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第6話~妖精アスチルベ~

「おい、妖精。おめぇなんで出てきやがった。ずっと工房に閉じこもってたじゃねぇか」

「知らな~い。ファニーちゃ~ん、あっそぼ~」

「えっ?あっ、ちょっと」


 妖精はファニーの周りを飛び回り、肩に乗り、頬っぺた引っ張り、最後には頭の上に寝そべっている。


「よ、妖精さん?」

「ちっが~う。アスチルベよ。ア、ス、チ、ル、ベ。ア~ちゃんって呼んでね」

「ご、ごめんね。アスチルベ、ちゃん?」

「ちっが~う。ア~ちゃんだってば」


 ファニー自身には見えない頭の上が、妖精アスチルベの遊び場に変わってしまった。

(どうしよう。上で暴れてるみたいだけど、下手に動いたら落っことしちゃいそう)

 妖精は空を飛べるので落っこちるということはないのだが、思わず気にかけてしまうほど愛おしさがあった。


「んだこいつ?名前あるじゃねぇか」

「ヴィンダーさん?」

「ああ、それがよ。この妖精野郎、名乗りすらしなかったのによぉ。いきなり何だってんだ?」


 先程までとは打って変わってヴィンダーの表情が険しい。早く降りてくれないかとファニーは思っていたが、一向に頭の上から離れる気配は無かった。


「アンタなんか知らないもん」

「あぁ?」

「面白そうだったから来ただけだもん。ハゲドワーフなんて興味ないもん」


 ヴィンダー頭は、立派な髭とは対照的にハゲている。ファニーは見ないようにしていたが、アスチルベは遠慮がない。

(言っちゃダメだって。早く黙らせないと)

 頭の上に手を伸ばしアスチルベを捕まえようとしていた。確かにそこにいる感覚はあるが、どうやっても手が届かない。


「ざんね~ん。そんなんじゃぁ捕まんないよ~ん。まだまだね」

「え~」

「んなこと、どうでもいい。興味ねぇならなんで俺の工房に来やがった。仕事の邪魔しやがって」


 ヴィンダーはタコのように赤くなっていた。ハゲと言われただけならまだしも、仕事場である工房で好き放題され閉店を余儀なくされていた。ドワーフの国に帰るという選択肢があったとしても、許せるようなことではない。


 険しい表情のままアスチルベに迫っている。そこはファニーの頭の上。あまりの剣幕にファニーは思わず身を引いてしまっていた。


「あの、ヴィンダーさん?」

「あぁん?」

「えっと、その、近いというか」

「おぉ、すまんすまん」


 ファニーが怖がっている様子を見て取ったヴィンダーはすぐに離れる。ファニーは助けを求めるようにルイスへと視線を投げかけるが、なぜだか微動だにしない。


「へへ~ん。ファニーちゃんをイジめちゃダメなんだからね~」

「てめぇのせいだろうが」

「こわ~い。助けてぇ~」


 ファニーを盾にしながら好き勝手言っているアスチルベと、ファニーに近づけずに地団駄しているヴィンダー。挟まれてあたふたするファニー。

(ちょ、ちょっと、ってルイス笑ってない?)

 お願いしなければ動かないティーブはともかく、ルイスが一向に手助けする様子がないことが気になった。


「ルイスぅ?笑ってないで何とかしてよ」

「あっ、うん。ごめんごめん」

「ん~?」


 その時、ファニーは何かを掴む感覚を持った。それが妖精の体なのだとすぐに察したファニーは、そのまま手元へと引き寄せる。

(や、やっぱりかわいい)

 綺麗なピンク色の髪と透き通った羽。手の中にすっぽりと収まった姿を見ての感想だった。一方で、妖精がどんな存在なのか知っているファニーは見た目に惑わされたらダメだと自分に言い聞かせている。


「あれれ?」

「悪い悪い。これでいいか?」

「むぅ~。ズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルい。黒の賢者のクセに~」


 どうやらルイスが魔法を使ってアスチルベの動きを封じたらしかった。ファニーの手の中に収まったのだが、そこでとにかく暴れている。逃がすまいと少し強めに握りしめ用としているが、力加減が難しいようだ。


「んぐ」

「はーはっはっはー。ざまぁねぇな、妖精」

「うっさいハゲ。ち、違うもんねぇ。ここが気に入ったんだもんねぇ」


 苦しそうな声を聞いてファニーはすぐに握る力を抜いていた。やせ我慢なのかアスチルベは指にしがみつきながらムッとしている。もう暴れることはなく、一安心したファニーはルイスへ問い詰めるような目を向けた。


「ルイス、助けるならもっと早くしてよ」

「悪かったって、ついね」

「てかよ。あんちゃんなにもんだ?」

「まぁ、それは」


 


 ヴィンダーの問いかけにルイスは答えにくそうにしている。そしてそれはファニーも同じだった。

(黒の賢者だって、正直に話して大丈夫なのかな?)

 宮殿の地下にずっと封印されていたルイスにとって、宮殿の人間は敵である。では宮殿の外の人間はどうなのか。全員敵なのか、遠くに行けば問題ないのか、ドワーフはどうなのか。狩り程度の外出しか許されなかったファニーにわかるはずもないことだった。


「知ってるよ。あなた黒の賢者でしょ」

「あぁん?賢者ぁ?んなの、ただのおとぎ話じゃねぇか」

「ふ~んっだ。ドワーフきら~い」

「じゃぁとっとと出てってくれ」



 閉店しているはずの武器屋が、まるで大勢の客で一杯になってしまったかのようだ。

(ア~ちゃんって、なんでルイスが黒の賢者だって知っているんだろう?)

 黒の賢者と聞いてもヴィンダーの態度が変わることはなかった。安心しつつもファニーは胸騒ぎを覚えていた。そして悪い予感はすぐに的中してしまう。


「べ~っだ。ファニーちゃん、もう行こうよ」


 ファニーにおねだりするアスチルベの目は宝石のように輝いている。イタズラ好きの妖精。連れて行きたくないと結論を出したばかりであり、置いていきたいというのが本音だった。といってもヴィンダーの工房に残るように言えないのがファニーの頭を悩ませている。


「あのね、ア~ちゃん。連れていけないの、ごめんね。お仲間とかいないの?」

「ん~?ぶー。やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ」

「ちょ、ちょっと暴れちゃダメって」

「ぐげ」


 再び暴れだしたアスチルベのことを、ファニーは思わず握りしめてしまった。また力加減を間違ってしまい、あわてて手を離してしまう。


「あっ」


 アスチルベは空に飛び出して自由に飛び回っている。

(せっかく捕まえたのに)

 そう思っても、もう遅い。また捕えるには一苦労するだろうとファニーは感じていた。だが想像とは全く違うことになる。アスチルベは自分からファニーの手の中に戻り、笑顔を向けるのだった。


「ファニー、連れて行こう」

「えぇ、でもぉ」

「下手に置いていったりすると、何するかわからないからね」

「う~ん」


 ファニーが困っているところにルイスが提案してくれた。理由は定かでないが、アスチルベに気に入られてしまったようである。無理に置いていくようなことをすれば一体どうなってしまうのか。

(しょうがないのかな。でもなぁ。やっぱりカワイイんだよなぁ)

 手の中で笑顔を振りまくアスチルベの顔を見ていると、悪い子には見えないとファニーは感じていた。妖精というのは滅多に会うことがない種族である。悪い噂ばかりが広まってしまっただけなのでは思っていたのである。


「ん~。ア~ちゃん、変なことしちゃダメだよ。これから危ないところに行くんだからね」

「きゃーきゃー。やったー。アハハ、アハハハハ。黒の賢者、変なことしちゃダメだってさ」

「ア~ちゃんに言ったの」

「ふ~ん」


 本当に大丈夫なのかとファニーに不安はあったが、楽しそうなアスチルベを見るとどこかに消えてしまっていた。なにより、ルイスが連れて行こうと言ってくれたことに安心感を覚えている。


「本当に連れてくのか?まぁ止めはしねぇけどよ。そんなら明日また来い。武器を作ってやるよ」

「あっ、いいんですか?」

「おうよ。悪いがよ、準備するから帰ってくれていいか。ソイツがいると気が散って仕方ねぇ」

「わ、わかりました。じゃぁまた明日よろしくお願いします」


 日はまだ完全には落ちていないが、窓から見える街に明かりが灯る時間だった。遠くにポツリポツリと街灯の小さな炎が見えるが、郊外にあるドワーフの工房周辺は薄暗い。


 ヴィンダーは満面の笑みで鍛冶用の窯に火を入れていた。ファニーは別れの挨拶をし、工房をあとにする。結果的にイタズラ好きの妖精を押し付けられることになってしまったが、ファニーは不思議と嫌な気持ちにならなかった。


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