浮気は規則違反なので、残念ながら停学です
世界各地から魔法使いが集う、ワイナ魔法学園。
貴族の子息令嬢も通うこの学園において、ヒエラルキーの頂点に位置する人物は誰なのか。
膨大な魔力を有する王族?
学園に多額の寄付をしている公爵家?
それとも難解な試験を突破した教師達?
そりゃ王族様が一番偉いに決まってる、と多くの者は言うだろう。
けれど、それは違う。
ワイナ魔法学園の君主は、メルドゥーラマニデス・アスタ・フォン・シルグワ・シシトゥフ・アーニ・バ・バルバン・ル・ワイナ学園長である。
長いので皆、ワイナ学園長と呼んでいる。
ワイナ学園長は数千年を生きる大魔法使いで、その功績は数知れず。
多くの国や部族から友好の証として名を貰っており、名前が長いのはそのせいだ。
中でも『ワイナ』とは学園長が生まれ育った故郷の名で、学園長はこの名を非常に大切にしている。
そんなワイナの名がつけられた、ワイナ魔法学園。
魔法を愛し、未知なる可能性を追い続ける魔法使い達の楽園。
巨大な学園都市を有する世界屈指の魔法学園であるここで、ワイナ学園長は絶対的君主であり、国王すらも手を出せない存在なのだ。
そしてワイナ魔法学園には、ワイナ学園長が定めたいくつかの規則がある。
中でも特殊な規則、それは……
「婚約者がいる方の不義理行為は、規則違反ですよ」
そう注意するのは学園の治安部隊長、フォックス。
彼はキツネのような細い目を殊更細めて、にこやかに笑って言った。
場所は学園の中心に位置する、第一庭園。
豊かな葉をつけた大樹と、ベンチやガーデンテーブルの設置されたそこは、生徒達の憩いの場となっている。
全ての授業が終わった今、第一庭園にはお喋りを楽しんだり魔法の練習をしたりと、多くの生徒が集まっていた。
そこへ突如現れた、普段は滅多に姿を見せない治安部隊長。
ひょろりとした体躯に、ひょろ長い杖を持ったフォックスは、どことなく怪しい雰囲気が漂い、生徒達からは遠目に見られている。
制帽の下からは黄金色のキツネ耳がピンと立ち上がり、マントの下にはふさふさの尻尾が見え隠れ……しているけれど、これは彼の魔法が見せている幻影だ。
生徒に親しみを持ってもらうための工夫らしい。
しかしあまり効果は得られておらず、同僚達からも「あれがまた胡散臭さを増してるよな」と不評である。
フォックスの前には、驚きに目を見開く三名の男女がいた。
「マティアス殿下にマニー様、それから公爵家のマチルダ様ですね。私、治安部隊長のフォックスと申します。本日は規則違反の取り締まりに参りました」
「なっ……お、お前、いきなりなんだ。無礼だぞ!」
「無礼も何も、規則ですから」
声を荒げるマティアスに、フォックスは困ったように眉尻とキツネ耳を下げた。
マティアス、マチルダ、マニー。
三人は学園職員からM4と呼ばれ、警戒対象となっている問題児だ。
彼等は第一庭園で話し合いならぬ痴話喧嘩を行なっており、本日ついに治安部隊長のフォックスが自ら足を運ぶこととなった。
「これは俺達の問題だ。たかが治安部隊の人間が口を出すな!」
「そう言われましても、規則ですから」
「規則規則と、それしか言えないのか!? ……ん? いや、待てよ。お前、フォックスと言ったか?」
「はい。私、フォックスと申します。もしやマティアス殿下、私のことをご存知で?」
「あぁ、知ってるさ。有名だからな」
「なんと……! 王子殿下にお見知り置きいただけるとは、大変光栄に存じます」
恭しく頭を下げるフォックスを見て、マティアスはニヤリと口端をつり上げた。
彼の腕には平民のマニーが絡み付いており、不安そうに瞳を潤ませている。
「マティアス様……?」
「大丈夫だ、マニー。治安部隊長であるコイツは、確か規則違反者を裁く権限を持っていたはず。つまり、この男ならマチルダを退学させることも可能ということだ!」
「! 凄い凄い、さすがマティアス様! マチルダ様にされてきたことを伝えれば、きっと治安部隊長も味方してくれますねっ」
「そうだ。そうすれば俺達の邪魔をする者はいなくなる!」
ハーハッハッと仰け反って笑うマティアスは、まるで安い寸劇に登場する悪役のようだった。
確かにこの国では、王族も平民と結婚することができる。
第四王子であるマティアスなら尚のこと可能であろう。
奔放な国王陛下は身分問わず多くの側室を抱えていらっしゃるし、中には平民出身の方もいる。
とは言え、それはあくまでも婚約者や正室との義理を果たした上での話なのだけれど……。
キャッキャッと浮かれる二人を、公爵令嬢マチルダは冷めた目で見つめている。
マチルダとマティアスは婚約者同士。
マチルダからすればマニーこそが邪魔者であり、目の前で繰り広げられている寸劇は浮気に他ならないだろう。
「フォックス隊長、聞いてくれ。そこにいる女は自身の権力を振りかざし、平民であるマニーを脅し、イジメを行なっていた。この学園では魔法の実力こそが重要であり、身分など二の次だと言うのに!」
「そうです! マティアス様に近付くなと、何度も何度もマチルダ様に脅されてきました。私が平民だからそんなことを……! ひどいわ、マチルダ様!」
「ふむ」
「可哀想なマニー。そのような性格の悪い女、王子である俺の婚約者には相応しくない。学園の生徒としても、公爵令嬢としても、許されざる行為だ!」
「杖を折られ、教科書を破かれ、他の生徒達からは無視され……私、本当に辛くて……」
「ふむふむ」
「マチルダは俺とマニーの仲に嫉妬し、このような愚行を犯したのだろう。フォックス隊長、この女に裁きを!」
「お願いします、フォックス隊長!」
「ふぅむふむ」
フォックスは顎に拳を当て、神妙な顔で頷いている。
気付けば彼等の周りには人垣ができ、生徒達も事の成り行きを見守っていた。
「それでは、続いてマチルダ様の言い分をお聞かせ願いましょうか」
「私は……」
「そんな奴の言い分など聞く必要はない! 王子である俺の言うことが信じられないのか!? 良いからはや」
「失礼」
フォックスが杖をひゅんと一振りすれば、マティアスの口は強制的に閉じられ、二の句を継げなくなってしまう。
ついでとばかりにマニーの口も塞がれた。
驚いた二人は「んー! んー!」とくぐもった声を上げ、口をカリカリと引っ掻き、手足をバタつかせている。
その様子にマチルダは目を丸くした。
マティアスは性格こそあれだけれど、魔法の腕は確かなのだ。
王族である彼は膨大な魔力を有し、学園内でもトップの実力を誇っている。
そんなマティアスを難なく黙らせてしまえるなんて。
マチルダは驚き、ふらつくようにして一歩後退する。
「さぁ、マチルダ様、続きをどうぞ」
「ぁ……わ、私は、お二人が仰ったような行為は、しておりません。マニー様には、マティアス様は私の婚約者なので節度を保った距離で接して欲しい、とお願いしていました」
「ほぅ」
「杖や教科書に関しても、身に覚えがありません。無視されているというのも、私が指示したわけではありません。それに何より……」
「何より?」
「マティアス様とマニー様の仲に嫉妬するなど、あり得ません。私とマティアス様は婚約関係にありますが、そこに恋愛感情なんてものは存在しない……。私達の婚約はただ国のため、家のために結ばれただけに過ぎません」
このマチルダの発言を受けて、マティアスは動きを止める。
そんな馬鹿な、とでも言いたげな顔だ。
フォックスは何やら満足気に頷くと、杖を斜め上に突き上げた。
「分かりました。では、これ以上は場を変えてお話ししましょう」
突き上げた杖で、大きな円を描く。
すると足下からもわもわっと煙が現れて、四人を包み込んでいく。
四人の体を全て覆い隠すと、煙はパチンと弾けて消え去り、後には何も残っていなかった。
転移魔法だ。
ただでさえ難しい魔法だが、それを四人同時にやってのけたフォックス。
彼等のやり取りを見守っていた生徒達はポカンと口を開け、暫くその場から動けずにいた。
……おっと、僕も視点を変えないと。
そうして転移魔法で移動した四人は、治安部隊の取調べ室にいた。
取調べ室とは言っても、堅苦しい雰囲気は皆無だ。
テーブルにソファ、壁にはワイナ学園長の肖像画、部屋の端には花なんかも飾られている。
マティアスとマニーが並んで腰掛け、テーブルを挟んだ対面のソファにマチルダが座っている。
フォックスは横の一人掛けソファで、ひょろ長い脚を窮屈そうに折りたたんでいた。
無駄にふさふさとした尻尾が膝の上に置かれているため、余計に狭そうだ。
フォックス以外の三人は、突然の転移魔法に言葉を失っている。
「先程の続きですが……」
フォックスが話し始めると、三人は弾かれたようにして顔を上げた。
フォックスは杖を上に向け、くるくると空気をかき混ぜるようにして回している。
杖の先から煙が立ち昇り、煙は彼の頭上へと流れていく。
「私共も、学園内でマチルダ様がそのような行いをした事実は無い、と認識しております。警備隊や監視委員からも報告は上がっておりません。ですが、きっと私の発言だけでは、マティアス殿下はご納得されないことでしょう」
「んん! んん!」
「そうでしょうそうでしょう。分かっておりますとも。なので、こちらをご覧ください。プライバシー保護のため、音声は抜きでお送りいたします」
いまだ口を塞がれたままのマティアス。
彼の言いたいことが、何故かフォックスには分かるようだった。
フォックスが頭上を指差すと、そこには大きな煙の塊ができていた。
見れば、何かの映像がじわ〜と浮き出してくる。
映像はすぐに鮮明となり、誰もいない教室で一人佇むマニーの姿がハッキリと見てとれた。
「んん!? んー! んー!」
マティアス同様、依然として口を塞がれたままのマニーが何かを訴えるも、映像が止まることはない。
映像の中で、マニーは一本の杖を持っていた。
杖の両端を持ち、そのままぐっと力を込めるマニー。
杖はいとも容易く真っ二つとなる。
マニーは身体強化魔法が得意なので、杖を折るなど造作もない。
そして彼女は折れた杖を机の上に置き、着席する。
ぐるぐるっと映像が早送りされ、教室に続々と生徒がやって来る。
その中にはマティアスの姿もあった。
マティアスを見つけると、マニーはすぐさま駆け寄り、悲し気な表情で杖を見せた。
マティアスは怒りに顔を歪め、教室を出て行こうとする。
しかし、それをマニーが引き止める。
何やら話をした二人は、最終的に揃って教室を出て行った。
「この後、お二人は一緒に新しい杖を買いに行かれたのですよね」
「ん、んー! んん、ん、んー! んー!」
「なになに、『そ、その通りだが、何故こんな映像がある! プライバシーの侵害だ!』ですか」
「んん!」
勢い良く頷いてみせるマティアスの横では、マニーが血の気の引いた顔で固まっている。
マチルダはマニーの行いに驚いたのか、あるいは投影魔法に驚いたのか。
口に手を当てたまま、映像を凝視している。
「他にもございますよ。こちらは教科書を破るマニー様、自ら噴水に飛び込むマニー様、地面に転がって制服を汚すマニー様」
「んー! んー!」
「それから、こんなものも」
やめて、やめて、と首を振るマニー。
けれどフォックスはお構いなしに再度杖を振る。
次に映し出されたのは、人気のない第六庭園の一角にいるマニーとマティアスの二人。
何やら親密な様子の二人は、体を寄せ合い、見つめ合い……キスをした。
「んーーーー!! んん!! んーんん、んん!!」
「なになに、『やめろー! なんだこれは! プライバシーの侵害で訴えてやる!』ですか」
「んん!」
「それは困りましたねぇ。学園内の監視は、入学時にご了承いただいておりますのに……」
「んん!?」
「お手洗いや寮の自室などの一部を除き、学園内は全て監視されているのです。教室、廊下、庭園、食堂、演習場、その他諸々。全ては生徒の皆様をお守りするため。入学書類にはきちんと記載しておりますので、合意の上で入学いただいているはずですが……」
そこで三人は、入学時のことを思い出していた。
入学書類には保護者と生徒、両方の魔力印が必要となっている。
書類に書かれた小難しい内容、その全ての文字に魔力を通さなければならない、なんとも面倒な手続きだ。
しかし、手間がかかっていればこそ。
魔力印は契約者が書類の全てに目を通し、合意した確固たる証となる。
三人とも、その書類の存在はしっかりと覚えていた。
「ここに皆様の入学書類がございます。写しではありますが、魔力印の確認もできますので良ければご確認ください」
フォックスがトントンッとテーブルを杖で叩くと、三人の前に書類が現れる。
マティアスとマニーだけでなく、マチルダも慌てて書類を手に取った。
魔法の施された書類は、自動的にパラパラと捲られ、三人の望む箇所を教えてくれる。
ここだよ、と言わんばかりに該当箇所が光っている。
内容を確認し、そして確かに自身の魔力が通されていることを感じ、三人はくしゃりと書類を握り締めた。
「これでマチルダ様のイジメに関する潔白は証明されたでしょうか? マチルダ様とマティアス殿下は婚約関係にありますので……最後の映像は他ならぬマティアス殿下の浮気の証拠にもなりますね」
「お、俺は、俺は、マニーに騙されていたんだ!」
いつの間にか喋れるようになっていたマティアスは、ギッと憎しみのこもった目でマニーを睨みつけた。
睨まれたマニーは身を縮こませ、視線を彷徨わせている。
どうしたって分が悪いと、さすがに分かっているようだ。
フォックスはコホンと一つ咳払いをし、三人の視線を集める。
「嘘も方便と申しますが、誰かを傷付け、貶めるための嘘はいただけません。騙された方が悪いなどと言うつもりもございませんよ。……しかし、その嘘を信じていたのはマティアス殿下のみ。他の生徒の皆様はマニー様の嘘だと気付き、遠巻きにされていたようです。ゆえにマニー様は周りから無視された、と思い違いをしてしまったのでしょう」
「そうだ、全てマニーが悪いんだ!!」
「えぇえぇ、マティアス殿下のお怒りもごもっとも。この件に関しては各ご家庭へ報告し、マニー様には一ヶ月の停学および停学中の奉仕活動が科せられることとなりました」
「はぁ!? 王族を騙したんだぞ!? その程度で許されるはずないだろう!!」
唾を飛ばしながら怒るマティアスに、フォックスが少しばかり後ろに身を下げる。
「マティアス殿下も仰っていたではないですか。学園において最も重視されるのは魔法の実力、身分は二の次だと。二の次どころかワイナ魔法学園では、身分に忖度した罰則や規則は一切ございません。そちらについても、ここに」
フォックスが左右にちょいちょいっと杖を揺らせば、三人の持つ書類がパラパラと捲られる。
該当箇所が光り、そこには『規則違反者は貴族、平民、その他身分に問わず等しく罰せられる』といった旨が記されていた。
マティアスは悔し気に唇を噛み締める。
マニーはもはや青を通り越して真っ白な顔で、ただ黙って書類を眺めていた。
彼女は気付いたのだろう。
フォックスは各家庭に報告、と言っていた。
いくら学園内での処分が大したことなくとも、王家と公爵家へ自身の犯した罪が知らされてしまうのだ。
よもや家族の命すら危ういのでは。
マニーは恐怖に身を震わせ、縋るようにしてフォックスを見上げた。
その視線を受けて、フォックスは痛ましげに眉を寄せる。
「あぁ、マニー様、そんな顔をなさらないでください。大丈夫ですよ。規則違反者は、貴女一人だけではございません」
「え……?」
「最初にお伝えしたでしょう。婚約者がいる方の不義理行為は規則違反ですよ、と」
三人共が疑問符を浮かべ、フォックスを見つめる。
そう、彼の言うように、ワイナ魔法学園において婚約者がいる者の不義理行為――つまり浮気は、罰則対象となる。
これは昔、婚約者のいる貴族が盛大にやらかしたことで追加された規則だ。
婚約者がいながら浮気をし、挙げ句の果てには学園の創立記念パーティーで婚約破棄を宣言したとある貴族。
この貴族がなまじ高位な立場であったことも災いし、パーティーは中断、台無しとなってしまったのだ。
ワイナ学園長は、その場では取り繕っていたものの、内心大激怒。
ワイナ魔法学園は魔法を学ぶための場であり、浮気相手を探しに来る所ではない。
学園に必要なことは一に勉強、二に勉強、三、四も勉強、五も六も全部勉強じゃ!!
と怒ったワイナ学園長は、件の規則を追加したのだ。
あわや恋愛禁止とまでなりかけたが、周囲の説得もあり、婚約者がいる者の浮気、あるいは婚約者がいる者との浮気が罰則対象とされた。
そうした経緯もあってワイナ魔法学園は、婚約者のいる者による不義理行為を決して許しはしない。
なので残念ながら……
「ここにいらっしゃる皆様は、三年間の停学処分でございます」
彼等に弁解の余地はない。
規則ができた当初は即時退学になっていたこと考えると、随分と優しい処分だろう。
唖然とする三人をよそに、入学書類がパラパラと捲られる。
学園規則について書かれたページで止まると『婚約者がいる者による不義理行為は、等しく三年間の停学処分とする』と記された箇所が、場違いにもキラキラと輝いていた。
フォックスは思い出したかのように、ポンと手のひらを拳で叩く。
「マニー様は先程の罰と合わせて、三年一ヶ月の停学処分でございますね」
「さ、さんねん……」
「奉仕活動も三年一ヶ月行っていただきますので、よろしくお願いいたします」
ワイナ魔法学園では、年齢の制限を設けていない。
現在で言うと下は八歳、上は七十二歳と、幅広い年代の魔法使いが在籍している。
初等部、中等部、高等部と分かれてはいるものの、年齢ではなく、魔法の習熟度や学びたいものに合わせた選択が可能だ。
様々な年齢、身分、種族の魔法使い達が集い、研鑽を積む。
いつだって誰だって何歳だって魔法を学ぶことができる。
それが、ワイナ魔法学園なのだ。
なので三年後、彼等が二十歳になろうと、学園側としては何ら問題はなかった。
しかし彼等にとって三年という期間は、そう簡単に受け入れられるものではないだろう。
特に王侯貴族であるマティアスとマチルダは、ワイナ魔法学園を三年停学となると、大変な瑕疵となるはずだ。
ならば退学し、早々に結婚してしまった方が良いかもしれない。
二人の婚約が継続されるかは分からないけれど。
停学か退学か。
婚約継続か解消か。
あるいは罰として修道院行きか……いずれにせよ、それらの判断は各家庭の長が決めることだ。
「待ってくれ、俺は騙されただけで」
「騙されたからと言って、浮気をして良いわけではないのです。マティアス殿下がマニー様とこのような関係にならなければ、罰則対象になることもなかったのですが……」
このような、の部分で上を指差すフォックス。
フォックスの頭上には、いまだマティアスとマニーのキスシーンが映し出されていた。
「なっ、け、消せ! 今すぐ消せ!」
「おっと失礼、少々お待ちを」
すぐに消せるくせして、時間をかけて徐々に映像を薄くしていくフォックス。
意地の悪い奴だ。
――と、そこで突然、フォックスのキツネ耳がピンと立ち上がる。
ピクピクッと小刻みに揺れ、何かを感じ取っているようだった。
「あぁ、たった今、報告が来ました。今回の規則違反について、各ご家庭への通達が完了したとのことです。証拠の映像も一緒に送っておりますので、無駄な期待はなさらぬよう」
「!!」
「今この時よりここにいる四名の皆様は停学となります。ご希望であればご実家まで転移させますが……いかがなさいますか? あぁ、マニー様の奉仕活動は、ご実家近くの教会で予定しておりますのでご安心くださいね。身の安全も保証されることでしょう」
「なっ、なっ……」
あっという間に停学処分が執行され、三人は三者三様の反応を見せた。
口をパクパクさせるながらも、何も言えずにいるマティアス。
ぼんやりと虚空を見つめるマニー。
俯き、自分で自分の体を抱き締めているマチルダ。
そんなマチルダの様子に、マティアスが気が付いた。
「……何故マチルダも停学になるんだ?」
それは純粋な疑問であり、マチルダを心配して言ったわけではないのだろう。
マティアスとマチルダ、彼等の間には恋愛感情はおろか、なんの情もないのだから。
マティアスの問いかけに、マチルダの肩がビクリと揺れる。
俯いたまま、顔を上げることはなかった。
「何故って、何度も申しているではないですか。婚約者がいる方の不義理行為は規則違反だと」
「だからマチルダは関係な…………いや待て、まさかマチルダも浮気をしていたのか!?」
「おや、お気付きではなかったのですね」
「お、お前、俺という婚約者がいながら!!」
「それはマティアス殿下、貴方が言えた立場ではないのでは……」
「うるさいうるさい!! 相手は誰だ!! あぁ、そうだ、そうだった。さっき四名が停学と言ったな。マチルダとその浮気相手ということか!!」
「まぁまぁ、落ち着かれてください。マチルダ様のお相手様も、こちらにいらっしゃいますよ。ずっと一緒に話を聞かれていましたから」
「なに!?」
フォックスが杖で向かい側を指せば、フォックスの対面に置かれた一人掛けソファの上、誰もいないその空間がゆらゆらと揺れ動く。
揺れは徐々に人型となり、気まずそうな顔をした一人の男子生徒が現れた。
フォックスお得意の幻影魔法である。
姿を隠し、ついでに動きと口も封じていたのだろう。
「ッ、マクシミリアン!! お前がマチルダの……!!」
マクシミリアン。
学園職員の中でM4と呼ばれている問題児の、最後の一人。
現在、ワイナ魔法学園に通う王族はマティアスと彼のみで、そう言った点からもマティアスは彼をライバル視している節がある。
また、隣国の王子であるマクシミリアンには、まだ婚約者はいない。
そのため学園には魔法を学ぶと共に、婚約者候補を探しに来ているのでは、と噂されていた。
実際のところどうなのかは分からないけれど、もしも事実だとすれば、相手とタイミングが悪かった。
相手がマチルダでなければ、あるいはマチルダの婚約が解消されてからであれば、二人がどんな関係になろうと問題はなかったのだ。
彼が姿を現してからというもの、マティアスは今にも掴みかかって行きそうな勢いだったが、フォックスに動きを封じられる。
ついでに口も。
「んー! んー!」と再び喋れなくなってしまったマティアスは、それでも憤怒の表情を浮かべてマクシミリアンを睨みつけた。
マクシミリアンはなんとも嫌そうな顔でマティアスを一瞥した後、マチルダへと視線を移す。
「マクシミリアン様……」
「マチルダ……」
マティアスなど視界に入っていないかのように、二人は見つめ合う。
すると、じわり、マチルダの瞳に涙が浮かんだ。
切なげに歪む彼女の顔を見て、マクシミリアンはグッと拳を握り締めた。
そして、意を決したようにフォックスへと向き直る。
「フォックス隊長、私達は浮気なんてしていません。彼女を心配するあまり、些か距離が近くなり過ぎ、誤解を招いてしまったようですね。ならばせめて、罰は私が全て引き受けましょう」
「……」
黙ってマクシミリアンを見つめるフォックスは、変わらずにこやかな表情を浮かべている。
しかし、これは面倒臭がっている時の表情だ。
証拠に目尻が僅かに引きつっている。
全ての説明が終わり、もう今日の業務は終了だとでも思っていたのだろう。
現にフォックスの定時は過ぎているし、今日は確か彼の愛読雑誌『大解剖!ワイナ大魔法使いの秘密』の発売日だ。
今回、久しぶりにワイナ学園長のインタビューが掲載されるのだと、嬉しそうに話していた。
フォックスはやれやれと肩をすくめ、ため息を吐き出した。
「マクシミリアン殿下、それは無理な相談というものです。もう既に皆様の処分は決定し、通達も済んでいるのですよ」
「ですから、誤解なのです。マチルダは何も悪くない。悪いのは私だけで」
「っ、いいえ、いいえ! フォックス隊長、違うのです。マクシミリアン様は私の相談に乗ってくださっただけで、悪いのはそんな彼に甘え、頼ってしまった私なのです……。私達は決して浮気などしておりませんが、それでも罰が必要なのであれば、私に」
「マチルダ、何をッ……!」
「マクシミリアン様だけを悪者になんていたしません!」
盛り上がる二人の間に、フォックスはゴホンゴホンッと大きな咳払いをして割って入る。
いつだって笑っているように見える細い目が、今は珍しく開かれていた。
キツネのような縦長の瞳孔をした、黄金色の瞳。
その瞳に見つめられた二人はハッと息を呑み、大人しく口を噤む他なかった。
「マクシミリアン殿下もマチルダ様も、浮気はしていないと。いやはや、なんともめんど……難しい問題でございます」
フォックスが杖の先で、くるりくるりと円を描く。
すると、フォックスの頭上に新たな映像が映し出された。
「どこからが浮気で、どこまでなら浮気ではないのか」
映し出されたのは、マクシミリアンとマチルダが抱き合い、至近距離で見つめ合っている姿。
マティアス達のようにキスすることはなかったものの、かなり親密な様子が見てとれる。
マクシミリアンとマチルダが、ひくりと顔を強張らせた。
次に映し出されたのも、場所が違うだけの同じようなシーンだった。
同じような映像が場所を替えて二つ、三つ、四つ……。
更に次の映像では、マクシミリアンがマチルダの髪を一房手に取り、キスを落とす姿が映し出された。
続いて、手の甲にキスする姿と、額にキスする姿。
最後の仕上げと言わんばかりに映し出されたのは、夜中にマチルダの自室を訪ねたマクシミリアンと、彼を部屋の中へと招き入れるマチルダの姿であった。
マクシミリアンは自身の行いを恥じているのか、顔を手で覆い隠し、俯いた。
客観的に見ることで初めて気付くこともあるのだろう。
一方でマチルダは顔を赤く染め、勢い良く立ち上がる。
「やめてください! こんなっ……!」
「人に見られて困る行為、というのも判断材料の一つになりましょう。しかし、それでも浮気じゃないと言われてしまえば……いやはや、難しい。これは非常に難しい問題でございますよ。ゆえにワイナ魔法学園では、絶対的な基準が設けられているのです」
テーブルの上へ乱雑に投げ出された誰かの入学書類が、再び輝く。
輝きに導かれるようにして、四人の目が入学書類へと落とされた。
『――その他、学園長が問題と認めた行為を罰則対象とする』
書類には、そう書かれていた。
ワイナ魔法学園。
この学園において最も大きな権力を持ち、ヒエラルキーの頂点に位置するのは誰なのか。
膨大な魔力を有し、国を治めている王族?
学園に多額の寄付をしている公爵家のご令嬢?
それとも難解な試験をクリアした教師達?
いいや、どれも違う。
ワイナ魔法学園の絶対的存在は、メルドゥーラマニデス・アスタ・フォン・シルグワ・シシトゥフ・アーニ・バ・バルバン・ル・ワイナ学園長である。
ワイナ学園長が白と言えば白、黒と言えば黒となる。
それがワイナ魔法学園なのだ。
「記載の通りでございます。ワイナ学園長のご判断により、マクシミリアン殿下とマチルダ様、お二人の行為は不義理行為と認められました。大変心苦しいのですが、お二人の処分が覆されることはございません」
「っ、そんな」
「望まぬ婚約からの逃避、結婚前の火遊び、若さゆえの過ち……皆様それぞれ事情がお有りだったのでしょう。しかし、規則ですので」
「……」
「他の学園を選んでいれば、このような結果にはならなかったでしょうが……おっと、これは余計なお世話でしたね」
いつも通りの細目に戻ったフォックスが、わざとらしく口を押さえる。
彼はおもむろに立ち上がり、四人を見下ろした。
誰とも目が合うことはなかった。
「それでは、そろそろ終わりにいたしましょう。後のことは各ご家庭で。三年後、またお会いできることを楽しみにしております」
深々と礼をした後に、フォックスは杖を上にかざし、大きく一周させる。
先程、転移魔法を使った時と同じく、もわもわとした煙が現れて四人の周りを取り囲んでいく。
最後に見えた四人の様子は、実に様々であった。
目を釣り上げ、マクシミリアンを睨み続けるマティアス。
その視線には気付かず、マクシミリアンとマチルダは最後まで名残惜しそうに見つめ合っていた。
マニーはというと、がっくりと俯いたまま、微動だにせず。
こうして、学園職員達を悩ませていたM4の処分は、無事解決を迎えたのだった。
彼等が問題行為を起こすたび、監視委員から治安部隊へ連絡が行き、治安部隊員が彼等のもとに駆け付ける。
というのが、ここ数ヶ月で何度も繰り返されてきた。
先の映像でもあったキスシーンや抱擁のシーンは、全てあの後に治安部隊員が駆け付けている。
二組とも、人の気配を感じるとサッと距離をとっていたが……ご存知の通り、我々には全て見えていた。
しかし、治安部隊員が「婚約者以外との親密なやり取りは学園規則違反ですよ」といくら伝えても、彼等は知らぬ存ぜぬを貫き通した。
おまけにタイミングの悪いことに、ワイナ学園長は通信魔法の使えない辺境の地に行かれていて、処分の判断を仰ぐことができなかったのだ。
今回だけでなく大魔法使いであるワイナ学園長は、世界各地を転々とし、学園にいないことも多い。
そのため学園内の一部権限は、フォックスのような上級管理者達にも付与されている。
ただ残念ながら今回の『婚約者がいる者による不義理行為』に関しては別であった。
権限のないフォックスはワイナ学園長の返事を待つしかなく。
そして数日前にようやっと連絡がとれ、停学処分の許可をいただき、本日晴れて決行することができたのだった。
「――バグ監視委員長、見ているのでしょう?」
取り調べ室に一人残ったフォックスが、宙に向かって声を掛ける。
バグとは僕の名前だ。
呼ばれたので仕方なく、ススス、とフォックスの前まで降りて行く。
今借りているのは、クモの体だ。
僕は虫を操り、視界を共有することで学園内の監視を行っている。
虫を介して声を届けることも可能だ。
「……お疲れ様」
「お疲れ様です。報告はお任せしても?」
「……うん、良いよ。雑誌を買いに行くんでしょ。早く行きなよ」
「お気遣いありがとうございます」
話しながらフォックスは制帽を脱ぎ、ふるふると頭を振る。
いつの間にか耳と尻尾の幻影は消えていた。
「では、報告お願いしますね。お言葉に甘えて、私は用事があるので上がります」
「……了解」
ポンッと少しの煙を残して、あっという間に姿を消してしまったフォックス。
悔しいけれど、いつ見ても見事な転移魔法だ。
……さて、僕はさっさと報告書を書くとしようか。
学園規則第82条違反者について、っと。
結局最後まで登場しなかった学園長は、意外と我儘かつ過激な性格をしていて、
何かあるとすぐに規則を増やしちゃうお茶目(?)なおじいちゃんです。
マチルダが可哀想だったかなと心配に思いつつ……
ここまで読んでいただきありがとうございました!




