「わかりました。では、そのように取り計らいます」

 内野はやや残念そうにつぶやくと、自分の席に戻り、再び作業を始めた。

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