【第23話】母さんがスライムの伝書鳩になっていた件と、俺が『妥協の勇者』だったという考察
「お母さんね、どうしてもカールにこの夢の話をしておかなきゃいけないって、強く思うのよ……」
ガバレリアのふかふかのベッドの上で、母さんはまるで何かに急かされるように、熱に浮かされたような真剣な瞳で語り始めた。
(間違いない。これ、あの巨大スライムが母さんを捕まえていた時に、脳内に直接メッセージを刷り込んだんだ……!)
いわば、母さんはあのダンジョンからの俺へ向けた「生きた伝書鳩」にされていたわけだ。俺は息を呑み、誰かに聞かれないよう周囲を警戒しながら母さんの話に耳を傾けた。
母さんが語った内容は、崩壊するダンジョンの最深部で俺が巨大スライムから直接聞いた「調律」や「別の世界」の話と重なる部分が多かったが……そこには、俺の知らない極めて重要な新情報がいくつも含まれていた。
「その『試練の祠』っていうのはね、本当は『エルティア』っていう国に現れるはずの巨大なダンジョンで、キッチリ『10年間』だけ開く決まりだったらしいの」
「10年間……!」
「ええ。その10年の間に、ダンジョンが用意した様々な試練を攻略したたった1人の人間にだけ、『勇者』の称号と『調律者』としての資格が与えられるんですって」
(なるほど……! だから俺、あそこでいきなり勇者認定されたのか!)
俺は頭の中で猛スピードで情報を整理していく。母さんの話はさらにスケールを増していった。
「それでね、その調律者には『2つの世界を救うこと』が任されるらしいわ。世界の調律はあるタイミングが来た時に『1度しか挑戦できず』、しかも『1名でしか臨めない』……厳しい決まりがあるそうよ」
一通り話し終えた母さんは、「……変な夢よねぇ。おとぎ話みたい」と不思議そうに首を傾げた。
俺は全身から冷や汗をかいていた。これ、マジで世界の命運を左右するとんでもない極秘情報じゃないか。もしエルウィンさんなんかに聞かれたら、今度こそ俺たち親子は一生地下室で解剖・研究対象にされてしまう。
「お、お母さん! その夢の話、すっごく面白いけど、他の人には絶対しない方がいいかも……! ほら、なんか変な宗教にハマったとか誤解されたら厄介だし、ごにょごにょ……」
必死で誤魔化す俺を見て、母さんはクスッと笑った。
「そうね。こんなバカバカしい夢、誰かに話しても信じないでしょうしね。カールに話せたら、なんだかすごくスッキリしたわ」
そして奇妙なことに、母さんはそれ以来、この『調律』の話を一切口にしなくなった。
後でこっそり探りを入れてみたのだが、「え? そんな夢の話したかしら?」と首を傾げる始末。まるで俺への伝達という『役目』を終えた途端に、スライムに刷り込まれた記憶自体が綺麗に消去され、曖昧になっていっているようだった。
◇ ◇ ◇
夜。俺はフカフカのベッドの中で一人、母さんから聞いた情報を元に頭を悩ませていた。
(母さんの話と、俺がスライムから聞いた話を総合すると……いくつか確実に推測できることがあるぞ)
まず、俺が最初に落ちたあの洞穴。
巨大スライムは「第3の世界の干渉により時空の歪みが発生し、接続先に大きなズレが生じた」「本来は300年後のエルティアに繋がるはずだった」と言っていた。
つまり、あの洞穴は、本来エルティアという国に作られるはずだった『試練の祠』が、時空のバグ(システムエラー)のせいで、一部がダンジョン、一部がただの洞穴という中途半端な状態で、俺の故郷のテルト村近くにポンッと作られてしまった『失敗作』だったのだ。
(そして、俺が10年間さまよった後、いきなり外に出られた理由……)
それは俺の努力でもなんでもなく、単にそのダンジョンの寿命(設定期間)である『10年』が尽きようとしていたから、強制的に外へ排出されただけなのだろう。
(ってことは……)
俺は一つの残酷(?)な真実にたどり着いてしまった。
ダンジョン(システム)側の視点に立ってみよう。
本来の場所にダンジョンを作れず、誰にも攻略されないまま10年の寿命が尽きてしまった。このままでは世界を救う『調律者』が不在のまま、調律に失敗してしまう! とシステムが焦ったのだ。
そこで、何とか最後の力を振り絞ってもう1度だけ強引にダンジョンを開き……手っ取り早く、10年間もダンジョン内でスライムを食い続けて異様にレベルが上がっていた俺(たまたま近くにいた奴)の母さんを攫い、俺を最深部に呼び寄せた。
そして、「もう時間がないからお前でいいや!」と、半ばヤケクソで俺を調律者に任命した……。
「……たぶん、やむなくそうしたんだろうな……」
俺は暗い部屋の中で一人ごちた。
特に何の証拠もない。だが、野心家で「伝説の男になる」と息巻いていた10歳の俺の直感が、「お前は選ばれた真の勇者じゃなく、エラーの尻拭いをさせられている『妥協の勇者』だぞ」と、悲しいくらいにハッキリと告げていた。
(ぐぬぬ……! 最初から選ばれた真の勇者じゃなくて、妥協の勇者だなんて! くそっ、なんか悔しい!)
とはいえ、資格をもらってしまった以上、そして魔法の力を授かってしまった以上、無視するわけにはいかない。
「とにかく、巨大スライムが言っていた『銀のヴォルク』っていう奴に会わなきゃいけないんだよな」
しかし、ここはガバレリア。俺はエルウィンさんの監視下にある、ただの子供だ。
銀のヴォルクとは人なのか、物なのか、それとも場所なのかすら分からない。
「……さて、どうしたものか」
俺は窓の外に広がる、月明かりに照らされた大貴族の街並みを見下ろしながら、壮大すぎる次なる目標に向けて大きく息を吐き出した。




