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Absolute Zero 5th  作者: DoubleS
第二章
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尋問

 霧矢たちを乗せた新幹線が大宮駅に着く数分前、復調園調剤薬局に一本の電話が掛かってきた。電話の相手はよく知る人物だったが、内容は非常に新鮮なものだった。

「一緒に東京に行かないかって?」

「そうそう。霧矢がさ、東京に行くって聞いたから、あたしも行きたくなっちゃってさ。でも、お金がないから、青春十八きっぷで、ゆっくり行こうと思ったんだ」

「へえ、でも、どうして、晴代は私に誘いをかけてきたの?」

「あのね、十八きっぷは五枚組になってて、五回使わないと使い切れないの。だから、あたし一人で行っても、使い切れないだろうし、そうすると、お金的にもあんまり節約の意味がないからね。できれば五人、往復で使うとしても、最低でも二人か三人欲しいんだ」

 晴代の話はまだまだ続く。

「お正月に霜華ちゃん、東京に行ったけどさ、霧矢に止められてあたしの頼んだもの、買えなかったでしょ。だから、春休みの間に行って買ってこようかなって」

「でも、何で私? 文香とか西村君とか、他にもいい人がいるんじゃ……」

 霜華がそう言うと、晴代はすでに文香については誘いをかけたと答えた。往復で利用するなら、二人が良いのだろうが、どうせなら、大人数で行きたいらしい。とにかく、五人集めることを目標としているのだとか。

「五人だからさ、文香と、霜華ちゃん、あと三人。まあ、風華ちゃんか、雨野先輩、有島先輩、西村君、セイス、護君、ユリアの誰でもいいけどさ」

「でも、私、薬局のお仕事があるし、そう簡単に抜けるわけにはいかないよ。霧君だっていないんだし、今、私が抜けたら、薬局が人手不足になっちゃう」

「ふーむ。でもさ、霧矢が、今お嬢様とどんな感じになってるのか、気にならないの?」

「そ、それはそうだけど……」

 霜華が口ごもっていると、肩を後ろから叩かれた。振り返ってみると、笑顔を浮かべた理津子がそこに立っていた。

「霜ちゃん、その電話の相手、晴代ちゃんでしょ。ちょっと、私と代わってもらえる?」

「は、はい」

 霜華が理津子に受話器を渡すと、理津子は軽い調子で話しはじめる。

「晴代ちゃん、私だけど、霜ちゃんを誘う件、別に構わないわよ。この話、実はさっきから丸聞こえだったのだけど、風ちゃんがしばらくお仕事代わってあげると言ってるし、この時期は、そこまで薬局も忙しくないから、別に大丈夫よ」

 霜華は理津子の後ろ姿を見ながら、目をパチパチさせていたが、視線を感じて振り向くと、風華がサッと隠れるのが見えた。妹に対して、姉として何となくバツの悪い感じがしていたが、今は電話中なので大声をあげるのは我慢していた。

「本当に三条家の男はダメなのよ。東京で霧矢ともし会ったら、うんとお灸を据えてあげてね。あの子まったくと言っていいほど人の気持ちがわからないから。相手が何を考えているかは大体読めても、何を想っているのかはさっぱり理解できないダメな子よ」

 理津子はため息をつくと、最後にこう締めくくった。

「とりあえず、好きなように霜ちゃんを連れまわしてもいいけど、くれぐれも危ないことしちゃだめよ。もっとも、霧矢があなたたちが東京に来ていると知ったら、決して危ない目には遭わせないでしょうけど。その点だけはあの子に関して評価できるわ」

 理津子はゆっくりと深呼吸すると電話を切った。同じようにゆっくりとした動きで、くるりと回って霜華と視線を合わせると、微笑を浮かべた。

「行ってらっしゃい。そして、霧矢の頬を引っぱたいてきなさい」

 自分の息子の頬を引っぱたいてこいと命じる母親も母親だが、その笑みがまた霜華の背筋をぞっとさせていた。何か彼女の背後にドス黒いもやもやを感じるのは気のせいかどうかわからないが、今の理津子には、普段とは違う何かがあった。

「ごめんなさい、霜ちゃん。今から、私、お父さんに大事な話があるから、ちょっと、席を外してもらえるかしら」

「は、はい。わかりました」

 理津子の口調にはノーとは言わせない何かがあった。霜華が歩き去ると、理津子は不敵な笑みを浮かべながら、国際電話のダイヤルをしていった。

「あ、もしもし、私よ。あなた? ちょっと聞きたいことがあるけど、いいかしら?」

 霜華はできるだけ聞こえまいとしながら、居間に戻ろうとした。

「え、こんな夜更けは嫌だ? 明日にしてほしい? いい度胸ね、あなた」

 霜華は早足になって居間に駆け込むと、テレビのリモコンを引っ掴み、音量を上げた。風華が何事かと霜華を見るが、風華も霜華の冷や汗を見て何かがあったことを察した。

 とりあえず、こんな理津子の声は聞きたくなかった。

「お姉ちゃん、な、何があったの?」

「……し、知らなかった…理津子さんにあんな一面があったなんて……」

 霜華はこたつに突っ伏すと耳を塞いでガタガタと震えだした。風華は呆気にとられた様子で普段とは全く違う様子の姉を眺めていた。

 しばらくして、理津子はいつもの声色に戻って、店の方に出てくるよう二人に呼びかけた。霜華は緊張した面持ちで、風華は何があったのかさっぱりわからないといった表情で居間を出ると、店の方へ出た。


「…まったく、二十一世紀にもなって、妻に内緒で、しかも、まだ成人すらしていない息子の縁談を一人で決める旦那がどこにいると言うのかしら……」

 ため息をつくと、理津子は霜華に向かって微笑みかけた。先程までの異様な圧迫感はすでに消え失せており、いつも通りの理津子だった。

「事態は一刻を争うわ。今すぐは無理でしょうけど、明日、できるだけ早いうちに、霧矢に会って来た方がいいわ。でないと、厄介なことになるわ」

「霧矢が? いったい何があったって言うの?」

 まるで事情を呑み込めていない風華が、他人の噂に首を突っ込む程度の口調で問いかけると、理津子は呆れたような口調で答えた。

「どうやら、霧矢を京浜製薬のお嬢様と婚約させようとしているみたいよ」

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