表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石橋を叩いて恋に落ちる  作者: はらっぱ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/7

第4話 また橋の手前に

昼休みの学食は、いつもどおり騒がしかった。僕は焼きそばを受け取って、端の席に座った。箸を入れても、味は思い出せない。昨日のことがずっと頭の中でぐるぐる回っている。


上の空で焼きそばを啜っていると、突然背中を叩かれた。田村だった。叩く強さが、いつもより二割増しだ。


「小林!昨日のは名演だったぞ。我ら告白練習サークル史に残る偉業だ」


「まだできて1年も経ってないだろ」


「これから何百年と続く!」


佐藤が向かいにドスンと座る。前髪がいつもより主張している。


「三千字告白、録音しておけばよかったな。文字起こしして、文化祭で朗読したい」


「さすがにそこまで長くなかったろ」


吉田は冷静にお茶を置いて、「恋愛工学的に告白時間と成功率は比例するらしい」と言った。


「どこの研究データだよ」


斎藤は隣に腰を下ろし、メモ帳を開いた。「君の瞳は夜空に浮かぶ星々を凌駕し…」


「おい…ちゃんとメモってるじゃねーか」


「君の瞳に乾杯」と田村がお茶を突き出してくる。

無言で田村を引っぱたいた。


普段はこのダル絡みが好きで一緒にいるが、今日は状況が違う。

食べ終える前にトレイを片付けて、僕は図書館に逃げ込んだ。

四階の窓際、辞書の棚の影。長い机の端っこに座って、ノートを開いた。

特に書くことはない。僕は罫線に沿って、意味もなく鉛筆で短い線をいくつか引いた。


「小林くん」


不意に名前を呼ばれて、鉛筆を落とし、反射でノートを隠した


「ごめん邪魔した?」


「あ、いや、ただ線書いてただけ…」


「線…?隣いい?」


「ど…どうぞ」


長谷川さんは隣に座り、鞄から文庫本を出した。ぱらりとめくって、ふっと笑う。


「昨日の告白、ほんと面白かった」


“面白い”がどんな意味なのか考える前に耳が熱くなる。僕はノートの端に小さく「普通」と書いた。

自分の字が少し震えている。普通…普通…と小さく呟く。


「いや、その……初めての本番…いや、初めて女性相手の練習だったので暴走してしまいました」


「でも、嬉しかった」


嬉しかった?それは面白いとどう違うのだろうか。もう僕の頭では考えが追い付かない。


しばらくのあいだ、ページをめくる音だけが続いた。時計の針が進む気配はあるのに、時間そのものは動いていないみたいだ。僕はノートの別の端に「嬉しかった」と書き足した。僕の語彙はどこに行ってしまったのだろうか。


「帰ろうか」


長谷川さんが本を閉じて言った。帰ろうかの後に“一緒に”があるように聞こえた。


「……あ、うん。でも、ちょっと用事が」


声がひとつ高くなる。何も用事なんてないのに僕はいつもそうだ。


「そっか」


詮索をしない返事だった。やさしいのに、すこし痛い。長谷川さんは文庫本を鞄に戻して立ち上がる。「またね」とだけ言って、去って行った。背中は、少し寂しそうに感じたが、それは多分僕の思い込みに違いない。


図書館を出ると、廊下の曲がり角に四人がいた。偶然を装っているが、全員の顔に「待ち伏せ」の二文字が書いてある。


「どうだった? 図書館デート」と佐藤。


「デートではない」


「また長文で告白したか?」と斎藤。


「そもそもなんでここにいるんだ」


「狸狸亭で反省会しよう」と田村。


「なんで負け前提なんだ」


「勝ったのか?」


「いや、多分敗北だけど」


「今日はポン酒奢ってやろう」と吉田。話が勝手に整っていく。僕の都合は、いつも置いていかれる。


「悪いけど、今日はやめとく。課題がある」


「おう……そっか」田村の声が少しだけ落ちたが、すぐに元の高さを取り戻した。「じゃ、明日の練習楽しみにしてるぞ」


「何をだ?」


「明日は長文告白の練習だ。みんな長文の告白を考えてくるように」


「長文はどう考えても失敗だっただろ…」


「昨日の小林は長谷川さんの良さを全部告白として吐き出した。俺たちも相手の良さを伝える能力を養わなければならない」


「相手の良さの言語化」と斎藤がメモを取る。



彼らと別れて、校舎の外に出た。風は弱くて、空気はまだ少し冷たい。どこかの家からカレーの匂いが漂ってくる。

信号待ちで立ち止まり、なんとなく空を見上げた。薄い雲と、色を失いかけのはっきりしない青。


図書館でのやり取りを思い出しながら、とぼとぼと歩く。


やっぱり僕は告白って行為にだけ興味があるのかな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ