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石橋を叩いて恋に落ちる  作者: はらっぱ


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5/7

第5話 橋の手前にも三年

翌朝、目覚ましの音がいつもより遠く聞こえた。

頭の奥で、昨日の長谷川さんの声がまだ反響している。

「面白かった」「嬉しかった」——この二つの言葉が、頭の仲で何度もループする。


授業中も先生の声が遠くで水音みたいに流れていた。

ノートの上には、無意識の落書き。

「面白い」「嬉しい」「普通」「練習」「告白」昨日書いた単語の残骸を、なぞるように線でつないでいく。


面白い。

あれは、僕の“失敗”を笑ってくれたという意味なのか。

それとも、“挑戦”を面白がってくれたという意味なのか。

どっちにしても、恋愛の言葉としてはずいぶん遠い気がする。

それは多分、理科の実験か、動物園の観察対象に向ける言葉な気がする。

頭の中で“実に面白い”と白衣を着たイケオジが眼鏡を上げながら、何度もその言葉を繰り返す。

僕は彼女の中で、恋愛サンプルの一匹に分類されたのかもしれない。



昼休み、サークルのLINEが鳴った。

田村:

《今日の練習は長文告白大会だ。各自、しっかり原稿準備せよ!》

「長文告白」という単語に、長谷川さんの笑い声が重なって、胸の奥がチリチリする。


教室を抜けて、校舎横の自販機で缶コーヒーを買った。

プルタブを開けると、勢い余って少し溢れた。

あわてて袖で拭きながら、ふと、自分の“慎重さ”って何なんだろうと思った。

失敗しないための慎重さ。

恥をかかないための慎重さ。

そのどれもが、行動しない理由の言い訳みたいに思えてくる。

缶コーヒーを開ける時、何度も失敗している僕が、なぜ恋愛には臆病なのか。


石の上にも三年、という言葉がある。

本来は、辛いことでも我慢して辛抱強く続ければ、いずれ必ず報われるという意味だが、

石の上にも、ではなくて、僕の場合はたぶん橋の手前だ。

橋の手前になった途端、ただ、臆病で渡れない僕のことを指す言葉になる。

当然報われることなんてない。

ただ、川の流れを見下ろしながら、何年も足踏みしている。

その間に、向こう岸の景色はどんどん変わっていく。

長谷川さんも、いつか誰かと笑い合って、その人の“面白い”、いや“好き”になっていくのだろう。

僕はそんな姿を見ても、橋の手前から拍手して、苔でも撫でているんだろうな。


慎重すぎる恋愛は、静かで安全だ。

告白が失敗することもなければ、別れの悲しみも負わない。


サークルはサボることにした。

なんだかんだでサークルをサボるのは初めてのことだ。

校門を出たところで、長谷川さんの姿を見かけた。

遠くからでもすぐ分かる。髪を耳にかける仕草が、僕の心を撫でる。

彼女は誰かと並んで歩いていて、相手が笑うと、ほんの少しだけうなずいた。

それだけのことなのに、僕の足は止まった。

何を見ても平気なふりをするのが、僕の特技だ。


そのまま歩き出しながら、考える。

恋って、いつ始まるんだろう。

言葉にした瞬間なのか、それとも、言葉を飲み込んだときなのか。

僕はまだ、どちらもできていない。

ただ、橋の手前で立ち尽くしているだけだ。


夜、自室に戻ってノートを開く。

昨日のページには、「普通」と「嬉しかった」が並んでいる。

その下に、新しく一行書き足した。


「慎重さは、臆病の言い訳」


書いたあとで、ペンの先が止まる。

消そうか迷って、結局やめた。

その言葉だけは、なぜか残しておきたかった。


ベッドに横になり、天井のシミをぼんやり見つめる。

このまま三年ここにいれば、シミの形も愛せる気がする。

そうやって自分をごまかしながら、僕は今日も橋の手前に立っている。


苔は、もう自分にも生え始めてるかもしれない。

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