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石橋を叩いて恋に落ちる  作者: 空腹原夢路


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8/13

第8話 対岸の火事も時には熱い

サークルを辞めてから三日が経った。

廊下で元メンバーとすれ違っても、お互い気まずそうに会釈するだけだ。

田村は相変わらず胸を張って歩いているが、僕と目が合うと少しだけ視線を逸らす。

授業が終わって、一人で学食に向かった。

いつもならサークルメンバーと一緒に来る時間だ。

今は誰もいない。

テーブルに一人で座り、カレーライスを食べるが、あまり味がしない。

食べ終わってスマホをいじっていると、背後から突然声をかけられた。


「小林!」


振り返ると、前髪を整えた佐藤が息を切らせて立っていた。


「……なんだ」

「ちょっと、聞いてくれ」

佐藤は隣に座り、声を潜めた。


「長谷川さんの噂、聞いた?」

「噂?」

「彼氏ができたらしいよ」

スマホが手から滑り落ちた。


「……何?」

「文学部の友達から聞いたんだ。つい最近、誰かと歩いてるの見たって」

「それだけで彼氏って……」

「いや、雰囲気がそうだったらしい。手とか繋いでたって」

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。息が浅くなる。


「……そっか」

「お前、大丈夫か?」

「大丈夫だよ。べ、別に、俺と関係ないし」

嘘だった。嘘だとわかっているのに、そう言うしかなかった。


佐藤は何か言いかけたが、「そっか。じゃ、また」と言って立ち去った。

一人残された僕は、空っぽになった皿を見つめた。


夕方、図書館に向かう途中で、吉田とすれ違った。

「小林」

「……吉田」

「長谷川さんのこと、聞いたか?」

「ああ」

「俺たち、部室で話してたんだけどさ。やっぱり、お前が現を抜かさずに告白の練習に励んでればって……」

「それ、誰が言ったんだ?」

「田村が……」

僕は笑った。笑うしかなかった。


「そっか。やっぱり田村らしいな」

「小林……」

「大丈夫。俺、もうサークルと関係ないから」

そう言って、吉田の横を通り過ぎた。


図書館に入ると、いつもの席に座った。ノートを開いたが、何も書けなかった。ペンを持つ手が、微かに震えている。


長谷川さん。

彼氏。

その二つの言葉が、頭の中でぐるぐる回る。


僕は何をしていたんだろう。

練習だ、準備だと言い訳して、結局何もしなかった。

避けて、逃げて、橋の手前で立ち止まっていた。

その間に、彼女は向こう岸で別の人と一緒になっていた。

僕の知らない誰かと手を繋いで、恋の炎を燃やしていたのだ。

胸が苦しい。

こんなに苦しいなら、最初から好きにならなければよかった。

でも、もう遅い。

遅すぎる。



夜、部屋に戻って、ベッドに倒れ込んで天井を見つめる。

シミが、いつもより大きく見える。

長谷川さんは、もう僕のことなんて考えてもいないだろう。

彼氏と一緒に笑っているんだろう。

「面白かった」と、僕の告白を笑った時と同じように。

いや、もっと楽しそうに笑っているかもしれない。


暗闇の中で、自分の呼吸の音だけが聞こえる。


翌朝、目が覚めても、胸の苦しさは消えていなかった。

鏡を見ると、目の下にクマができている。


授業に出たが、教授の声が遠くで聞こえるだけだった。

昼休み、一人で中庭のベンチに座った。

学生たちが楽しそうに話している。カップルが手を繋いで歩いている。

その中に、長谷川さんの姿を探してしまう。


いない。


いなくて、ほっとした。

会ったら、何を言えばいいのか、わからないから。


「小林」


背後から声がした。振り返ると、田村だった。

「……何だよ」

「ちょっと、話せるか?」

「話すことなんて…」

「頼む」

田村の声に、いつもの勢いはなかったが、真剣な眼差しに負け、僕は黙って頷いた。


田村はベンチに座り、しばらく黙っていた。

「……俺たちのサークル、意味ないって言ったよな」

「ああ」

「あれ、正しいと思う」

僕は田村を見た。

「お前が……そう思うのか?」

「ああ。お前が辞めてから、考えたんだ。俺たち、何をしてたんだろうって」

田村は空を見上げた。

「練習してれば、いつか本番が来ると思ってた。本番のための練習にもかかわらず、実際女性と絡もうともせず、男だけで盛り上がってるだけ。

当然、本番なんて来なかった。来るわけがなかったんだ。当たり前だよな。」

「……」

「お前は、本番に向かおうとしてた。だから、怖かったんだろうな。俺たちが置いて行かれると思って」

「別に、止められたわけじゃない。俺が勝手に臆病だっただけだ」

「いや」と田村は首を振った。「俺たちが、お前を引き留めてたんだ。無意識に」


風が吹いて、木の葉が揺れた。

「長谷川さんのこと、好きだったんだろ?」

「……ああ」

「今も?」

「たぶん」

「だったら——」

「でも、もう遅い。彼氏できたんだろ?」

田村は、少し笑った。

「それ、噂だぞ。確かめたのか?」

「確かめる必要ある?」

「ある」

「でも——」

「俺たちに足りなかったのはコミュニケーションだ。俺が言うのもおかしな話だけど…ちゃんと話してみた方がいい」

僕は黙った。

田村は立ち上がった。

「俺は、もうお前を引き留めない。お前が渡りたいなら、渡れ」

そう言って、田村は歩き去った。

「田村……」


僕は一人、ベンチに座ったまま、空を見上げた。

雲が流れている。

橋の向こうが、また少しだけ見えた気がした。


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