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LOVAVEL  作者: ciro
逢い
2/2

#1 百年ごしのあい

 


 それは、突然。

 突如、唐突、不意に、十五年の人生を壊さんばかりの破壊力を持ってそれは落ちてきた。まわりの全てのものを巻き込み、破壊する暴力的なまでの存在は、現在だけで飽きたらず過去も、未来も飲み込む濁流となって現れたのだ。



 *************************************************************************************




 徐々に風も冷たさを纏うようになった十一月初旬の金曜日。

 帝灯まりあはセーラー服のスカートを夜風に揺らしながら、アルバイトをしている駅前の書店から学生寮への帰り道である繁華街を淡々と歩いていた。時刻は十時まであと十五分ほど。十時までには学生寮へ辿り着くだろう。

 寮に帰ってシャワーを浴び、宿題と予習を簡単に済ませ、ベッドに入る。その間、というよりまりあの一日に他人との会話は一切入らない。

 今年、まりあの通う欧聖学院に外部受験で入学してきたルームメイトは、最初こそ話しかけてきたものの、まりあに会話を続ける気がまったくないことに気づくと、話しかけてこなくなった。まりあが編入した中学部の頃からいるクラスメートたちは、そもそも話しかけてこない。アルバイト先でも然り。そのため、まりあの一日は誰にも何にも影響されることなく、淡々と終わる。




 何度も通り慣れた道を何の感慨も抱くことなく歩いていたときだった。

 街の喧騒の中に混じって何かが崩れる音が聞こえた。その音はまりあが通り過ぎた、隣接するビルに埋もれるようにして建っている、細長いビルの向こうから聞こえてくる。

 足を戻し、テナントの明かりが一つもないそのビルの前に立つと、脇に人一人がようやく通れそうな路地があった。

 まわりにはそれなりに通行人がいるのだが、まりあのように足を止める人はいない。皆同様に帰路を急いでいる。まりあも普段はその中に含まれる一人なのだろう。しかし、どうしても耳に付いた。

 まりあはしばし逡巡したあと、腰まで伸びた二つの三つ編みをなびかせて路地に足を踏み入れた。

 路地は見たまま、まりあ一人が通れるほどの幅しか持ち合わせがなかった。足元には折れたビニール傘やビンや空き缶が捨てられている。頭上には、昼ならばこの路地に僅かばかり入るであろう日の光を遮るようにしてエアコンの室外機が設置されていた。進んで行くと、突然ビルの汚れた壁が終わり、開けた場所に出る。設計ミスなのか何なのか、隣接するビルに四方を囲まれた奇妙なスペースだ。ちょうど表のビルの真後ろにあるためか、この路地に入らないと気づかない場所だった。

 そこには冷蔵庫やテレビ、木箱などの粗大ごみが積み上げられている。そして離れた場所に壊れた電子レンジが転がっていた。さっき聞こえた音は、おそらくこの電子レンジが積み上げられた場所から転がり落ちた音だったのだろう。



「………」



 知らず知らずのうちに何かあると期待してしまっただけに、その分落胆する。そうして、自分の中に何かに期待する部分がまだあることに気づき、自己嫌悪した。

 扉を開けた電子レンジにため息を吐き、それが空気に消える前に踵を返す。路地を出て、いつもと変わらない帰路に着こうとしたときだった。




 真後ろで、空気を震撼させるほどの破壊音が轟いた。

 びりびりとする耳を押さえながら、身体を強張らせたまま恐る恐る振り向く。

 まりあの目の前で、粗大ごみが原型を留めず雪崩を起こしていた。冷蔵庫は真っ二つ、テレビはブラウン管が陥没、木箱に至っては木っ端微塵である。少し離れた場所に転がっていた電子レンジのまわりには、ついさっきまでなかったその他諸々の残骸が転がっている。

 先程までは不安定ながらも積み上げられていたのに、いったい何が。



「ぁあ!クソ!」



 突然聞こえた声にまりあは身体を震わせ、雪崩の頂上に目を向けた。

 するとテレビを蹴っ飛ばして、ブーツを履いた左足が飛び出した。それは雪崩の中から、粗大ごみを次々と転がしながら、右手、左手、右足と正体を顕にする。

 派手な音を立てて正体を現したのは、まりあと同じ高校生くらいの少年だった。百七十センチほどの身長に、茶の短髪。かなり不機嫌そうな顔をしているが、目が大きく垂れ目で、動物で言うなら犬のような顔立ちをしている。

 まりあはずり下がった眼鏡を直す余裕もなく、いらついているのか粗大ごみをさらに可哀想な状態にしている少年を呆然と見上げた。聞き間違いでなければ、まりあの耳を襲った凄まじい轟音は、隣のビルから飛び降りたくらいでする音ではありえないはずだが、どういうことか。少年はまったくの無傷である。

「なんで……」

 まりあが思わず呟いた声は、意外にもその場に響いた。少年はまりあに気づき、胡乱げな視線を向けたが、瞬時に眼を見開いたまま固まった。

 まりあは呟いたことを後悔したものの、少年の態度の豹変に動くに動けない。二人はそれぞれ違う意味でお互いを見つめた。



「おまえ!」



 先に動いたのは少年だった。幼さの残る顔を嬉々とさせ、まりあの前に瞬間移動でもしたかのように突然現れた。息を呑むまりあに顔を近づけ、何かを確かめるように匂いを嗅いでいる。

「ちょ…っ」

 身体を仰け反らせて避けようとするが、すればするほど少年は同じだけまりあに近づいた。匂いを嗅ぐのを止めたかと思えば、今度はまわりをまわって、まりあの全身を観察する。一周満遍なく見終えると、まりあの正面に立ち、突拍子もない少年の行動にされるがままになっているまりあから、あっという間に眼鏡を取り去った。

「伊達眼鏡とかするなよ、変」

 まりあは警戒を露にするが、少年はそれが分かっているのかいないのか、眼鏡を後ろの粗大ごみの山に放ると、まりあの頬にそっと手を添える。

「おまえか」

 手を払おうとしたまりあの手を逆に掴んで引き寄せ、少年は愛おしそうにそう呟いた。

 少年の漆黒の瞳が直に、まっすぐまりあを射抜く。まわりから音が消えてしまったかのようになり、何故かどうしても少年から目が離せない。まるでパズルのピースがぴたりとはまったようにお互いから視線が外れない。

 神聖とも言えるような空気の中、少年の口が一音一音刻み付けるように言葉を紡ぐ。



「おまえが、俺のラヴァヴル」



 その言葉はまるで恋人に蜜事をささやくかのように、まりあの耳に余韻を残した。

 しかし、その余韻も冷めやらぬまま、自体は急変した。



「欠陥せェェェェひんがああああああああああ―――――!」



 静寂はビルの上からの新手の登場によりあえなく消え去る。

 隣のビルよりも高い位置から、青年が二人目掛けて怒涛の勢いで飛び掛ってくる。

 少年は手を突っぱねたまりあを抱き上げると、瞬時にビル四階分をまっすぐ飛び上がってそれを避ける。まりあは青年と間一髪ですれ違う瞬間、ネオンの明かりを反射してきらめくものを目にした。見てそれが何か理解し悲鳴を上げようとするが、今度は尋常ではない速さの上昇に口を閉じる。

 青年の斬撃を一瞬の差で避けた少年は、一度ビルに着地するも間合いを取るかのようにすぐに隣のビルに飛び移る。

 獲物を逃がした青年の斬撃は当然の如く少年が立っていた背後のビルに直撃し、そのまま一階のコンクリートの壁を突き破った。

 食道をせり上がってくる嘔吐感と六階建てのビルの屋上という場所に、不本意ながらも少年にしがみつくと、何を勘違いしたのか少年は息苦しいほどまりあを抱きしめる。胃の中身を吐き出してしまえと思ったものの、そういうときに限って嘔吐感は治まっていくので、とりあえず少年を蹴った。

 文句を言ってやろうと口を開いたが、青年が先だった。

「何おまえ余裕ぶっこいてんだよ」

「悪いかよ」

 突っ込んだビルから砂埃と共に出てきて、早速少年に突っかかる青年は少年より頭一つ分ほど背が高い。猫のように光る金の目をしており、その長身に似合った長刀を手にしていた。その長刀は先程、ネオンの光を受け、まさにまりあと少年を叩ききろうとしていたものだ。まりあは鳥肌がたった。




 少年と言い合いをしていた青年は、まりあに鋭い視線を向けた。

「つかさ、おまえいつまでその人間抱えてんだよ」

 あまりに間抜けなその台詞に、少年はあからさまに馬鹿にした。

「相棒がこんなに頭が弱くて大変だな」

 なあ、と少年は対面のビルの屋上に顔を向けた。

 するといつの間にか青年がもう一人、闇に溶け込むようにして立っている。

 下にいる青年に気を取られていたまりあは、慌てて正面を見た。

 細身で男にしては少し長めの髪をしている青年は、中性的な顔立ちも相まって、相当な美人だ。

 その手に弓のようなものを持つ青年は嘲るように青年を一瞥すると、再び鋭い視線を向けてくる。

「その女から気を逸らそうと必死なおまえと、どっちが馬鹿かな?」

 高くもなく低くもない神経質そうな声は、まったく別の答えを返した。

「その女を連れて、早くこの場から立ち去りたいんだろ?」

「………」

「図星だね」

 青年は嗤った。

「大も相当なバカだけど、おまえも大と変わんないくらいバカってことだよ」

「うるせえ」

 少年が鬱陶しそうに言葉を返すと、神経質そうな青年は少年からまりあに矛先を変えた。冷ややかな視線が品定めするかのようにまりあの全身を這い回る。

 まりあはすーっと背筋が寒くなり、体を縮めた。目が合ったのはたった一瞬だったが、まりあはすぐさま視線を逸らした。しかし視線が離れても、粘っこく絡み付かれているような感覚は消えない。

「気安く見んな、減る」

 その不快感に耐えていると、それが分かっているかのように少年はまりあを抱く力を強めた。

 青年は少年の反応を嘲笑う。

「わからなくもないよ。俺たちよりもだいぶ長くラックのままだし、後に生まれた俺たちの方が先にラヴァヴルを見つけたし。一世紀かけて見つけた番いだからね、大事に大事にしたいよね」

 だけど、と言った途端、青年は突如掻き消えた。

 少年が後ろに飛び退いた瞬間青年は、少年が今の今までいた場所に姿を現し、弓矢を番えず弓を引く。すると青白い棒のような矢が五本放たれた。少年は中空にいる状態から上に飛び上がり、弓矢を避ける。しかし逃れた場所には長刀を持つ青年が待ち構え、二人を真っ二つにせんと刀で大きく薙いだ。少年はまりあを肩に担ぎ自分の足を引き上げると、動く刀の上に乗り、薙ぐ勢いに乗せて青年から距離をとる。迫るビルの壁に絶叫を上げかけたまりあだが、少年は重力を無視しているかのようにコンクリートの壁に足を着け勢いを殺し、隣のビルの屋上に降り立った。



「おまえの番いがそんな簡単に見つかるわけがない!」



 弓を持った青年は、その場所から動かないままそう吐き捨てた。

 少年はまりあの頭に血が上らないよう片腕に抱き直すと、はんっと笑った。

「亜貴まで噂好きだったのか。ああいう連中と付き合ってると、おまえの相棒みたいな頭になるぜ」

「んだとコラ!」

 三人ともあれだけの動きをしていながら、呼吸一つ乱れていない。

 まりあは、恐怖のせいで少年に強くしがみついた状態で何度も振り回されたため、身体のあらゆる場所が痛み、口元を抑えることもできないでいた。

 揺れる意識の中、三人の会話が流れていく。

「じゃあ、契約してみれば。今ここで」

 一つ呼吸をした亜貴は、弦を引いた。

「契約した瞬間に殺してあげるからさ。そうすれば噂が本当かどうか分かるでしょ」

「そっか。そういうことなら、さっさと契約しちまえ?そんでちゃっちゃと死のうぜ!世の為、人の為」

「おまえらの為、って?」

 強引に台詞をかぶせた少年は、口元を歪めた。

「顔合わせりゃところかまわず喧嘩を売りに来て、……それが偶然じゃないことくらい分かってんだよ。おまえらさー、もういっこの噂の方が怖いんだろ。だから欠陥品の俺と飽きもせずに追いかけっこ。ポーンのおまえらにとって、最高の点数稼ぎになるもんな」

 吐き捨てるように行った声を余裕のない頭の片隅に聞きながら、まりあは自分を支えている腕に力が込められたのを感じた。

 でもさー、と少年は続ける。

「あの噂流してんのウチのボスだぜ。口八丁手八丁のうえ、嘘八百ときてるボスに踊らされてんの分かれよ、いいかげん」

 わざとらしく溜め息を吐いて、おまえらと遊んでる暇はねえのと、苛立ちを募らせるように台詞を続けた。

 しかし少年の様子に青年たちはまりあのわからない何かを確信したようだ。

 亜貴の眉間に深く縦皺が刻まれる。



「本当におまえの番いなんだ。それなら今ここで確実に殺さないと」



「え?」

 手に持っていた学校指定の鞄がなくなっている。見ると、少年がまりあの鞄を手に持っていた。少年はまりあが声をかける間もなく、それを大きく振りかぶって。

 剛速球で投げられた鞄は、大が破壊した後ビルの力の支点となっていた支柱に向かってまっすぐに飛んでいき、その支柱を破壊する。支えをなくしたビルはより不安定な方へ、大の方へ倒壊し始める。

 すると今度は唖然としたまりあを肩に担ぐと、すばやく履いているローファーを脱がす。それを正面のビルから向かってきた亜貴に向けてまたもや剛速球で続けて投げると、反対方向へ駆け出した。

 その後には、叫び声と舌打ち、そしてサイレンの音と集まった野次馬の歓声だけが残った。






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