【第2話】実家がなくなってて、気づいたら奴隷ルートに入ってたんだが?
「どうなってんだよ、これ……。夢でも見てるのか?」
俺はすっかり変わってしまった街並みの中で、呆然と立ち尽くしていた。行き交う人々は俺を「薄汚い子供が迷子か?」といった奇異の目で見て通り過ぎていく。
記憶を頼りに、絶対に間違いないはずの実家のあった場所へ行ってみた。しかし、そこには俺が育った小さな平屋の木造建築ではなく、見知らぬ立派な2階建ての商家が建っているだけだった。
完全に途方に暮れ、お腹の底から冷たい不安が込み上げてきたその時。背後から見知らぬ初老のおじさんに声をかけられた。
「おい……坊主。お前、見ない顔だが……」
振り返ったおじさんの顔を見て、俺はハッとした。白髪は増え、顔のシワも深くなっているが、昔実家の隣に住んでいて、よくおやつをくれた気前のいい『隣のおじさん』だ!
「おじさん! 俺だよ、カールだよ!」
「えっ……? お前、まさか……本当にカールなのか!?」
おじさんは持っていた荷物を放り出し、俺の顔を見るなり大泣きして喜んでくれた。力強く抱きしめられ、俺も思わず涙ぐむ。だが、おじさんはすぐに信じられないものを見るような、怯えたような目で俺の全身をジロジロと見てきた。
「……おい、どういうことだ? 10年も経っているのに、なんでお前は10歳の時のまま、全く大きくなってないんだ……? 服も当時のままだし……森の妖精にでも化かされたのか?」
10年? おじさんの口から出たその言葉に、俺の脳内はパニックを起こした。だから俺の感覚では1年ちょっとしか経ってないんだってば。
そんなことよりも、と俺は焦る気持ちを抑えて両親の行方を尋ねた。「父さんと母さんはどこ? 引っ越したの?」
すると、おじさんの顔がスッと暗く沈み、重く苦しい口を開いた。
「カール……よく聞けよ。お前の親父さんはな……いなくなったお前を、雨の日も嵐の日も、昼夜問わず森中探し回ってな。……足を滑らせて崖から落ちて、不運な事故に遭って亡くなったんだ」
「……え?」
「お袋さんも、お前と親父さんの帰りをずっとこの村で待ち続けていたが……3年前にとうとう心が折れてしまってな。親戚のいる、隣村へ帰っていったよ」
(俺の……俺の野心と好奇心のせいで……家族がバラバラに……っ!)
頭を巨大なハンマーで鈍く殴られたような衝撃だった。視界がグラリと揺れ、足の力が抜けてその場にへたり込んだ。
俺は一人でボロボロと泣いた。大物になるどころか、自分の身勝手で父親を死なせ、母親を絶望の底に突き落とした、最低の親不孝者じゃないか。後悔の念が胸を締め付け、息をするのも苦しかった。
翌朝。俺はおじさんが手配してくれた、隣村へ向かう商人の馬車の荷台に揺られていた。
「おじさん、服や食べ物まで……本当にありがとう」
「気をつけるんだぞ。カリンさん(母親)に会ったら、よろしく伝えてくれな」
必ず母さんに会って、土下座して謝らなきゃいけない。俺の新しい人生は、そこからしか始まらない。
だが、俺の波乱万丈な運命はこれでは終わってくれなかった。
旅の翌日の朝、霧が濃く立ち込める街道を馬車が進んでいた時だ。突然、茂みから放たれた矢が馬の足元をかすめた。
「ヒッ……! こ、こんな街道沿いに野盗が出るなんて……!!」
御者の商人が悲鳴を上げた直後、馬車の車輪が丸太の罠にかかって豪快に破壊された。ガシャァンという音と共に馬車が傾き、剣や斧といった武器を持った薄汚い野盗たちが10人ほど、ゾロゾロと茂みから現れたのだ。
「おとなしく身包み置いてきな! 命だけは助けてやるからよ!」
商人は震え上がり、命乞いをする間もなくあっさりと荷物を奪われ、抵抗しようとした護衛は一撃で切り伏せられた。そして、荷台の木箱の影に隠れて震えていた俺も、あっさりと見つかって襟首を掴まれ、乱暴に引きずり出されてしまった。
「おや? なんだこのガキは。商人のガキか?」
「へへっ、いいじゃねえか。小綺麗だし、怪我もねえ。こいつは奴隷商人に高く売れそうだぜ」
いやらしい、値踏みするような笑みを浮かべる野盗たち。
(ふざけんな! せっかく母さんのいる隣村に向かっていたのに! 10年越しの再会まであと少しだったのに!)
俺は必死に暴れて噛み付こうとしたが、大人の腕力には敵うはずもない。あっという間に汚い布で猿轡を噛まされ、太いロープでぐるぐる巻きにされてしまった。
そして、本来の目的地であった隣村とは全く違う、薄暗い森の奥深くへと乱暴に連れ去られていくのだった。絶望が、再び俺を飲み込もうとしていた。




