蹴落とした姉が幸せそうで
気に入らない。
わたしは侯爵令嬢として生まれたけれど、わたしには姉がいました。両親に期待され、手塩にかけて育てられた姉様。
わたしにとって姉様は、両親の時間を独り占めする人でした。
両親に遊んでもらいたくて話しかけても、仕事から疲れているからと断られます。
でも、姉が少しでもサボったりしようとすると、たくさん時間を使って勉学の大切さや責任の重さを話します。第3王子が婿入りすることで、爵位が上がるのだと、お前は公爵夫人になるのだと。
領地の経営はお姉様がするそうです。未来の公爵家としての地位と、親の期待を一身に受けながら、すべてを相続する姉様。
最低限の接触と、最低限の興味しか持たれていないわたし。ある程度の常識と知識があれば、少なくとも政略結婚出来るだろうと。その程度の興味。恥にならないか、ぐらいの期待。
「もう嫌、勉強なんてしたくない」
姉様がつぶやくたびに、どす黒い感情が湧き出るのを止められません。
「お父様とお母様が厳しいのは姉様に期待しているからです。わたしがかわってあげたいわ」
「⋯⋯期待、ねぇ。ねえ、そこにわたしの幸せってどこにあるのかしらね」
「姉様は公爵家を継ぎたくないのですか?」
「家を継ぎたくないというより、何ていうのかしら、自由に生きたいわ」
「そうですか」
姉様は侯爵家が要らない。なら、わたしでも、良いでしょ?
その日から、姉様の使い終わった教科書をすべてもらうようにしました。わからないところは教師に聞き、実践を繰り返す。確かに厳しい。お父様とお母様も、やっても別に褒めてくれるわけではない。『お姉様のマネをしているのね』ぐらいで、興味もない。
「はじめまして、小さいレディ。第3王子のクリフトだ。よろしくたのむ」
「お初にお目にかかります、殿下。ヒロイリアンと申します」
完璧な姉様の後だから霞んでしまうけど、それでも同レベルの礼を返す。
積み上げたもの、何としてでも手に入れる。決定権を持っているのは、両親でも姉様でもなく、殿下と王家。
出過ぎず、引っ込みすぎず。無礼にならないように。けれど姉よりも印象が良くなるように。
姉様の足は引っ張らない。悪人になるつもりはない。
もしこちらになびかなければ、それは姉様にわたしが負けただけ。
もしこちらになびけば、それはわたしが姉様から奪うということ。
そして、結果は出た。
「すまない、俺は⋯⋯君の妹のヒロイリアンが好きになってしまった。このまま婚約を続ける事は不義理になる」
「⋯⋯いいえ、わたしが殿下を繋ぎ止められなかったのです。ヒロイリアンは魅力的ですもの。そして、家を任せられるほど優秀です」
「すまない」
「一つ、お約束してほしいのです。わたし、侯爵家を継ぐことは無いでしょう。けれど、この16年間、貴族として勉学に励み、楽しみも少なく過ごしてきました。どうか、自由がほしいのです。侯爵家、王家と関わりのない地で、ゆっくりと過ごしたいのです」
「シュネーリア⋯⋯」
「そうしていただければ、わたし、殿下とヒロイリアンとの仲を祝福して送り出す事ができます。1ヶ月間、公式の場で家を挙げて祝福しているとして公の場に出ることもやぶさかではございません」
「いいのか、シュネーリア。それでは君が、」
「わたしは、自由になれるのであれば、社交界で視線にさらされることなど、些細なことですわ」
憂いを帯びた表情でそう言い切る姉様。
宣言通り、姉様は社交界で1ヶ月間、延々とわたしと殿下を許し続けました。『妹に婚約者を取られた姉』と言われようと、笑顔で『殿下とわたくしでは、歩みたい人生が違っていたのです』と答え続けました。わたしを蹴落としたい人々は肩透かしをくらい、予想よりも早く『姉の婚約者を奪った妹』、という噂は『姉が愛の前に身を引いた美談』として語られるようになりました。
姉様は1ヶ月が過ぎると、侯爵家が購入した屋敷に、護衛とメイドを1人ずつつけてさっさと出ていってしまいました。援助の代わりに一生、生きるのには困らないよう畑の利権を持たされて。
平民と比べると裕福でも、貴族としては普通の男爵家程度の生活になるとのことです。
侯爵家を継ぐことと比べると、とても些細な財です。
確かに、わたしは姉様に勝ちました。
婚姻後、色々と、本当に色々ありましたが、どうにか公爵家を切り盛りしてきました。子供にも恵まれ、子育てと領地経営で忙しい日々を送っています。
最初、公爵家で何もせずに遊び暮らそうとしていた夫は王位を継いだ義兄にしごかれています。両親は隠居しています。
わたし自身も少し変わった気がします。もう、両親からの期待は求めていません。今は、わたしのようにならないように、子どもたちにできるだけ平等でいようと苦心しているところです。
そんなときに、姉様の事をふと思い出しました。とても迷ったのですが、筆をとって手紙を書いたところ、姉様から『せっかくだし、甥や姪達に会いたい、わたしも家族を連れて行く』と連絡がありました。
姉様との取り決めで、公爵家から姉様の動きを探ることは禁止されていたので、手紙のやり取りだけで、お互いなかなか忙しかったので、年1回の元気にしているかの挨拶ぐらいで、姉様からの手紙もほとんどありませんでした。
「久し振りね、ヒロイリアン」
「お久しぶりです、姉様。その、えっと⋯⋯?」
姉様です。さすがにずっと一緒にいた姉様を見間違えることはしませんけど、あまりに様変わりしていました。
貴族らしい白い肌はうっすらと日焼けし、令嬢らしいほっそりとした腕は、しなやかな筋肉がついていて、貴族の妙齢の女性というより、
「冒険者になったのよ。こっちはわたしの夫と子どもたち。A級冒険者なのよ?」
「どうも」
「はじめまして、ミュラーと申します」
「はじめまして、リオンです」
夫と名乗った人は背が高く、姉様の3倍はありそうな太さの筋肉隆々の男性で、礼服が似合っていないです。
子どもたちは、とても行儀がよく、完璧な礼を返してくれました。姪は幼い頃の姉様にそっくりです。
「丁寧にありがとうございます。わたし、あなた達のお母様の妹のヒロイリアンといいます。こっちは息子のリックと、娘のミュリゼと、ラーシェ」
「はじめまして、リックと申します」
「はじめまして、ミュリゼです」
「はじめまして、ラーシェです」
幼い子どもたちが挨拶すします。
屋敷に入り、子どもたちは庭で一緒に遊び出しました。
わたしたちは温室でお茶を飲むことにしました。
「びっくりしたわ、冒険者と結婚していたのね。しかもA級だなんて」
冒険者の地位はあまり高くないけど、A級レベルになると、子爵程度の扱いを受けます。
「全員A級なの。わたしも、子どもたちも」
「一家でA級冒険者って、まさか、『雪の旅団』?」
「ええ」
「えぇ⋯⋯」
有名な冒険者のチームです。
「知らなかったわ⋯⋯」
「知らせなかったもの」
「大丈夫なの、怪我とか」
「うーん、なんかこっちに才能があったみたい。今のところ負けなしね。あと、1箇所にとどまるとなんかむず痒いっていうか、旅がしたくなっちゃって。今まで年1回は家に帰っていたんだけど、今回は隣の大陸まで行きたくて。しばらく連絡取れなくなると思うから、顔を出しとこうかなって」
「そうだったの」
「わたしに、侯爵令嬢は向いていなかったのよ」
「そう⋯⋯」
「お父様とお母様のことは気にならなくなった?」
「⋯⋯うーん、そうね⋯⋯親だし、気にならないわけじゃないわ。ただ、昔よりは意識しなくなったわね⋯⋯気がついていたの?」
「そりゃあね。わたしがきっついぐらい叱られているのに、それを羨ましそうに見ているんだもの。⋯⋯わたしからしたら、両親はどんなに努力しても認めない敵だったのだけれど」
「⋯⋯そう」
「ヒロイリアンは、今、幸せ?」
「ええ、幸せだわ。姉様は幸せ?」
「ええ、幸せよ」
顔をあわせて微笑みました。
確かにわたしは勝ちました。でも、姉様に勝っただけでは幸せになれませんでした。選んで、いくつもぶつかって、なんとかより良い方へ向かうためにあがいていました。
でも、自分で今の位置が『ちょうどいいと』思った時に、姉様の事を思い出しました。蹴落としてしまった、姉様。もし、姉様が不幸になっていたら。
「ごめんなさい、姉様」
「わたしこそ、侯爵家を押しつけてごめんなさい、ヒロイリアン」
心に突っかかっていたものが、少しだけとれた気がします。
蹴落とした姉が幸せそうで、すこし、ほっとしました。
自分が幸せにならないと、周りを気にかけられるようになれない事が大半だと思います。
昔傷つけてしまったかも知れない事を思い出すと、その人には幸せであってほしいと思ってしまいますが、それは自分の罪悪感を減らしたいという、ものすごくエゴの強いの考え方ですよね。
この場合は姉であり仲が悪いわけではなかった、姉も妹に侯爵家と両親を押し付けたと思っていたので連絡を取っていますが、そうでなければ絶縁して終わりで、一生やってしまったことを何処かで不意に思い出すような感じになっていたのではないでしょうか。




