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前編

 

 セントラルのとある道を、二人の旅人が歩いている。

 小柄な方は神楽(かぐら)と言う女で、"神の司"と呼ばれる神職――――世界中を渡り歩き、宗教や神々に関するトラブルを片っ端から解決することが仕事の職(詳しくは、「その名は呼ばれぬ。中編」をご参照ください。)――――に就いている。(つや)やかな黒髪、神秘的な紫の瞳、色白の肌・・・・・・かなり美人で、どちらかというと華奢に見える彼女は、世界を股にかける聖職者には、決して見えなかった。

 その隣を歩く青年、名を、(シュン)という。この字は、神の司の道連れ認定試験(この事についてはまた後ほど。)に受かった際に、神楽からもらったものだ。神楽の顔見知りの店で、新しい装備を一式揃えたはいいが、なにぶんシュンは、砂漠の片田舎から出てきたばかりの青年だ。深い青色のこじゃれた服が――――似合ってはいるのに――――着慣れない様子で、可笑しくなるほど仕草は堅かった。帽子を乗せた黒髪に、切れ長な緑の瞳。肌は浅黒い。寒さにかなり弱いようで、まだ雪の一粒も降らない内から、小さく震えている。腰に下げた剣が、主人に同調するかのように、カチャリと音をたてた。

 二人が目指している地は、セントラルの真ん中辺りにある、"クロヌ"と言う国である。ドイツの場所を想像していただければいいだろう。まさに、そこだ。

 季節は、冬の香りが漂い始める10月中旬。地域によっては、そろそろ雪が降り始める頃ではないだろうか。生まれてこの方砂漠を出た試しがないシュンには、"雪"という名前は知れども見たことは無かった。ましてや、高く降り積もった雪など、想像すらできまい。かくいう作者自身も、雪の無い地域に生まれ育ったため、まったく想像出来ないのだが。

 それはさておき、あまりにも寒そうにしているシュンを見て、神楽が言った。

「何でそんなに寒がってんの?」

「寒いからだろ。」

「え、寒い?もう寒いの?ずっと歩いてるのに。」

「歩いてるとかそういう問題じゃねぇよ。寒いから寒い。もう寒い既に寒い。ダメだ俺、これ以上北には行けない。」

 寒さの所為か、心持ちテンションが低く、応対にも切れがない。神楽はちょっと肩をすくめた。

「なっさけないねぇ。まだ10月だよ?これからどんどん寒くなんだから、この程度で震えてんじゃねぇよ。」

「んなこと言われたって・・・・・・砂漠の人間には無理があるっての。」

「慣れろ!」

「そう簡単に慣れられたら苦労しねぇよ。」

「じゃあ耐えろ!」

「耐えらんねぇから震えてんだろ。」

「心頭滅却すれば火もまた涼し、っていうじゃん。それの応用!心頭滅却すれば、雪もまた暑し!」

「いや、それには無理がある。まだ雪降ってねぇし。火は涼しくなっても、寒さは和らがねぇよ。」

「おいこら。認定試験の時のあの根性はどこ行った。」

「凍って割れて消えた。」

 簡潔な答えに、神楽は次ぐ言葉を無くし、溜め息をついた。末期だな、と呟いて、会話を打ち切る。

 しばし、無言での前進が続き――――――坂の向こうに、レンガ作りの大きな建物が見えた。クロヌの関所だ。

 旅人人口がやけに多いこの世界では、国境にはほぼ必ず関所が置かれている。安易にスパイや盗賊などを入国させないためだ。各国で発行される、旅人印(たびびといん)か、行商印か、それらの類のいわゆる"入国許可書"、パスポートのようなものが無いと、通れないようになっている。そして、関所を通らずに入国した者は、密入国者として処罰の対象になってしまうのだ。

 二人は関所にたどり着いた。重い鉄製の扉を押し開け、中に入る――――――入った途端、「おおぉぉーっ。」シュンが、溜め息と歓声の中間の声を発した。頬がだらしなく緩んでいる。

「あったかい・・・。」

 まるで炬燵の中の猫だな、と、お国柄上、神楽はそう思った。

「通行印をお見せください。」

 和んでるシュンに構わず、関所の若い門兵が、冷静に声をかけた。

「あぁ、はいなはいな。よっ、と。シュン、あんたも出せ。」

「おーう、ほい。」

 と、二人はごくごく気軽に印、正確には印の代わりとなるものを取り出した。神の司の証である、不思議な光のペンダントと、その道連れが持つ、聖廉信仰協会の紋章が刻まれた指輪(シュンはそれを首に掛けている。指に着けると邪魔くさいらしい。)だ。


 ちなみに、"聖廉信仰協会"とは、世界中に支部をもち、全ての宗教及びその信者のためにある団体で、かなり強大な権力を保持している。世界の神官や聖職者は、ほぼ全員この協会に属しているのだ。もちろん、神の司も協会の所属である。


 さて、それぞれの証を見せると、門兵は絶句した。神の司とその道連れは、その職である、というだけで、どの関所も無条件で通過できる。いわば、遊園地のフリーパスを持っているようなものだ。いろんな面で優遇される神の司は、そうそうなれるものではない。事実、今現在この称号を持つ者は、たった5名程度で、この門兵はきっと初めて会ったのだろう。冷静な態度が崩れ、呆然と、まじまじと、掲げられた証を見詰めていた。

「か・・・神の、司さま?」

「ん、その通りだよー。」

 神楽はニッコリと、その門兵に笑いかけた。

「何なら神寄せのひとつでも見せようか?〈それとも、世界中の言語で自己紹介する?〉」

 後半は、シュンや作者にはわからない言葉だった。しかし、門兵には通じているようなので・・・・・・おそらく、クロヌの言語なのだろう。

 若い門兵は、目を白黒させ、かろうじて首を横に振った。どうやら、事実を飲み込んだらしい。

「ええと・・・・・・それでは・・・神の司さまと、その()り人さま御二人の、入国を認証します。」

 そう言うと、手元の記録書に何やら書き込んだ。それを確認し、二人は証を仕舞うと、

「お疲れーじゃあね~。」

「もう行くのかよ・・・。寒いのは嫌だなー・・・。」

 などと、口々に言いながら、関所を抜けて行った。

 門兵は、その背中を見送ってから、しばらくの後に、

「お、お気を付けて・・・。」

 と遅ればせながら呟いたのであった。 



                        ◇



 クロヌの王国の首都に近い位置に、"タルヌイ"という町がある。そこは、良く言えば落ち着いた、悪く言えば寂れた、田舎と都会の中間のような町であった。

 クロヌ名物の麦酒がなぜか、各地から集まってくる場所で、酒場の数が異様に多く、酒好きにはたまらない。通う者も多く、旅人や労働人はもちろんのこと、王府の役人や神殿騎士、噂によると、十二神が一人"1月の女神"までお忍びで来るらしい。まぁ、1月の女神は別名"酒盛の女神"、繁栄と創生と酒を司る女神だから、通いつめていたとしても何ら不思議では無いのだが。

 そんなタルヌイの町のひとつの酒場では、熱い勝負が繰り広げられていた。

「ウノ!」

「げぇっ、まじかよ。」

「・・・・・・何色?まったく見えません。」

「まぁ、何色でもいいけどね。はい、Draw2。」

「なぁっ!!くっそっ、このままいけば勝てたのにーっ!」

「へぇ、ってことは、黄色だったんだ。」

「あっ?!あぁ、あああああ?」

「案外簡単に見えましたわね。」

「バッカだなーアッサリ言うなよ。はい、ウノ。」

「うっせぇっ!って何?!」

「わお。今度はそっちか。これでどうだ!」

「・・・・・・もっと読めませんね・・・。ふむうー・・・。これで、どうでしょう?」

「ニッシッシ~はい、上ーがりっ!」

「ぬおぁっ!負けたー!また負けたー!!」

「ひゃー、相っ変わらず、強いねぇ。」

「さすが・・・・・・。」

「ヘッヘ~。じゃ、こいつは貰ってくよ。」

 と、勝者が逆さの帽子に入っていた金を全部手にした。テーブルにいる4人分の賭金だ。

 彼らが遊んでいたのは、見ての通り、賭ウノだ。参加者は最初に賭金を払い、一番に上がった人がそれを全部貰うという、至極単純なルールである。ただし、勝者はその金で、

「サクラメさーん、酒追加で!」

「はいよぉ。」

 参加者全員に一番安い酒を奢る約束である。サクラメさんとは、この酒場の女店主だ。

「強いなーやっぱ。勝てないよ、全然。」

 そう言ったのは、勝者の向かいに座っている優男・ルーシア。その横には大柄な男・ルルジアがいる。この二人はまったく似てないが、兄弟だ。兄の方のルルジアは、始めこそ悔しがっていたものの、酒が来るとあっさり機嫌を直して、次だ次ィ!と息巻いている。

「やっぱり・・・・・・ギャンブルだけは、先が読めません・・・。」

 と言葉少なに言うのは、凄腕占い師・マルシアさん。紫色のローブにベールと、まさに"占い師"という格好で、ちょっと妖しく見える。ちなみに、ベールの下は、かなりの美人であると噂だ。

 その三人を相手に、勝利を決めたのは、小柄な女であった。名を、ナギ。ギャンブラーである。栗色の髪は前下がりにカットされ、黄色(ヘーゼル)の瞳が落ち着いた照明の下で得意気に輝いている。彼女は、小さい頃からギャンブルが大好きで、昔からこの酒場に入り浸っている常連だ。尤も、酒を呑むようになったのは、今年の誕生日で19歳になってからのことだが。

 ナギは、運ばれてきた酒を一口呑み、「いやいや、ただ運が良いだけだよ。」と笑った。

「ナギのは、"幸運"じゃなくって"強運"、だよねーホントに。」

「ん?幸運と強運って、どう違うんだ?」

 ルーシアの言葉に、ルルジアがその赤い頭を傾けた。疑問に答えたのは、マルシアさんである。

「"幸運"は・・・偶然性が強いの。与えられるもの・・・って、いうイメージね。対する"強運"は・・・・・・自力で、引き寄せるような、イメージよ。・・・"運も、実力の内"の"運"は、"強運"、の方ね・・・。」

「へぇ、そうなのかっ!初めて知った。なるほどなぁー。」

 ルルジアは何度も頷いて、酒をいっぺんに飲み干した。

「じゃあ、ナギは間違いなく、"強運"の持ち主だな!」

「この運の良さはもはや実力だよね、ホントに。いや、すごい!」

 褒めちぎる兄弟に、ナギはニッコリと笑いかけた。

「褒めても手加減しないよ?」

「「・・・・・・。」」

「いや、そこで黙るなよ、二人とも。」

 図星を突かれ黙り込んだ兄弟に、ナギがツッコミ、マルシアさんが溜め息をついた。

「・・・・・・そうやって・・・セコいことを考えてるから・・・負けるのよ。」

「あぁ?!お前さんだって負けてんだろうがよっ!人のこと言えんのかオイっ!」

「あら・・・・・・負けるのは同じでも、よく負ける上にセコい誰かさんとは・・・同類になりたくないわ。」

「んだとコラぁっ!」

 短気なルルジアと冷静なマルシアさんは、よく喧嘩をする。別に仲が悪いわけじゃないのだが、どこかが突っ掛かるらしく、もはや二人の口論は定番となりつつある。

 それを収めるナギの言葉も、もはや定番であった。

「まぁまぁ、何はともあれ、もう一戦。」

「おうっ!」

「そうね・・・。」

「ん、いいねー。」

 ナギの提案に、三人は口々に賛同し、賭金を財布から取り出したのであった。



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