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春と甘い煙の匂い


「なあ、日野はサークルとか決めたか?」

 入学式から少し経って、大学生活にも慣れてきた4月下旬。

 日野朧斗ひの ろうとは入学式で隣だった萩原浩輔はぎわらだいすけと日々を過ごしていた。

 同じ高校でもなければ、特段趣味が合う訳でもない。それでもなんとなく一緒に過ごしているのは、履修登録した科目がほぼ同じだったからだ。


「んー……まだ分かんないなぁ。萩原は?」

「正直迷ってる。テニサーは可愛い子多いらしいし、俺サッカー部だったからサッカーもアリ。先輩も居るし。あとは、……インカレサークルとか、もう絶対抱けるじゃん」

「下心だけで出来てるんだ」

 性欲に支配されている萩原の思考に呆れながら、日野は独り言のトーンでそう呟いた。


 隣を歩く萩原には聞こえていたらしく、どこかドヤ顔で返事をしてくる。

「そりゃあ、男だからな。日野は顔けっこー良いんだし。もっと性欲を出したらモテると思うぞ」

「そうかなぁ……まあ興味無い訳ではないけど」

  少し考え込むが、やはり興味はある。ただ、日野は自分の顔が良い、とは考えたこともなかった。

「でも、……なんか、自分からガツガツ行くのも違う気がする」

「はっ、真面目だなー」

 萩原は鼻で笑っては、飽きたのかすぐスマホに目を向ける。日野もなんとなくスマホの画面を開いては、歩きスマホにもならない程にチラチラとSNSを覗く。

  出会ったばかりだが、既に無言もコミュニケーションの1種のようになっていた。



「そういえばー、今日麻雀やらん?」

「今から?」

 何だかんだ慣れてきた駅までの道中。お互いチラチラスマホを見ながら、萩原はそんな提案をした。

「バイトって言ってたお姉さん超綺麗だっただろ? 大学生なんだから、積極的に行かないとなって」

「2回目で積極的に来られても困るだろ」

「分かってねーな。初動が肝心って言うだろ」


 目を輝かせながら下心丸出しなのに少年のような萩原を横目に、仕方なく、という雰囲気を醸し出しながら日野は呟く。


「そっか、……まあ、暇だし。役忘れそうだから、いいよ」

「やった、じゃ先輩達に連絡してくるわ」


 萩原はスマホを片手に、近くのコンビニの壁に背中を合わせる。

 スマホを見るも何も新たに得られるものは無く、日野はそっと目を瞑った。隣から聞こえる通話はまだまだ終わりそうにもなく、どこか孤独感すら抱いていた。

 目を瞑りながら思考を整理していると、幻覚だったのかすら疑ってしまう程に綺麗で、目が離せなかったあの人のことをすぐに思い出してしまう。



――始まりは萩原の「大学生らしいことしよう」という提案だった。

 いくら18歳だと言っても酒は飲めないし、ギャンブルもできない。なんなら最近も夜遅くにコンビニに行った際に、小柄な警察官に補導されたこともある。

 数ヶ月前には高校生活だったのだから、考えてみれば当然な話でもあった。


 まだ日が残っている中、「大学生らしさとは何か」なんて哲学にもならないような議論を交わした結論が『麻雀』だった。

 そして、ルールすら完璧に覚えていないのに未知の世界に飛び込んだ。


 店内は薄暗く禁煙が普及していないのか煙も蔓延していたが、最近大学生になったばかりの二人が入店しても容易に受け入れてくれるキャッチーな、言い方を変えると適当な店だった。

 萩原と同じ高校だった大学の先輩二人と合流し、ルールを教わりながら牌を打った。

 二人は外部である日野にも優しく、0から10までじっくりと教えてくれた。


 メジャーな役は完璧になり余裕が生まれた頃、日野はただ一人の男に目を奪われていた。


――橘伊織たちばないおり。透き通った青白い肌に、少し伸びた茶髪。美術品、特に彫刻のような人間とは到底思えない程に整っているその造形。

 大きな役を作ったのか、楽しそうにアガる彼の表情は、何度目を離そうとしても、磁石のように吸い込まれていった。


『あんなに整った容姿と、関西出身特有の親しみやすさ。ギャンブルが好き、という明確な欠点も所持している。女子を引き寄せるに特化した完璧な人間だ』


 日野が「あの人は?」と聞くと、先輩達が興奮で早口になりながらもそう語った。大学が同じで、ファンクラブのような物もあるという。


――あの人の端正な顔立ちを、細く長い指先を、楽しそうにする姿を、遠くから、影の中でひっそりと眺めていたい。


 別に友人になりたい訳でも、恋人になりたい訳でも無い。

 簡単に名前をつけるのなら『一目惚れ』なのだろうが、この感情は恐らく恋愛感情では無い。あの日の数十分だけで、日野は橘伊織という存在に、信仰にも似ているような、どこまでも純粋で曲がりくねっている、気持ちの悪い下心を無自覚に抱いてしまっていた。


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