4話 悪夢再び
男の夢は、もう毎晩のように見ているが、今夜は少しばかり様子が違っていた。
子供が、いる。
小さくて、ひどく痩せた子供だった。
怯えた大きな目。
こけた頬。
棒切れのように細い腕と足。
襟首が伸びただらしないトレーナー、くたくたのハーフパンツ。
肩まで伸びた髪は、絡んでもつれくしゃくしゃだった。
子供は怯えていた。
部屋の隅で、精一杯身体を小さくして震えている。
突然、子供は何かに反応して身体を大きく震わせた。
――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……
この世に存在することを詫びるかのように、子供は謝罪の言葉をくり返す。
――ごめんなさい。
胸倉をつかまれても、畳の上に投げ付けられても、子供は同じ言葉をくり返していた。
ごめんなさい。
まるで壊れたおしゃべり人形のように、何度も、何度も。
* * * * *
叫んだ瞬間、キタ目を覚ました。
「う、わ」
飛び起きた瞬間、殺風景な室内が視界に入る。
辺りはすでに明るい。しん、と静まり返った室内には、目覚まし時計が規則正しく時を刻む音だけ。
「……夢だよな」
キタは震える指先を握り締める。
これが夢じゃないと、おぼろげながら理解していた。恐らくすべてこの部屋で起きたでき事なのだろう。
せっかくの休日だというのに、今はまだ朝の六時。頭の奥が痛いのは単なる寝不足だとわかっていたが、またおかしな夢を見るのではないかと思うと二度寝などできる気分ではなかった。
勢いよく布団を跳ねのけ、そのまま流し台に直行した。
蛇口からほとばしる冷たい水で顔を洗い、寝る前に脱ぎ捨てた服に着替える。
「うぉ……さむ」
薄手のジャケットを素早く身に纏い、キタは逃げ出すようにアパートを後にした。
今日は日曜。週に一度の貴重な休日だ。
せっかくの休日をこんな部屋で過ごすなんて、真っ平ご免だ。気分転換にパッと遊びに行きたいところだが、現在の財布事情を考えると実現は難しい。
金が掛からず、暖かく、適当に時間も潰せて昼寝もできそうなところと言えば図書館しか思い浮かばなかった。
近くに市立図書館があることはリサーチ済みだ。取り立て本が好きというわけでもないが、図書館という施設は結構好きだ。
無料で雑誌が読める、無料でDVDやLDが観れる、無料で音楽が聴ける……とにかく無料というのが一番の魅了だ。
キタは行き掛けのコンビニエンスストアで肉まんふたつと缶コーヒーを買い、図書館へ向かった。
町営だから小さな図書館を想像していたが、思っていたよりもずっと立派なものだった。
レンガを模した外壁には緑の蔦が絡まり、古い洋館のような雰囲気を醸し出している。門から建物の入り口までは、ちょっとした公園のようだ。中央にある丸い花壇には、今は何も植えられていないが、春にでもなれば色とりどりの花で埋め尽くされるのだろう。落葉した大樹の下には小さな木製のベンチが備え付けられ、昼寝をするにはうってつけの場所のようだ。
さいわいベンチは空席だ。ベンチに腰を降ろすと冷めかけた肉まんを頬張り、コーヒーで腹の中に流し込む。
何度かその作業を続け、もうすぐ終えようとする頃、何となく視線を感じて顔を上げた。
「あ」
声を出したのはキタではない。驚いたように立ち止まった少女のものだった。
少しタイトな赤いダッフルコートにデニムのジーンズ。被ったフードから、ふんわりとした柔らかそうな髪が覗いている。
誰だっけ。
「あの、えと……こんにちは」
キタが思い出す前に、少女はぎこちなく挨拶をした。バックを抱えた腕がかすかに震えている。
「……どうも」
堅い返事を返しながら、少女の正体をようやく思い出した。
彼女は墓守御用達の生花店、高良生花店の店員だった。