第10話 下手の考え休むに似たり
学園祭実行委員会の受付は、学生会館の二階にあって、いつもは静かな場所だが、学園祭の時期だけ混みあう場所だった。
僕たちが申請書を持って訪れたとき、受付の女子学生は眼鏡を指で押し上げながら、申請書のタイトルを二度見した。
「えっと……『公開告白大会』?」
田村が胸を張って答える。「そうだ!我が告白練習サークルの集大成として、学園祭で告白の実演を行う!」
「告白の……実演……ですか」
受付の女子は明らかに困惑していたが、申請書の内容を確認しながら、ため息混じりに言った。
「まあ、企画内容自体には問題がないので受理はできますけど……本気なんですか、これ?」
「本気だ!」と四人が声を揃えて答えたので、僕も慌てて「本気です」と続けた。
受付の女子は諦めたように頷いて、申請書に受理印を押した。「会場は中庭ステージ、二日目の午後三時からで大丈夫ですか?」
「完璧だ!」と田村が親指を立てる。
「じゃあ、これで受理します。当日、よろしくお願いしますね」
僕たちは深々と頭を下げて、学生会館を後にした。
廊下に出た瞬間、佐藤が「やった!」と小さくガッツポーズをして、斎藤が「これで後戻りはできなくなったな」と呟き、吉田が「小道具の準備、本格的に始めるか」と腕まくりをした。
「よし、次はポスターだ!」と田村が宣言して、僕たちはそのまま部室へと向かった。
部室に戻ると、田村がホワイトボードに大きく「告白大会準備リスト」と書いて、その下に項目を並べ始めた。
「ポスター作成、会場レイアウト、司会台本、音響設備の確認、そして——」
田村がペンを止めて、僕を見た。「小林の告白を成功させるための最高の舞台の準備だ」
「原稿とか用意した方がいいかな?」
「本番で頭が真っ白になったら困るからある程度の流れは考えておけ…だが、告白に原稿なんてものはいらない!そうだろ!」
佐藤が前髪をいじりながら言った。「あんまりガチガチに決めすぎると、逆に硬くなるんだよな」
「そうだな。俺たちが散々練習してきて分かったことは、完璧な台本なんて存在しないってことだ」と斎藤が腕組みをして続ける。
「じゃあ、キーワードだけ決めておくのはどうだ?」と吉田が提案した。「伝えたいことの核を三つくらいに絞って、あとは当日の気持ちで言葉にする」
田村が頷いた。「それがいい。小林、お前が長谷川さんに一番伝えたいことは何だ?」
僕は少し考えてから、ゆっくりと答えた。「……好きだってこと。それから、あの日の告白は本気だったってこと。あと……これからも一緒にいたいってこと」
四人が静かに頷いた。
「十分だ」と田村が言った。「それを、お前の言葉で伝えればいい」
その日の放課後、僕たちは中庭に下見に行った。ステージは普段は使われていない簡易的なものだが、学園祭のときには音響設備とライトが設置されて、そこそこ立派な舞台になる。
「ここで告白するのか……」と僕が呟くと、佐藤が「まあ、目立つことは間違いないな」と笑った。
「目立つのが目的じゃないだろ」と斎藤が冷静にツッコむ。
「でも、目立つことで覚悟が決まるってこともある」と吉田が付け加えた。「逃げ場がないからな」
「逃げ場はないか…背水の陣…渡るしかない…」
田村がステージの端に立って、腕を広げた。
「ここに立つんだ、小林。そして、客席のどこかにいる長谷川さんに向かって、お前の気持ちを叫ぶんだ」
「叫ぶって……」
「比喩だ、比喩。まあ、でも、気持ちは込めろよ」
僕はステージを見上げた。本当にここで告白するのか、と改めて実感が湧いてきて、急に緊張してきた。
「大丈夫だ」と田村が肩を叩いた。
「俺たちがついてる」
頼もしい。鬱陶しいと思っていたこいつらの情熱も今は心地よい温かさに感じる。
翌日、ポスター作成が始まった。部室の机を並べて、佐藤が持ってきた画材道具を広げる。
「タイトルは『公開告白大会〜君に届け、僕らの想い〜』でどうだ?」と佐藤が提案した。
「ちょっとクサくないか?」と僕。
「告白なんてクサいもんだろ」と斎藤が笑う。
「それもそうだな」
吉田が色ペンでハートマークを描きながら言った。「デザインはポップな感じでいいよな。あんまり真面目すぎると逆に怖い」
田村がポスターの隅に小さく「告白練習サークル主催」と書き込んだ。「よし、これで完璧だ」
ポスターは五枚作成して、学内の掲示板に貼ることになった。実行委員会の許可ももらって、翌日から貼り出す予定だ。
その夜、僕は部屋で一人、ノートに向かっていた。告白で言いたいことをメモしようとしたが、ペンが進まない。
「好きです」
そう書いて、消した。
「ずっと好きでした」
また消した。
何を書いても、軽く見えたり、重すぎたり、どこか違う気がした。
スマホが鳴って、グループLINEに通知が来た。
田村:《小林、話したいことは固まってきたか?》
僕は返信した。
「全然進んでない」
佐藤:《無理に完璧にしなくていいんだよ》
斎藤:《当日、長谷川さんの顔を見たら自然に言葉が出る》
吉田:《俺たちを信じろ。お前ならできる。あの時の告白を思い出せ》
田村:《明日、また作戦会議だ。一緒に考えよう》
僕は少しだけ安心した。一人で考えすぎていたのかもしれない。
スマホを置いて、ベッドに寝転がった。天井を見上げながら、長谷川さんの顔を思い浮かべる。
「面白かった」と笑った顔。
「嬉しかった」と言った声。
「待ってる」と言ってくれた、あの優しい表情。
言葉なんて、本当は何でもいいのかもしれない。大事なのは、気持ちが伝わるかどうかだ。
翌日の昼休み、部室に集まると、田村がホワイトボードに「告白大会タイムテーブル」と書いていた。
「まず、開会の挨拶を俺がやる。それから、俺たちメンバーが順番に模擬告白を披露する」
「模擬告白って……」と僕。
「練習で散々やってきたやつだ。観客に告白とはどういうものかを見せる」
「それ、必要か?」
「必要だ!」と田村が力説する。「前座があることで、お前の告白がより際立つ」
佐藤が笑いながら言った。「まあ、俺たちの告白は笑いを取る係だな」
「笑われるために告白するのか……」と僕は呆れたが、嫌な気はしなかった。
斎藤が続ける。「それで、飛び入り参加の枠も用意する。勇気のある学生がいたら、その場で告白してもらう」
「そして最後に、小林のトリだ」と吉田が締めくくった。
「トリって、プレッシャーすごいんだけど……」
「大丈夫だ。お前ならできる」と田村がまた肩を叩いた。
その瞬間、部室のドアがノックされた。
「はい?」
ドアが開いて、実行委員会の女子学生が顔を出した。「告白練習サークルさん、ポスター見ました。すごく話題になってますよ」
「本当ですか!」と佐藤が食いつく。
「はい。変な催しがあるってSNSでも拡散されてて、当日は結構人が集まると思います」
僕の心臓が跳ねた。人が集まる。つまり、もっと目立つということだ。
「頑張ってくださいね」と女子学生は笑って去っていった。
田村が振り返って、ニヤリと笑った。「小林、お前の告白、学園祭のハイライトになるぞ」
「やめてくれ……」
でも、もう後には引けない。ここまで来たら、やるしかない。
学園祭まであと一週間。
僕たちは毎日のように部室に集まって、細かい打ち合わせを繰り返した。音響設備の確認、司会の台本のブラッシュアップ、模擬告白の振り付け——すべてが少しずつ形になっていく。
こうやってみんなで準備していると、不思議と緊張が和らいでいく。一人で抱え込んでいたときよりも、ずっと楽だ。
学園祭前日。
僕たちは最終確認のために、もう一度中庭に集まった。ステージにはすでに音響設備が設置されていて、マイクのテストも済んでいる。
「明日、ここに立つんだな」と僕が呟くと、田村が隣に並んだ。
「小林、お前は十分準備してきた。あとは、気持ちを伝えるだけだ」
「気持ちを伝える……簡単に言うなよ」
「簡単じゃない。でも、お前ならできる」
田村の言葉に、僕は少しだけ勇気をもらった。
佐藤が「じゃあ、今日は早く寝ようぜ」と言って、斎藤が「明日は朝から準備だからな」と続け、吉田が「小林、頑張れよ」と肩を叩いた。
僕たちは部室に戻って、最後のミーティングをした。
「じゃあ、明日は午前十時に集合。会場設営を手伝ってから、リハーサルをする」と田村が確認する。
「了解」と全員が答えた。
部室を出て、それぞれ帰路につく。僕は一人、夜道を歩きながら、明日のことを考えた。
長谷川さんは、来てくれるだろうか。
もし来てくれたとして、僕の告白を聞いてくれるだろうか。
そして——
受け入れてくれるだろうか。
不安と期待が入り混じって、胸の奥がざわざわする。
でも、もう迷わない。
長谷川さんのいる、向こう岸へ。
その夜、布団に入っても、なかなか眠れなかった。
何度も寝返りを打って、天井を見上げて、スマホで時間を確認する。
午前二時。
まだ眠くない。
ノートを開いて、もう一度、言いたいことを書き出してみた。
「好きです」
「あの日の告白は本気でした」
「これからも一緒にいたいです」
シンプルだけど、これが僕の気持ちだ。
あとは、明日、ちゃんと伝えるだけ。
ノートを閉じて、深呼吸した。
もう一度、布団に潜る。
今度は、少しだけ眠気が来た。
明日。
明日、すべてが決まる。
目を閉じると、長谷川さんの笑顔が浮かんだ。
その笑顔を思い浮かべながら、僕はゆっくりと眠りについた。




