【第38話】マッドサイエンティストの完璧な推理と、仲間のための決断
「これは、エルウィンの推測だがね……」
重苦しい沈黙を破り、グスタフ学長が静かに話し始めた。
俺はソファーの上で身を硬くしたまま、ごくりと生唾を飲み込む。
「最初に君があの洞穴に落ちたのは、ただの偶然だった。だが、そこから長期間を経て脱出できたのには、何らかの『切っ掛け』があったからだろう。そしてその後、君の母親がダンジョンに捕まったのは……君を再びあの場所へ呼び出すための餌だった」
(ッ……!!)
俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。
「その呼び出しに応じた君は、あの洞穴ダンジョンの最深部で『巨大スライム』と対峙し――勇者として選ばれた。君はそこで、大いなる秘密の話を聞いたはずだ。そして君が戻ると同時に、洞穴ダンジョンは役目を終えたかのように綺麗に消え去った……」
学長は紅茶のカップを置き、まっすぐに俺を見据えた。
「ここから分かることは一つ。あの洞穴ダンジョンか、あるいは巨大スライムには、明確な『意志』があり、目的を持っていたということだ。そして、その目的を君に託したはずだ」
「……」
「と、ここまでがエルウィンの推測だ。どうだね、いい線いっているだろう?」
「…………」
俺は言葉を失っていた。
いい線いっているどころの話ではない。核心だ。大正解だ。パーフェクトだ。
時空のバグまではバレていないものの、それ以外のダンジョンの目的や俺の立ち位置については、完全に言い当てられている。
「それから、君の幼馴染が手にしたというあの青く光る剣。あれは『この世界のモノではないかもしれない』とエルウィンは言っていたよ。いくら彼が最先端の魔法技術で調べても、一体何の物質で出来ているかすら分からなかったそうだ。未知の物質……ふふっ、わくわくするねぇ、と嬉しそうだったよ」
(俺は……あの変態マッドサイエンティストを、完全に舐めていた……っ!)
10歳のガキの拙い誤魔化しなど、あの男の目には最初から透けて見えていたのだ。
俺は背筋に冷や汗をダラダラと流しながら、「す、すんませんっした!」と心の中でガバレリアの方向へ向かって平謝り(いや、スライディング土下座)をした。
「大丈夫、エルウィンは君に怒ってはいないよ」
俺の顔面蒼白っぷりを見て、学長は苦笑しながら教えてくれた。
「彼は本当に勘が鋭くてね。当時は君を強引に尋問するよりも、自由に泳がせておいた方が、結果としてより良いデータが得られると思ったらしい。あと、純粋にこの壮大な謎解きを楽しみにしていたようだしね」
「な、謎解きって……俺の人生かかってるんですけど」
思わずこぼれた俺のボヤキに、学長は「ははは」と愉快そうに笑った。
「さて、私やエルウィンが知りたいのはズバリ『あの洞穴ダンジョンの目的』だ。君が何を隠しているのか、それを知りたい」
学長は再び真剣な表情に戻り、俺を指差した。
「そして、これはただの私の勘だが……君は、高学年になったら許可される『フィールドワーク』を使って、その謎や目的について各地を調べるつもりでいるのだろう?」
「っ!」
見事な図星だった。
俺が探している『銀のヴォルク』。図書室の文献にないなら、実際に世界を歩き回って探すしかないと計画していたのだ。
俺の顔に「その通りです」とデカデカと書いてあったのだろう。
「ふふっ、やはりそうか」
学長は満足そうに頷いた。
「カールくん。君がその秘密を話してくれるのなら、学長として、そして君の理解者として、君のその調査に全面的に協力しよう。どうだね?」
――協力。
この魔法学校のトップであり、元12魔術師である大師匠からの、破格の提案。
俺が抱えているのは、『2つの世界を救う』なんていう、バグから生まれたふざけたスケールのミッションだ。正直、俺一人の手に負える問題じゃない。大人や権力者の力が必要になる時は絶対に来る。
(……腹を括るか)
俺は大きく深呼吸をし、まっすぐに学長の目を見返した。
「学長。そのお話、とてもありがたいです。……ですが、一つだけお願いがあります」
「ほう。なんだね?」
「二人を呼んでもいいですか? クレムとエルザです」
俺はソファーから立ち上がった。
「俺が抱えている秘密は、これから俺がやろうとしていることは、二人にもちゃんと話しておきたいんです。あいつら……俺の大切な、仲間ですから」
ただの巻き込まれた幼馴染と、利害関係で結ばれた腹黒令嬢。
最初はそう思っていた。でも、この2年半の学園生活で、俺たちは数え切れないほどの時間を共有してきた。エルザはなんだかんだ言っていつも協力してくれたし、クレムはずっと俺を信じて背中を預けてくれた。
世界の命運なんていうヤバすぎる爆弾情報を共有するのは危険かもしれない。
でも、俺はあいつらを信じたい。
学長は少し驚いたように目を丸くした後、とても優しく、どこか眩しいものを見るような微笑みを浮かべた。
「……もちろんだ」
「ありがとうございます!」
俺は勢いよく頭を下げると、クレムとエルザを呼びに行くため、学長室の重厚な扉を開けて廊下へと飛び出したのだった。




