【第29話】俺の秘密がバレた!? と思ったら的外れな勘違いだった件と、美少女への「貸し」
リンギア魔法大学での授業は、俺にとって控えめに言って「退屈」の極みだった。
事前にガバレリアでエルウィンさんやベルモンさんから受けた、あの命がけ(物理的に爆発する)のスパルタ詰め込み特訓に比べれば、学校の低学年向けの授業内容は、カルピスを限界まで薄く水割りしたような基礎中の基礎ばかり。
高学年になってくれば、高度な実習や派手な実践練習も増えてくるらしいが、最初のうちはひたすら眠気を誘う座学と、小さな的を撃つような魔力コントロールの基礎練だけだ。
「いいかい、学校では目立たず『及第点』だけを狙ってやり過ごすんだよ」
というエルウィンさんの言いつけを守るため、あの入学前の宿屋での「オールヒールやらかし事件」以降、俺とクレムはひっそりと息を潜め、完全にクラスの「空気」と同化して過ごしていた。
――しかし、学園生活もようやく落ち着いてきたある日の放課後のこと。
「おい、田舎貴族ども。ちょっとツラ貸せ」
誰もいない夕暮れの中庭の隅で、あの生意気な天才(レベル10)坊っちゃん、ヴェルナーとその取り巻きたちに行く手を塞がれてしまったのだ。
「国の中枢部にある名簿を独自に確認してみたが……お前ら、ガバレリアからは『単なる光属性の魔術師』としか報告されていなかったそうだな?」
ヴェルナーは腕を組み、俺たちを鋭く睨みつけた。
「あんな熟練の中級魔法を無詠唱でぶっ放せる異常な子供なのに、その詳細な能力値が国へ報告されていないなんて、明らかに問題だ。おかしいと思ったんだよ。……だから俺の家の権力で調べてやったぜ。お前らの『本当の秘密』は分かってるぞ!」
ビクッ!!
俺とクレムは肩を激しく跳ねさせ、顔面蒼白になった。
(う、嘘だろ!? なにも言ってないし、あれだけ極秘にしてたのに、もう『スライムを食って魔法使いになった』ってバレたの!? いや、もしかして俺が世界の調律者だってことまで!?)
滝のような冷や汗を流す俺たちに向かって、ヴェルナーは勝ち誇ったようにビシッと指を突きつけた。
「お前ら……『奴隷魔術師』から産まれた、奴隷の子だろう!」
「…………え?」
俺とクレムは、思わずマヌケな声をハモらせてしまった。
「本来、奴隷の子は国のために高い功を上げるまでは奴隷のままだ! だが、どうせ優秀な光属性に目が眩んだガバレリアのエルウィンが、自分の手元に置くために経歴を偽って『遠い親戚の貴族』としてでっち上げたんだろ! 図星だろうが!」
(あぁー……なるほど。そういうことね。よかったぁぁ)
俺は心の中で、ホッと盛大なため息をついた。スライムの国家機密がバレたわけではなかったのだ。
ヴェルナーの言う通り、この国では魔法使いの血筋を欲しがる貴族が、能力の高い奴隷の子供を買い取って「自分の血筋(親戚)から魔法使いが生まれた!」と経歴を偽装することは、よくある『箔付けのための軽犯罪』らしい。
大抵の貴族にはモロバレなのだが、大物貴族がやることになれば「まあ、あの家ならやりかねん」と暗黙の了解になり、わざわざその程度のことに真正面からツッコむ人はいない。
しかもエルウィンさんは、この国に5千人いる魔法使いの頂点に立つ『12魔術師』の一人に名を連ねるほどの超大物だ。普通なら、彼の決定に異を唱えるバカはいないのだ。
(そう、普通なら……)
俺は恨めしそうに目の前の少年を見た。
たまたま運悪く中級魔法が発動してしまい、たまたま魔法師団トップのフェルディナント家の孫がそこにいて、たまたま彼の特大のプライドと癇に障ってしまった。
(俺の運、悪すぎでしょ!!)
図星というわけではないが、「遠い親戚だと経歴を偽装している」という根本的な部分は当たっているため、下手な反論もできない。
さて、どうやってこの面倒くさい天才坊っちゃんを乗り切ればいいんだよ……と俺とクレムが困り果てていると。
「あら? 入学して早々、さっそく弱いモノいじめとは感心しませんわね」
ふわりと甘い香水が漂い、優雅な足音と共に現れたのは――カルバン領の金髪美少女(レベル12の闇属性)、エルザだった。
「チッ……エルザか」
ヴェルナーが忌々しそうに舌打ちをする。
カルバン領はフェルト領に比べれば中規模の領地だが、実は『魔導士の力がとても強い地域(軍事力が高い)』として有名なのだ。つまり、領地としての総合的なパワーや発言力が非常に強い。
そこの代表格であるエルザが出てきたとなれば、いくらヴェルナーでも無下には扱えず、正面切っての対立は避けたいはずだ。
「ヴェルナー様。カールやクレムは、私のだぁいじな『お友達』でしてよ? これ以上彼らを困らせるなら、私にも考えがありますけど」
エルザがニコリと冷たい笑顔を向けると、ヴェルナーは「……ふんっ、田舎者が。今日はこのくらいにしておいてやる」と捨て台詞を吐き、取り巻きを連れて足早に去っていった。
「た、助かった……。ありがとう、エルザ」
俺がホッと胸を撫で下ろしてお礼を言うと、エルザはくるりとこちらを振り返り、宝石のような青い瞳を細めてニヤァ……と笑った。
(ふふふ、これで『大きな貸し』が一つできましたわね? 究極魔法の開発、馬車馬のように働いてもらいますわよ?)
口にこそ出さなかったが、彼女のその見事なまでの悪役令嬢スマイルは、雄弁にそう語りかけてくるのだった。
(エルウィンさん……俺、国の奴隷にはなってないけど、美少女の奴隷にはなりそうです……)
俺はこれからの多難な学校生活を思い、静かに天を仰いだ。




