【第22話】幼馴染がモルモットになり、感動の再会を果たした母さんが世界のバグに気づいていた件
ゾル街を出発してから約1週間。
俺たちは再び、領主様のお膝元である巨大な大都市『ガバレリア』へと無事に到着した。……いや、「無事」に、というのは俺の視点での話であり、他の二人にとっては少し語弊があるかもしれない。
「なるほど、素晴らしい回復力だ! では、どこまでの物理攻撃に耐えられるか、ジャック、少し剣で斬りつけてみよう」
「痛っ! ちょっと、エルウィンさん!? 本物の剣はヤバいって!」
「さあクレム、君の番だ。この程度の傷は光属性なら一瞬で回復させられるね? ほら、早くやりなさい」
「ひぃぃっ! はいぃぃぃ!」
「ふむ……無属性の魔力を通すことで、岩すら断つ剣か。実に興味深い……ブツブツブツ」
道中の馬車の中や野営の最中。当然のことながら、突如魔法に覚醒したクレムやジャック兄さんは、エルウィンさんから根掘り葉掘り事情を聞かれ、完全に『新たなモルモット』として調査のための過激な実験に付き合わされていたのだ。
今まで俺が一人で受けていた理不尽な身体検査の矛先が完全に二人に向いたことで、俺はすっかり気楽な旅を満喫していた。
「ねぇカール君……あの魔法使いの人、目がマジで怖いんだけど……。僕、解剖されないよね?」
馬車の隅で身を寄せ合い、クレムが半泣きの顔をして助けを求めてきた。
俺はここぞとばかりに、エルウィンさんがいかに恐ろしい権力を持ったトップ魔法師であるかを、たっぷりと脚色して説明してやった。
「いいかクレム。もしあのお方の気に食わない態度をとったら……不敬罪で、お前の首が物理的にスパーン! って飛ぶからな。大貴族ってのはそういうもんだ、冗談抜きで」
「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」
本気でビビって顔面蒼白になるクレムを見て、俺は心の中で(ニヒヒ)と意地悪く笑った。ごめんよクレム、これも厳しい貴族社会を生き抜くための愛の鞭だ。
◇ ◇ ◇
やがて、ガバレリアの巨大な石壁が見えてきた頃。
エルウィンさんは馬車を止め、俺たち3人を集めて真剣な顔で口を開いた。
「いいかい。街に入る前に、3人に今後の『設定』を伝えておく。絶対に間違うなよ」
エルウィンさんの指示は、徹底的な情報統制だった。
「まず、二人が急遽ダンジョンで魔法が使えるようになったという事実は、一切話してはならない」
「クレムはカールと同じで、『わたしの遠い親戚の没落気味の田舎貴族』ということにする。希少な光属性が使えることが判明したから、辺境から特別に呼び寄せたという体だ」
(いやいや、光属性が偶然二人も田舎から出てくるなんて不自然すぎないか?)と俺は思ったが、口には出さない。
「そしてジャック。お前はガバレリアの兵士にも顔見知りがいるだろうから、人前で基本魔法は絶対に使うな。お前はあくまで『たまたま昔の縁でカールとクレムを知っており、護衛役として街まで付き添ってきた』ということにする。そして、道中にその優秀な剣の腕を買われて、『領主様の専属兵士』に抜擢された、という話にするつもりだ」
「お、俺がいきなり領主様の専属兵士!? そんな大役、他の兵士に怪しまれませんか……?」
ジャック兄さんは戸惑っていたが、エルウィンさんは「この国において、大貴族の決定は絶対だ」と一蹴した。
やや不自然な点やツッコミどころは多々ある設定だが、大貴族様が「こういうことだ」と宣言すれば、わざわざ「おかしいのでは?」と盾突いてくる人間などこの街には一人もいないらしい。貴族の権力、恐るべしである。
◇ ◇ ◇
ガバレリアの魔法師団の施設に到着し、俺は用意されたふかふかのベッドがある広い客室へ飛び込んだ。
そこには、ゾル街からずっと眠り続けている母さんが、静かに寝かされていた。
(このまま、一生目を覚まさないんじゃないか……?)
そんな不安で胸がいっぱいになりながら、俺は母さんの手を両手でギュッと握って、ベッドの傍らに座り続けていた。
部屋についてしばらく経った、その時だった。
「…………んん……」
母さんの長いまつ毛が震え、ゆっくりと、本当にゆっくりとまぶたが開いたのだ。
「か、母さん……っ!?」
「……ここは……? あなたは……」
母さんはしばらく寝ぼけているように焦点を彷徨わせていたが、やがて目の前で涙ぐむ俺の顔に視線をピタリと合わせた。そして、ハッと息を呑んだ。
「……本当に、カールなのかい?」
「うんっ……! カールだよ、母さん! ごめんなさい、ずっと心配かけて、一人にしちゃって……!」
「ああ……カール、カール……っ!!」
俺と母さんは、どちらからともなく強く抱き合い、子どものように大声で泣きじゃくった。
伝説の男になるとか、野心とか、そんなものはどうでもよかった。10年分の寂しさと、父さんを死なせてしまった後悔が、温かい涙となってポロポロとこぼれ落ちていった。
ひとしきり泣いて落ち着いた後、俺たちはこれまでの空白を埋めるようにたくさんのことを話した。
俺が行方不明になった後、村がどう発展したか。俺を探して無理をした父さんのこと。辛い話もあったが、しっかりと向き合って話し合った。
俺は俺で、掟を破って洞穴に落ちたことや、脱出後の出来事などを――スライムの国家機密や、魔法使いのドロドロした設定はうまく避けつつ――色々と話して聞かせた。
俺の見た目が10歳のまま全く成長していないことに、最初は母さんも目を丸くして驚いていた。
だが、すぐに優しく微笑んで俺の頭を撫でてくれた。
「不思議なこともあるものね。でも……10歳のままのあなたが、こうしてまた私の腕の中に帰ってきてくれた。お母さんは、それだけで十分幸せよ」
その温かい言葉に、俺はまた少し泣きそうになった。
……だが、感動の空気は、母さんの次の一言で一変することになる。
「そういえば、カール」
母さんはふと、何かを思い出したように天井を見上げた。
「お母さんね、あのドロドロした冷たいものの中に捕まっていた時、夢うつつの中で色々な声を聞いたのよ」
「声……?(まさか、あの巨大スライムか!?)」
「ええ。なんだか難しい話だったわ。……世界の『調律』の話や、『別の世界』の話を聞いたの」
「…………は?」
俺は心臓が口から飛び出そうになるほど驚き、カッと目を見開いた。
(ちょっと待って!? 『調律』とか『別の世界』って、あの巨大スライムがダンジョン崩壊の間際に俺にだけ言ってきた、あの超重要そうな謎ワードじゃん!!)
俺はエルウィンさんにも誤魔化して隠していたのに、まさかずっと気を失っていたはずの母さんが、その世界のバグみたいな核心情報をあっさりと口にするなんて!
「別の世界って……母さん、それどういう……」
俺は身を乗り出し、意外すぎる展開にただただ驚き固まるしかなかった。




