第48話~黒の賢者ルイスと黄金のドラゴン~
「来たばかりなのに、ずいぶん事情を知っているんだな」
「えぇ。全て見ていましたので」
「ふっ。相変わらず見るだけなのか」
「その通り」
黄金のドラゴンは門の前に着地した。巨体にも関わらず、塵1つ巻き上がることのないほど静かだ。
「しかし、その方を連れて世界のふもとへ行こうとは。驚かせてくれますね」
「ラウレリン。それで、わざわざどうしたんだ?」
「あらあら。淋しいことを言うんですね。ルイスさん」
「要件がないのに、会うような関係じゃないからね」
ドラゴンの爪はファニーを差し、その方が誰なのかを示す。ラウレリンは黄金の鱗を輝かせながら目を細めている。門の周りに集まった人々は物音ひとつたてない。
「警告に来ました」
「警告?」
「その通り。ルイスさん、あなたの本当の望みは叶えられませんよ」
立ったまま睨みつけるだけで口を開かないルイスと、翼を静かに羽ばたかせるだけのラウレリン。お互いに何も喋らないのに、まるで会話しているみたいに表情が変わっていく。
(本当の望み?それって世界のふもとに行きたいってことか?)
ファニーには他に思い当たることがない。表情だけでは会話の内容はわからず、そもそも会話しているというのも想像かもしれない。ただ見守ることしかできないでいると、ラウレリンの視線がファニーに移る。
「1つ良いですか?」
「は、はい。な、なんでしょう」
「ファニーさんの、やりたいことを教えていただけませんか?」
突然のことで言葉が出ないファニーを、ラウレリンは黙って見つめ、ルイスは背を向けたまま何もしない。
(なんでそんなこと聞くんだろう。というかルイスはどうしたの?)
早く答えなければと焦りながらも、失礼なことを言わないように助言が欲しいファニー。だがようやく振り返ったルイスは首を振るだけで何も教えてくれない。
「む~。ちょっとファニーちゃんをイジメないでよね」
ラウレリンの鼻先まで飛んでいきながら言い返すアスチルベ。ドラゴンの吐息に抗えず吹き返されてしまうが、それでも全く臆することはない。
(あ、ありがとうア~ちゃん。でも、どうしよう)
自分の答えがこれからの運命を大きく変えてしまう。そう思うと答えることができず、なかなか声を出すことしかできないでいた。
「あぁ失礼、責めているわけではありません。聞き方を変えましょう。ファニーさんは、これからどうするのですか?」
「あっ、はい。すみません。これから世界のふもとへ行こうとしています」
「それはそれは。ではファニーさんは世界のふもとで何をなさるのですか?」
「そ、それは、すみません。考えていないです」
世界のふもとは余命3年で辿り着ける場所ではない。だから着いてからやりたいことなどあるはずもなく、そうではなくて世界を旅することを楽しみにしているだけだった。
「なるほどなるほど。ファニーさんはともかく、黒の賢者が世界のふもとに行くというのはどうなんでしょうね。ご存じのことをお聞かせいただけますか?」
「それは、えっと。アキシギルには魔物が増え続けていて、それを止めるために世界のふもとに行こうとルイスが言って、でも他の賢者は反対みたいで、それでずっと封印されていたって聞いてます」
ルイスと出会ってから、何度も話したこと。想いは違えど目的地は同じ。賢者だけでなく、ドラゴンまで反対するのかと冷や汗が滴り落ちる。再び訪れた沈黙を破ったのは、そのルイスの言葉。
「ラウレリン。もういいんじゃないか?」
「まぁ、いいでしょう。そろそろ失礼させていただきましょうか。ファニーさん、1つ忠告を。ルイスさんと共に旅をするのであれば覚悟しておくことです。そして、もし耐え難い苦痛を感じたときは私を呼びなさい。こちらを」
黄金の鱗が一枚、ファニーの目の前に落ちる。まばゆいばかりの光を放ちながら脈動する鱗に触れても良いのか判断できない。
(だ、大丈夫だよね)
ファニーは震える手をゆっくりと、鱗のへと伸ばす。手の中に収まった黄金の鱗は、見た目とは異なり心地の良い温かみを放っている。
「あ、あの」
「そちらを天に掲げて念じなさい。また会えることを祈っています。ルイスさん、あなたとは戦わずにすむことをねがっております。では」
翼が1回だけ大きく羽ばたかれた。あれだけ大きな翼から風は1つも起きない。黄金の体は天高く登り、小さくなっていくその影を最後まで見届けた。
「ルイス、コレ」
黄金の鱗を見せる。とても温かく、持っているだけで安心感を感じる。それが逆に、安全なものなのか不安を抱かせる。
「持っておいたほうが良い」
「そ、そう?」
「ラウレリンも、世界のふもとに行くことには反対なんだよ。昔からね。まぁでも本当に困ったら使った方がいい」
やはりドラゴンも反対なのかという驚きと、ではどうして止めようとしないのかという困惑が入り混じる。本当に警告をしに来ただけなのだろうと納得するしかない。
「まぁでもアドバイスをするなら、ファニー自身が耐え難い苦痛を感じた時に呼んだ方が良いかな」
「どういう意味?」
「例えば、魔物から国を救ってとか、ティーブを助けてとか、そんなことで呼んでもダメってことだよ」
あくまでファニーだけを助けるというもので、しかも本当に困った時しか手を貸さず、どうでもいい理由で呼べば逆鱗に触れてしまうかも知れないということだった。
(なんか、危なくない?)
黄金の鱗の輝きは陰ることがない。いつまでもいつまでも続く輝きは、あまりに綺麗なのに素直に受け取れない。なるべく使わない方が良いのだと思える鱗。
「ファニー。ラウレリンの言うことは間違ってはいない。俺と一緒に旅をするというのは、それだけ危険なことだ。まっ、今さらだけどね」
「そうだね」
結果としては何事もなくラウレリンは飛び去った。ルイスにはただの警告、ファニーには助けを呼べる黄金の鱗。
ドラゴンと話した令嬢として、王都の人々からのファニーへの羨望の眼差しが強くなっていた。