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scarlet philosophia  作者:
4/7

scarlet philosophia④

 家に帰って母親にスズナに勉強を教えて貰う旨を伝えると、母親は不思議そうな顔をして僕を見た。


「どうしてルーベンスが先生を知っているの?」


 僕はその言葉に思わずしどろもどろになってしまう。


「えっと……その……学校の帰りに川で遊んでたら偶々会ったんだ……」


 苦しいかなと思ったが、意外にも母親は興味なさげに、あっ、そうと言っただけだった。


「先生に無理言わないようにね」


 そして、付け加えるように言ったかと思うと、母親は編み物へと戻ってしまう。もっと色々と言われる物だと思っていただけに、少しだけ拍子抜けしてしまう。


「そう言えば、どうして母さんはスズナを先生って呼ぶの?」


 僕の言葉に、母親は何を言ってるのか分からないとでも言いそうな顔をする。


「先生は先生よ。この村の住民は、みんな先生から薬を貰って生活しているのだもの。だから先生。それだけよ」


「そっか……」


 母の言葉に、今度は僕がそう返す番だった。


「村唯一の医者だったスコットさんが死んでから、先生には本当に助けて貰っているわ。先生が居なかったらと思うと、ぞっとしちゃうもの」


 母親はぼんやりとした口調で呟くと、少しだけ笑って、夕飯にしましょうと言った。


 それから僕は毎日スズナの家を訪れる度に、様々な事を教わった。最初は薬草学がメインだったが、医学、文学、哲学など学校では習わないことを多く教えてくれた。彼女の家には多くの本が有り、それらを使って懇切丁寧に僕に教えてくれた。


 彼女の教えてくれることは非常に難しかったが、それでも何度も繰り返し学んでいくうちに少しずつ理解が出来るようになった。


「『斯の如く知と愛とは同一の精神作用である。それで物を知るにはこれを愛せねばならず、物を愛するのはこれを知らねばならぬ。』遠い未来に産まれる、ある東洋人の言葉だ」


 スズナはある日、僕が薬の調合に勤しんでいると、そんな事を口にした。


「未来?」


「そう。遠い未来だよ」


 スズナは少しだけ悲しい目をして、そう呟いた。でも、スズナが一度目を伏せると、そこにはいつも通りの視線があるだけだった。


「あぁ、気にしないで。ルーベンスがあまりにも真剣に取り組んでくれるから、嬉しくなっただけさ」


 スズナはそう言って微笑むと、部屋の壁一面を占拠するような大きな戸棚まで歩いて行き、そこから古びた本を一冊取り出した。僕は調合する手を止め、彼女の行動を見守る。スズナは名残惜しそうに本の表紙を軽く撫でると、迷いの無い足取りでこちらまで歩み寄ってきた。


「君はもっと深く医学を学ぶといい。きっといい医者になれる」


 僕は差し出された本を恐る恐る受け取ると、ずっしりとした重みが僕の両手を通して伝わってきた。


「これは……?」


 僕は本をぱらぱらと捲りながら訊ねる。見たところ医学書のようだが、見たことも無い単語が多く並んでいて、内容を理解することは出来なかった。


「これはわたしが生きてきた中で最も素晴らしいと思った医学書さ。君がこれから医学を学ぶ上で、きっと力になる」


 スズナの言葉が、まるでお別れのような気がして、僕は咄嗟に本を離そうとした。けれど、彼女の手がそっと僕の頭を撫でたから、すんでのところで思い止まってしまう。


「スズナが教えてくれたらいいのに」


少しだけぶっきらぼうになった言葉が、笑えるほどに子どもっぽくて、僕は思わず閉口してしまう。だが、スズナはそんな僕を見て、ただ、静かに微笑んだだけだった。

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