【第50話】調査の凍結と、禁書庫の違和感
王都への帰路。
馬車の中の俺たちは、生きて森から生還できた安堵と、あの巨大なモンスターを自分たちの手で倒したという興奮から、大いに盛り上がっていた。
「いやー、あの時の俺の拳、マジで完璧に入ったよな!」
「うん! カールの踏み込み、凄かったよ! 僕のバフも完璧なタイミングだったでしょ?」
「ふふん。私のサニティー・ブレイクが一番の決定打だったけどね」
そんな風に学生3人でキャッキャと騒いでいると、向かいの席で腕を組んでいたエルウィンさんから、冷ややかな声が降ってきた。
「……君たちは気楽でいいねぇ」
(うっ……汗)
「あくまで今回は『森の中での大型モンスターの行進』を目撃したに過ぎない。だが、もしあれが森を抜けて、直ちにリディア国へのモンスターの『スタンピード(大暴走)』に発展したらどうなるか……分かっているね?」
エルウィンさんの言う通りだ。俺たちは目の前の戦闘に勝っただけで、根本的な脅威は何も去っていない。このまま放置は絶対にできないだろう。
王都に帰還すると、さっそく軍のトップやグランゼン様を交えた緊急の対策会議が始まった。
学生組の俺たちは、さすがに軍の会議には出られずお留守番である。
国内の防衛対策もそうだが、ゼレナ山脈近隣の他国に対しても「スタンピードのリスクが高まっている」ということを、急ぎ警告として伝える必要があるらしい。
というのも、今から250年ほど前、近隣にあるウェルシア国で大規模なスタンピードが発生し、何の対策も出来ないまま国が一つ滅びかけるほどの大被害を受けたのは、この世界では有名な歴史の話なのだ。
あの悲劇を、再度起こしてはならない。大人たちは目の色を変えて対応に追われていた。
「対策会議の結論が出るまでは、大人しく学業に専念して待つように」と言われた俺たちは、数日ほど大人しく学校の授業を受けて待機した。
そして、しばらく経ってようやく国としての結論が出たようだ。
結果として、ゼレナ山脈の麓の森の近くに簡易な監視塔を設置し、守備隊を派遣すること。そして、山脈近隣の村の住人たちを一時的に安全な場所へ避難させることが決まった。
それに伴い、当面の間、山脈周りの森は『完全立ち入り禁止』となった。
つまり、巨大スライムに言われた『銀のヴォルク』の探索については、これ以上ゼレナ山脈方面を調べることはできず、しばらく調査を中止せざるを得なくなってしまったのだ。
◇ ◇ ◇
俺たち3人は、改めてクレムとエルザの3人で集まり、作戦会議を開いた。
「銀のヴォルクの件は、国が動いている以上、しばらくはどうしようも無いわね」
エルザの言葉に、俺とクレムも頷く。
「ああ。だから俺たちは、当初の予定通り『究極魔法の再現』の方にまずは取り掛かろう」
全員の意志を確認し合い、現状の整理を始める。
伝説の究極魔法『アトミックブレイク』を現代で再現するには、一体何が必要なのか?
1.光と闇の『上級魔術師』
2.『ドラゴンの心臓』
3.何らかの『設定と手順』
4.『詠唱』(またはイメージ?)
「1」に関しては、何とかなるだろう。俺はすでに魔力量だけなら上級に近いはずだし、クレムやエルザもこのまま鍛錬を積めば、いずれ上級になれそうだ。
「2」に関しても、非常に高いハードルではあるが、まったく手に入らないわけでは無い。エルザの実家である大貴族・カルバン領が財力と権力を注ぎ込んで本気で探せば、数年あれば裏ルート等で手に入れられる気がする。(まぁ、最悪の場合は俺たちで狩りに行くという命がけの手もあるが……)
問題は、「3」と「4」だ。
これに関しては、過去の再現実験の『失敗パターン』だけが記された手順書が、この大学の禁書庫に残っている。
ここが今後の最大の調査ポイントだ。
まずは禁書庫にあるという「バルタザール魔法集 Vol.15」を読み込もう。その後、その記述をヒントにして、他領や他国の文献でさらなる手掛かりを探す。なんだったら、ドンピシャの正解手順が見つかれば一気に解決だ。
そうと決まれば、さっそく禁書庫に行こう。
◇ ◇ ◇
グスタフ学長から預かっていた鍵を使い、俺たちは薄暗い『禁書庫』へと足を踏み入れた。
目的の棚を見つけるなり、エルザが真っ先に分厚い古書を引き抜いた。
「当然、わたしが最初に読むに決まってるでしょ」
誇り高きお嬢様は、有無を言わさぬ態度で本を抱え込んだ。
まぁ、一番闇魔法と究極魔法に執着しているのはこいつだから、そりゃそうだろう。そこに異論はないのだが……そもそも俺がトーナメントで優勝したからこの禁書庫に入れてるってことを考えて、もう少し態度だけでも恐縮してほしいものである。(呆れ)
一方のクレムはというと、バルタザール魔法集の「別の巻」を引っ張り出して、真剣な顔で読み耽っていた。
最近のクレムはガバレリアでの特訓の影響で体術や剣術ばかりを鍛えていたが、どうやらトーナメント戦でシャルロッテに敗北したことや、前回の大型モンスター戦で自分の攻撃魔法が全く通らなかったことを密かに気にしていたらしい。
「僕も、もっと強力な光の攻撃魔法がないか調べてみるよ!」と意気込んでいる。
(いやいや、お前は超優秀なバフと回復魔法があるんだから、それで十分だろ……汗)
ゴリラ化していくヒーラーに、俺は心の中で呆れツッコミを入れた。
二人がそれぞれの調べ物に夢中になってしまったため、俺は完全に暇になってしまった。
仕方がないので、俺は直近の脅威である『スタンピード』について、何か過去の記録がないか調べてみることにした。
そもそもこの禁書庫には、表の図書館には出せないような書物だけが格納されている。
主に政治的な決定事項の裏側や、アトミックブレイクのような危険な魔法、各領の隠された秘密などだ。
だから、250年前に発生したスタンピードのような「被害が大きすぎて公に取り組むべき歴史的事象」は、表の歴史書に載っているため、隠された禁書庫には情報がほぼない。
だが、根気よく古い棚を漁っていると、一か所だけ、スタンピードについて記載された報告書が見つかった。
『なお、250年前のスタンピードにおいて、我が国で唯一被害にあったサレノ領西端の村は、損傷が激しいためそのまま廃村とする。幸いなことに、モンスターの群れは村を抜けてしばらくした後に、急激にウェルシア国へと進路を切り替えたため、我が国の被害はこれのみに留まった』
「……ん?」
俺は、その一文から目が離せなくなった。
なぜだろう、この記述がとても気になる。
普通に読めば「うちの国は運良く被害が少なくて良かったね」で終わる記述だろうが、俺の野生の直感が、「絶対に何かある」と強く訴えかけてくるのだ。
(いくら知能の低いモンスターの群れとはいえ、進路を『急激に切り替えた』? まるで、その先に進めない『何か』があったかのように……?)
俺の、次なるフィールドワークの行き先が、パズルのピースがはまるようにカチリと決まったのだった。




