【第35話】腹黒令嬢たちの化かし合いと、優勝を分かつ黒い虫
「実は彼女は……かくかくしかじか」
(え、えぐい)
さすが学年一の、いや学校一の腹黒女である。
彼女が「良い案」と表現した作戦は、実に真っ黒なシロモノだった。
「ほ、本当にいいのかな?」
「なによ、大丈夫に決まってるでしょ! 魔法だもの!」
悪戯が親にバレるのを恐れるような俺の及び腰な態度に、エルザはぷくっと頬を膨らませて怒った。
正直、「将来でっかい男になる!」と誓っている俺としては、こんな姑息なマネはあまりしたくないのだが……。
背に腹は代えられない。確実な勝利と、禁書庫への切符のためにここは目をつむろう。ぐぬぬ。
いよいよ闘技場へ上がると、決勝の対戦相手であるシャルロッテが待ち受けていた。
「あら? 棄権されなかったの? お仲間のクレムと同じ目に遭うわよ。ちょっと魔力量が多い程度で、私に勝てるとは思わない事ね」
冷ややかな声で放たれたその言葉に、俺は確信した。
普段はクールに構えているが、実は腹黒女だというエルザの評価は事実のようだ。
よし、姑息な手段を使うのを少し躊躇していたが、やってやろうじゃないか。
「はじめッ!」
最終試合。気合の入った審判の先生の号令で、ついに決勝戦が始まった。
俺は、シャルロッテが俺の光線ア・レイを警戒して初手から氷の盾を出してくると読んだ。だから魔法は撃たず、最初から無属性の身体強化で一気に距離を詰めることを選んだ。
だが、それを読んでいたシャルロッテは、広範囲な風の魔法で俺を足止めしてきた。
「くっ」
足が止まったところへ、鋭い氷の槍アイススピアで追撃してくる。
だが、身体強化された俺の拳は、飛んでくる氷の槍をやすやすと粉砕する。
なおも俺は強引に彼女へ近づこうと前進した。
それを警戒した彼女は、すかさずアイスバーンの魔法を展開した。
バキバキッと音を立てて、彼女の周辺の地面がツルツルの氷の床へと変わってしまう。
これでは、走って近づくことができない。
彼女からすれば、俺のア・レイは氷で反射すれば良いだけなので、警戒すべきは接近戦による無属性の物理攻撃のみである。
つまり、一定の距離をとって、風や氷魔法で遠距離から攻め続ければいいだけなのだ。
しびれを切らした俺が玉砕覚悟で氷の上を滑りながら近づいてくるところを、クレムを倒したあの強力な氷刃魔法で迎撃する……というのが彼女の完璧な計画だろう。
俺も苦手なりに土魔法で足場を作ってみたりと工夫はしてみたが、彼女の器用な水魔法であっさりと流されてしまう。
このまま膠着状態が続けば、制限時間で試合を止められて判定に持ち込まれてしまう。
遠距離魔法を一切当てられていない俺に対し、魔法をコントロールして陣地を制圧しているシャルロッテ。判定になれば、確実にシャルロッテの勝ちだ。
くそぉ、打つ手がない。
……そう、エルザのあの悪魔的な案さえなければ。
俺は氷の床のギリギリ、シャルロッテに限界まで近づける位置で立ち止まった。
そこで、己の有り余る魔力量にものを言わせた「特大のフラッシュ」を発動したのだ。
カッ!! と闘技場全体を包み込むほどの強烈な閃光。
かなり距離があるとはいえ、ここまで特大の目くらましを食らえば一瞬視界が奪われる。
とは言え、シャルロッテも光魔法はもとより警戒していた。とっさに分厚い氷の盾を出し、その後ろへと退避する。
閃光が収まると、俺はア・レイを放つ構えだけはしているが、その場から一歩も動いていなかった。
「ふふっ、いまさらそんな作戦、通じませ……」
氷の盾から顔を出したシャルロッテが、鼻で笑おうとしたその時である。
彼女は絶句した。いや、直後に悲鳴にも似た絶叫を上げた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
彼女の美しい足元に、カサカサと蠢く『黒い虫』が張り付いていたのだ!
誰の目から見ても、クールな氷の令嬢が完全にパニックに陥っているのが分かる。
当然、俺がその絶好の隙を逃すわけがない。
俺は氷の床などお構いなしに身体強化の力技で一気に踏み込み、渾身の拳をシャルロッテへ叩き込んだ。
「きゃああっ!?」
見事な放物線を描いて、彼女は闘技場の場外へと吹っ飛んでいった。
「しょ、勝負あり! 優勝は、カール・アークライト!!」
審判の声が響き渡る。
こうして俺の優勝が確定し、会場からは割れんばかりの大歓声が巻き起こったのだが……。
その歓声の中には、「おい、最後にあの令嬢の足元にいたあの虫は何だ?」という困惑の声が、確かに混じっていたのだった。




