第35話~灰の賢者オリバー~
「行こうか」
火山は見る間に高くなり、地下都市への入口があった山脈に連なろうとしている。ファニー達は地下から出て、そんな火山の目の前に立つ。
(どうしちゃったの?)
ルイスは西へと歩き始めた。その両手と、そして背中には全部で3枚の鏡の盾。火山から噴き出す溶岩を映し出しながら遠ざかっていく。
「待って」
火山の音に負けないように大きな声で呼び止める。振り返ったその表情を確かめる前に、轟音と共に間欠泉がいくつも上がった。
「ファニー様。ここは危険です」
隣に立つティーブに促され、再び進み始めたルイスの後ろを追いかける。北の山脈の末端の山すそ。植物が一切なく、岩が露出する緩やかな下り坂を、逃げるように走っていった。
「ねぇ。そろそろ良いでしょ?」
遠くで噴火の轟音が聞こえた。世界のふもとから太陽が昇るまで走り続け、空が明るくなる時間。
「そうだな。少し休憩しよう」
周囲を見渡しながら座るルイスは、3枚の鏡の盾を消そうとしない。その正面に立ちながら、ファニーは岩ばかりの土地に吹く生暖かい風を感じていた。
「どうして?メグはリズさんに会いたかっただけなのに」
「時間が無いんだ」
「なんの?戻ろうよ。2人を止めないと」
爆発音と共に地面が揺れる。絶叫するような炎柱が空まで届く。
(戻れるのかな)
さらに高さを増していく火山。熱風に襲われたファニーは手を頭の上にかざす。
「赤の賢者をリズが止めている間に逃げないと」
「そんな敵みたいに。メグは私達を止めたりしないよ」
「今はそうかも知れない。でも必ず立ちはだかる」
ルイスは立ち上がり、3枚の鏡の盾を火山に向けた。真っ赤な溶岩の塊が飛来し、そして弾き返される。
「どうして、そんなことがわかるの!?」
溶岩が飛び散り、地面を焼く激しい音。ルイスへ届くように、ファニーは大きな声で叫ぶ。
「ファニーちゃん、今は危ないよ」
「う、うん。でも」
ずっとふところに隠れていたアスチルベが顔を出す。腕をなんども軽く叩きながら、火山の方向とファニーを何度も見比べていた。
「わかってる。けどさ」
溶岩の塊が飛来したのは一度だけ。地響きはなおも続くが、噴火の音は鳴り止んでいる。代わりに聞こえるのは、間欠泉から噴き出したであろう滝のような音。
「本当に危ないよ。あれは賢者の本気じゃない」
「えぇ?地下は大丈夫なの?」
「心配いらないよ。あそこは無駄に頑丈だから」
飛び立ちながら火山と逆の方向に引っ張り始めるアスチルベ。その場を動こうとしないが、ティーブも一緒になって背を押し始める。
「ちょ、ちょっと」
「話は後でも出来ますので」
「ティーブ?」
先に行ってしまったルイスとカルミアの後ろを、運ばれるように歩くことになり、何度も火山を振り返る。
(こんなの、おかしいよ)
ファニーは前に駆け出した。いくつも準備されている剣の花の間をすり抜け、まだ残ったままの3枚の盾をかいくぐる。
「待ってって」
「危ないのは火山だけじゃないんだ。灰の賢者が近くに来ている」
「灰の?それで?」
無邪気に笑うメグの顔を思い出した。やりたくもない姉との戦いで、火山まで生み出すことになってしまった赤の賢者。
(灰の賢者が敵って、本当なの?)
会ったこともないはずの灰の賢者は、とても優しい表情をしていた。逃げるように足を速めるルイスの横をファニーも走る。
「会えばわかる」
「メグは敵じゃないよ。ルイスとリズさんが話を聞いてあげないだけじゃないの?」
「次に赤の賢者に会うことがあればわかるよ」
それから何度同じ質問をしても、同じ答えしか返さないルイス。噴火とともに溶岩の塊が次々と飛来する中を走っていると、ふところからアスチルベが顔を出す。
「ファニーちゃん、来てるよ」
「えっ?来てるって?」
「別の賢者。あっち」
次の瞬間にルイスの走る速さが一段と早くなった。岩肌を飛ぶように駆けていく。
(速っ)
あやうく置いていかれそうになりながら、ファニーは必死に追いかけた。3枚の鏡の盾でしっかりと身を守りながら走る姿は、天敵から逃げる小動物のようだった。
ガンッ。ガンガンガンガン
「な!?」
逃げているその先の岩が、突然天高くそびえ立った。行く手を阻まれたルイスの足が止まり、周囲を見渡しながら大声を上げる。
「オリバー!どこだ?どこで見ている!?」
「ここじゃよ」
そびえ立った岩の一角から顔を出したのは、灰色の衣をまとった初老の男。とても大きな杖を片手に持ち、ゆっくりと歩いてきた。
「そんなに逃げんでもいいじゃろうて。薄情じゃのう」
「人を封印した張本人が、よく言う」
「しかたなかろう。お前を世界のふもとに近づかせるわけにはいかんからのう」
のんびりと近くの岩に座る灰の賢者オリバー。カルミアが剣の花の切っ先を向けるが、見向きもしない。
「ルイス。我が友よ。こんなことはやめにせんか?」
「やめる?それは無理だ」
ファニー達全員を取り囲むように岩がさらにそびえ立った。




