第7話~イタズラ好き~
アスチルベという新たな旅の仲間を迎え、ファニー達は街へと戻る。すれ違う人々からファニーは注目を集めていた。正確に言えば、ファニーの頭の上に陣取っている妖精のことを誰もが警戒していた。
「ねぇア~ちゃん」
「えっへへっへへ〜。あむあむほむほむ」
「ア~ちゃん?」
ファニーから頭の上にいるアスチルベの様子を見ることは出来なかった。なにをしているのかわからないが、変な音とともにくすぐったいと感じている。また捕まえようとファニーは自分の頭の上に手を伸ばし、簡単に捕まえられるのだった。
「ふへ〜捕まっちゃった〜。戻してよ〜。忙しいの」
「あっ、うん。これから夕食なんだけど、何も食べないってこと?」
「たべる〜」
アスチルベは抵抗することなくファニーの手に捕えられた。むしろ喜んでいる様子で、夕食と聞いて両手を大きく掲げながら笑っている。
(わ、わかりやすい)
イタズラ好きの妖精と旅することに警戒していたファニーだったが、アスチルベの素直な表情に少しずつ警戒を和らげていた。
「ファニー、あんまり油断しないほうが良いよ」
「そうかなぁ」
「妖精が厄介なのは、いつ何をするのかわからないってことだからね。連れて行こうって言ったのは、この方がマシだからであって安全だからじゃない」
ルイスはヴィンダーの工房が閉店することになっていたことを話した。気を許してはいけないと諭すように。
(どうしてそんな悪いことしたんだろうな)
アスチルベはとにかく表情豊かだった。さっきまで夕食のことで喜んでいたが、今はルイスのことを睨みながらムクれている。そんな姿にファニーは親しみを感じていた。
「なによ。なによなによなによなによ。黒の賢者のくせに良い人ぶっちゃってさ。知ってるんだからね。黒の賢者ってわっる〜いやつなんだから」
「ア~ちゃん。そういうこと言っちゃダメでしょ」
「まぁ、ある意味間違ってはいない」
「ルイスは否定しなさい」
ファニーの手の中で暴れながら騒ぐアスチルベ。ルイスは全く意に会することがなく、言い返すようなこともしない。
(ルイスが悪いわけじゃないのに)
世界のふもとに行くべきか否か。ただの意見の対立で封印されてしまったルイスが悪いわけではないとファニーは思っていた。だからこそルイスの態度が気に入らなかった。
「どうかした?」
「えっ?ううん、なんでもない」
「ふぁに〜ぢゃ〜ん。ぐるちぃ〜」
「えっ?あっ、ごめんね」
ファニーはルイスのことをジッと見つめながら、思わず両手を握りしめてしまっていた。潰されかけて苦しむ声を聞き慌てて力を抜いている。そしてアスチルベの様子を確認し、ますます頬を膨らませてムクれている元気な姿をみて安心している。
「ファニーちゃん。やめてよ~」
「うんうん。ごめんね」
「ぶ〜」
「さて、そんなことより。そろそろ食べるところを決めた方が良いんじゃない?」
会話に夢中でファニーは気付いていなかったが、人通りの多い繁華街に到着していた。街灯の炎が一際大きく活気にあふれている。
「あれがいい~」
「あっ、ちょっと、ア~ちゃん。いえ、これはですね。その〜、ちゃ、ちゃんと大人しくさせるんで」
アスチルベが1人で飛んで行ってしまい、ファニーが追いかける。ずっと手の中にいたので気付いていない人も多かったが、妖精が飛んでいる姿というのは目立つ。すぐに注目を集めてしまい、避けるように人が離れていく。
ファニーが追いついたとき、既にアスチルベは店員に話しかけていた。満面の笑みであったが、妖精の笑顔に店員は警戒している。
妖精の機嫌は損ねない方が良い。ルイスがアスチルベを旅に連れて行くことを決めたように、店員も店に入ることを拒むことはなかった。代わりにファニー達に冷たい目が向けられている。。
テーブルいっぱいに料理を広げる。といった贅沢ができるほどお金に余裕があるわけではなかったが、お腹いっぱいになるには十分な量の食事を用意してもらう。食べている間にアスチルベが大人しくするわけもなく、ファニーはゆっくり食事するどころではなかった。
(でも今のところ悪いことはしていないんだよね。ただ無邪気に、無邪気に?)
少し目を離してしまった瞬間のことだった。アスチルベはスープの中に飛び込んでしまう。
「ア~ちゃん、何してるの?」
「ふぁいってふぁにーあんおほれふぁれれあ?」
「お行儀良くないよ?スープの中に入っちゃダメでしょ」
「ん〜?」
まるで風呂に入るかのようにスープの中から顔を出している。羽までビショビショに濡れてしまっていて、ファニーはタオルを持って来てもらうようにティーブに頼んでいる。そして、出てこないどころかバシャバシャと泳ぎ始めてしまったアスチルベへと手を伸ばす。
「あっつ」
「大丈夫か、ファニー?」
「うん。でも、大変っていうのがちょっとわかった気がする」
「いや、まぁ。こういうことじゃないんだけどね」
ゆっくりと旅の疲れを癒すはずが、ただ食事をするだけでファニーは疲れを感じてしまっていた。これがずっと続くのは苦労するだろうと思っての言葉だったが、ルイスはすぐに違うと言う。
(でもなぁ。他の妖精は知らないけど、ア~ちゃんって少し手のかかる子供みたいなんだよね)
「ファニーちゃん大丈夫?」
「う、うん。平気平気。そろそろ行こっか」
大して騒いだわけではなかったのだが、店員が様子を見に来ていた。妖精が店の中にいるというのは、一般的には気が気でないことだ。お金を払い店を出た。明日はヴィンダーに新しい武器を作ってもらうことになっている。宿をとり、ファニーは静かに目を閉じた。




