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Absolute Zero 5th  作者: DoubleS
第二章
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遭遇

「さて、ここからどうするかだが…」

「私は、街を散歩してもみたいけど。普段は、車での送り迎えで目的地まで一直線だから。自分の足で行ってみるなんて初めてよ」

 混雑の激しい埼京線を避けて湘南新宿ラインに乗り、二人は池袋に降り立った。改札から出ると、大宮以上の人ごみがあった。

「しかし、サンシャインシティは行ったことがあるんだろ?」

「…まあ、父の仕事の都合でね。でも外側から見たことはないわ」

 東口を出ると、豊島区役所の方へ向かってただ足を進めることにした。特に目的地があるわけでもなく、気分に従って歩いているだけだった。

「……ところで、そろそろ聞かせてくれ。両親に会ってほしいと言っていたが、僕を紹介して、本当にどうしたいんだ? まさか、本気で婚約するつもりなのか?」

「あなたがそれをお望みなら、別にそれでも構わないと私は思っているけれど、さすがにそこまで急に話は進まないわ。残念ながら」

「それは『幸運なことに』の間違いだ! 僕はフリーでいたいんだよ。女がらみで西村のような目に遭うのは絶対に願い下げだし、こんな風につきあいのために自分の時間をぶんどられるのもごめんだ!」

 憤慨した口調で言い放った霧矢だったが、実際は人に好かれるのはそこまで嫌いではない。ただ、好かれることによって面倒事が舞い込むのは絶対に嫌だった。こんな風に。

「フリーでいたいなら、私は浮気されても、愛人を何人囲われても、別に気にしないタイプだから安心して。そのあたりは、私は母に似たわ。私のことをそれなりに大事にしていてくれてさえいればそれでよかったり」

「……そういう問題じゃない。そりゃ、片平社長夫人はそうでも思わないと、精神を病んでしまうだろうけど、僕にとって問題なのは相手がどう思うかじゃなくて、自分の時間が減ることだ。こんな風にな!」

「そんな風に言わなくても私だってわかっているから。あなたが嫌がってることくらい」

「だったら、何でこんなことをする。人の嫌がることを敢えてする必要はあるのか?」

「私のために必要だからに決まっているじゃない」

「…何と自己中な……」

 霧矢はそれ以上言い返すことも阿呆らしく思えた。とりあえず一つわかったことは、相手は押しが強すぎるため、これ以上霧矢が何か言っても無駄だし、あらゆる抵抗は無意味であること。そんなことは最初からわかっていたが、改めて実感せざるを得なかった。

 区役所を過ぎて、首都高速の高架の近くまで来ると、霧矢は急に気分が沈んできた。

「これ以上東に行くと、晴代御用達の場所に出てしまう。引き返そう……」

「え?」

 不審な声をあげる美香をよそに、霧矢は回れ右をすると駅の方へ向かって戻りだした。美香は混乱した様子で霧矢についてくるが、その理由はわからないままのようだ。それだけがせめてもの救いである。

「何で引き返したの?」

「精神衛生上、見ない方がいいと思われるものがあるからだ。ただし、これはあくまで三条霧矢の主観的な意見であり、すべての人間がそう考えるわけではないが……」

「よくわからないわ……」

「それでいいんだ。僕は何もわからないことは幸せなことだと思う」

 早足で南へ向かって歩き続ける霧矢だが、気が付いたら、もう東口まで戻っていた。霧矢はもう何もかも面倒くさくなり、たまたま近くにあった東京メトロの乗り場の階段を降りていった。美香もはぐれまいと必死で付いてくる。

「ねえ、霧矢。今度はどこに行くの?」

「さあ……順当に考えれば新宿、そして渋谷だろうが……」

「じゃあ、決まりね。さっさと新宿に行きましょう」

 霧矢はゆっくりうなずくと、副都心線の乗り場に向かってのろのろと歩き出した。ホームに滑り込んだ電車に乗り込むと、美香はいよいよ楽しそうな表情を浮かべた。

「久しぶりよ。地下鉄に乗ったのは……」

「…随分と楽しそうなことで。喜んでいただけて幸いですよ」

 嫌味を込めて霧矢は慇懃な口調でつぶやいたが、美香は気に留めることもなく、東京の地下を突き進む電車の中をきょろきょろと見回していた。

「それで、どこの駅で降りるの?」

「新宿三丁目でいいだろ。他に行きたいところがあるならともかく、そこで降りて別に不都合はないはずだぞ」

「私はあなたの後ろをそのままついていくから。私が勝手に動いたら、迷子になること間違いなし。箱入りお嬢様の方向感覚があてにならないことくらいわかるでしょう」

「そんな自信たっぷりに言うな。万一迷子にでもなられたら、それこそ一大事だ」

 もしも美香とはぐれてしまったら、美香の両親やレイに合わせる顔がない。そもそも、美香の両親は、霧矢が一緒だからという理由で、都内の出歩きを許可している。それは、霧矢のことを信頼しているということでもある。

 信頼を裏切らないことが自分の利益につながる。中途半端なエゴイストはそう考えている。だが、その利益が自分の本当に必要としている利益になるのかどうかはまた別の話であるのが、頭の痛いところでもあるのだが。

 思索に暮れていると電車は減速を始め、やがて新宿三丁目に到着した。改札口から出ると、霧矢は澱んだ空気を吸いこんだ。

「しかし……どうする…歌舞伎町は治安的にまずい気がするな」

「……いいじゃない。別に昼間だし。夜なら問題かもしれないけど」

「もしも、お前をそんな物騒なところに連れて行ったと片平社長にバレたら、僕の信用はガタ落ちだ。さすがにそれはだめだ」

「あら、私の両親に嫌われたら、それはそれで私を遠ざける口実になるんじゃないの?」

「……お前に愛想を尽かされるだけで済むなら一向に構わないが、大人に嫌われてしまうといろいろと面倒なことになる。それは少し困る」

 ぶつぶつとつぶやいていたが、結局知らないうちに足は歌舞伎町の入り口の方へ向かっていたらしい。気付いた時には、繁華街の入り口に立っていた。

「結局、来ちゃったわね。でも、どうするの?」

 霧矢が黙っていると、突然、警視庁のパトカーがサイレンを鳴らして通りを走り抜けて行った。パトカーは交差点を曲がるとそのまま路地の中に突っ込んで行った。

「……随分と忙しそうな警察だな。何かあったのか?」

「最近、首都圏じゃボヤ騒ぎが多いみたいだから。また何かあったんじゃないの?」

 美香はこともなげに答えたが、霧矢には初耳だった。ボヤ事件が増えているくらいのことを全国ニュースで報道する必要性はないということだろうか。

「ここ一月の間で東京、埼玉、神奈川で結構起きているみたい。ニュースじゃあんまり詳しい情報は得られないけどね。ちなみに、うちの関連会社の倉庫も一か所焼けたわ」

「やはり、愉快犯の仕業なのか?」

 腕組みしてつぶやきながら、霧矢はパトカーの曲がった交差点まで来ると、パトカーと同じ方向へ足を進めた。道はだんだんと狭くなり、看板も胡散臭いものが増えてきた。

「やっぱり、霧矢もあのパトカーが気になるの?」

「……野次馬根性はよくないと自分でもわかっているんだが……」

 何故か知らないが、霧矢の足は事件の起きた場所に向かっていた。それがトラブルに結びつく可能性は排除できないのに、トラブルに遭遇するのは避けたいのに、どうしてもそうせずにはいられなかった。

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