一枚の写真
どう答えていいのかわからなかった。突然現れた彼女の質問に。
「母を恨んでいますか?」
俺はただ手を合わせて目を閉じた。考える時間が欲しかったから。
生後間もなく母と別れた俺は、養母を実の母だと想い、何の疑いもなく暮らしていた。
父が逝く前に打ち明けてくれるまで、何も知らずに過ごしていたなんて。
今、こうやって墓石に刻まれた母の名を眺めているが、何も言葉が思いつかない。彼女の問いにも返答できずにいる。
「母は、立派な人でした。女性としても人間としても尊敬できる存在でした。」
彼女は、俺に何かを伝えようと必死だった。そんな健気な姿に俺は、言葉を発した。
「心配しないで。俺は、誰も恨んでなんかいないから。誰も。」
彼女は、それを聞くと目元を押さえながらふかぶかと頭を下げて立ち去ってしまった。
引きとめることさえできずに、見送ってしまった俺は、もう一度、墓前で手を合わせた。
帰り際、墓地の入り口で声をかけてきた人がいた。
怪訝そうに振り返る俺に、母の妹だと言っていた。俺の叔母だということだった。
俺は、叔母にさっきの出来事を話した。
叔母は、大粒の涙を流しながらしきりにうなずいていた。やがて、叔母は俺に諭すように話しはじめた。
俺が会った女性は、十年前に亡くなった母の娘であること、そして彼女が叔母の夢の中で、俺が今日ここに来ることを教えてくれたこと、俺に渡して欲しい物があることなどを……。
叔母は、俺に一枚の写真を差し出した。
「これをあなたに渡して欲しいと。」
赤子を抱いた一人の女性が写った古びた写真だった。この世で唯一の二人の写真。
「お母さん。やっと会えたね。ありがとう。」
俺は、涙が止まらなかった。