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Absolute Zero 5th  作者: DoubleS
第一章
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観光

「それじゃ、霧君は結局東京に行くんだね?」

「…不本意だが、ここまでお膳立てされて、しかも、父さんの許可までゲットされてしまったからには、もうこれ以上抵抗するのは無理だ。僕としても、できるだけ早く戻れるように努力はするが……あんまり期待しない方がいいかな……」

 揺れるデッキで、霧矢は家と連絡を取っていた。理津子にはあらかた説明を済ませており、今はただ、霜華の文句に付き合わされていた。

「でもさ。いくら霧君でも、一人で東京をうろうろして大丈夫なの?」

「…一人じゃなくて、二人でうろつくことになりそうだから、問題だ…と言うべきか?」

「どういう意味かな?」

「ローマの休日の新聞記者のようなことになりそうだ。と言っておこう」

「わけがわからないよう。もっと詳しく説明してほしいよ」

 お嬢様のお守りをすることになりそうだと、ストレートに説明すれば、霜華は一気に不機嫌になるだろう。帰った時の命の保証も怪しい。しかし、はぐらかすにしても、今の霧矢の脳内にはそのプロットが全く浮かんでは来なかった。

「…とにかく、片平家にお呼びがかかった。とりあえず、そんなに長くはかからないだろう。明日か、遅くとも明後日くらいには帰れると思う」

 霜華は不愉快そうな唸り声をあげた。霧矢は心の中で詫びながら、電話を切った。

「…やれやれ…」

「嘘が下手なのは、やはり、名前通り、霧の中を突き進む矢のようね」

「うおっ!」

 急に背後から声をかけられ、霧矢はびっくりして飛び上がった。振り返ってみると、生意気そうな笑みを浮かべた美香がそこにいた。どうしてここにいるのかと尋ねると、美香はやはり生意気な声色を使って答えた。

「あなたの家の霜華さんとどんなお話をしているのか、少々気になりましたの。私としては、ライバルの動向についても、注意を払っておきたいのですよ」

「だから、何度も言うが、霜華と僕は単なる同居人としての関係しかない。お前の勘繰りは何か、本来ないものをあると誤解しているとしか言いようがないぞ!」

「あらあら。さらっとおっしゃる。彼女が傷ついても、知らないわよ」

 霧矢は携帯電話を乱暴にポケットに押し込むと、壁に寄りかかった。腕組みしながら、美香をにらみつけたが、美香は相変わらず物怖じもせず、霧矢を見つめている。

「…で、どこから、どこまでを聞いていたんだ?」

「あなたが、お母様との連絡を大体終わらせたところから」

 ということは、霜華とのやり取りは全て聞かれていたということになる。霧矢はため息をつくと、呆れた口調でつぶやいた。

「まったく……油断も隙もあったもんじゃない」

「……それで、記者さんは王女様をどこへ連れて行ってくれるのかしら?」

 霧矢は自らそんな例えをしたことを悔いた。美香の嬉しそうな表情を見て、霧矢はもはや覚悟を決めるしかないと思った。いつものように、大雑把に適当に済まそうとするのもよいが、今の彼女の期待の眼差しを裏切るのは、中途半端なエゴイストには荷が重い。

「…希望のところがあれば、できる範囲でどこへでも連れていくさ。何から何まで、そっちに費用を持ってもらってるんだから。それくらいしないとな」

「お金の問題と思っているのなら、少し残念ね。でもいいわ、楽しみにしてる」

 美香は微笑を浮かべると、そのまま歩き去った。霧矢もため息をつくと、美香に続いて席に戻る。霧矢は再び席に腰を下ろすと、東京に近づくにつれ、田園から市街地へと変わり、徐々に建物が増えていく外を眺めていた。

「…で、もうすぐ大宮に着くが、まずは、どこに行きたいんだ? 場所によっては、東京まで行くよりも、大宮で降りた方が近いぞ」

「私はどこでもいいわ。霧矢、あなたに適当についていくから」

 霧矢は困ったように頭を掻いた。どこでもいいから適当に連れて行けと言われても、東京の観光地など星の数ほどあり、その中からピックアップするにしても候補が多すぎる。

「……少しは絞り込んでから言ってくれ。何を見たいのか、それとも食べ歩きがしたいのか、ただの散歩がしたいのか、それだけでも、かなり行き先は変わってくる」

「じゃあ、食べ歩きで。東京の観光地は一応廻ったことがあるのだけど、私は、あんまり安いお店に行ったことがないから。なんて言うのかしら、そう…B級グルメ」

 さすがお嬢様だと霧矢は感心しながらも、まだ行き先を絞り込むことができなかった。食べ歩きと言っても、まだいろいろな場所がある。どこにするかを考えていると、美香が口をはさんできた。

「まあ、私は別にどこでもいいんだけど、いろいろな電車を乗り回してみたいわね」

「…まさか、そんな趣味の持ち主だったのか?」

「いや、単に普段乗る機会がほとんどないからだけど。地下鉄や都内の在来線なんて、年に一度使えば多いくらいだから。新幹線ですら旅行でたまに使うくらいだしね」

 箱入りお嬢様である彼女にとって、公共交通機関などかなり縁遠い存在なのだろう。普段は自動車での送迎がほとんどであり、都内の電車などほとんど乗ったことがなかった。

「ほんと、一人で街をうろつこうとしても、危ないからダメの一点張りだし、今回はあなたと一緒ということで、ようやく許可をもらえたのだけどね」

「そんな箱入りのお嬢様が、外で食べ歩きなんてしたと知れたら、きっと大目玉だぞ。僕は責任取れないぞ。怒られてから文句を言うなよ」

「私が、そんな責任を人に押し付けるような人に見えるの?」

「………乗り気でない人間に無理やり決闘をさせた人間ではあるがな」

「何か言った?」

「別に」

 霧矢はため息をつくと、とりあえず結論を出した。逆転の発想ではあるが、観光地は多く行ったことがあり、公共交通機関をほとんど利用したことがない彼女に食べ歩きでオススメの場所というならば、これしかない。

「駅ビルや駅前通りをうろついてみよう。散歩や食べ歩きには理想的かもしれない」

「人ごみはあまり好きでないのだけど」

「…迷子になるなよ。特に、副都心のターミナル駅はもはや迷路だからな」

「私、副都心はあんまり行ったことがないわ。ごくまれに、出かけることがあっても、銀座とか日本橋みたいに東の方だし」

 自分とは住んでいる世界が違う金持ちを見て、霧矢はため息をついた。その数秒後、車内メロディが鳴り、あと数分で大宮へ到着する旨のアナウンスが流れた。

「じゃあ、まず大宮駅からだ。まあ、東京じゃなくて埼玉だが、非常に重要な駅の一つだ」

「ええ、楽しみにしてるわ」

 美香はニコリと笑った。霧矢は深呼吸するとコートを脱ぎ、レイに預けた。浦沼でならばともかく、三月の首都圏でこんな分厚いコートは必要ない。

「では、お電話いただければ、お迎えにあがります。もっとも、自力で屋敷までお越しいただいても結構ですが」

 レイは霧矢のコートをたたむと、頭を下げた。やがて新幹線はゆっくりと大宮駅のホームへ滑り込んだ。

「それじゃ、東京観光、スタートと行きますか」

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