第47話~おとぎ話が飛来した~
「あとしなきゃいけないのは」
「ねぇねぇ、ファニーちゃん」
「う、うん。ちょっと待ってね」
「ファニーちゃんってばぁ」
旅立ちの日は目前に迫っていた。アスチルベの相手をする時間が減ってしまっていることをファニーは自覚していたが、一度旅立てば簡単には引き返せない。忘れ物ややり残したことはないかと考えるほど、どうしても後回しにしてしまうこともある。
「ごめんねぇ」
「ぶ~」
「じゃ、じゃぁちょっと休憩ね」
出発してしまえば、一緒に旅を楽しむ時間はいくらでもある。といってもアスチルベの我慢が限界を迎えそうだと感じ取ったファニーは、一度手を止めてお茶を淹れる。
「ねぇねぇ。早く出発しないの?」
「うん。あとちょっとね」
「む〜。つまんな〜い」
アスチルベはお茶を飲むこともなく、テーブルの上に寝転びながらジタバタしていた。そんな妖精の頭を撫でながら、最後に残った旅の準備のことを考える。
(お金でこんなに悩むなんて思わなかったな)
準備はほとんど終わっており、あとは路銀の準備だけだった。人間の住む土地を旅するだけなら金貨を用意するだけで良いのだが、他種族の土地に行くとなると話が変わってしまう。
どんな種族に対しても通じる通貨は存在しない。ファニーは初め宝石を用意しようと思ったが、重い上に価値が担保されるわけでもない。長らく封印されていたルイスも最近の金銭感覚までは知らず、1人で頭を悩ませることになってしまっていた。
「ファニーちゃんって元々旅をしてたんじゃないの?」
「うん、そうなんだけど。でも時間があるならちゃんと準備したいなって」
「ふ~ん」
地下でルイスと出会い、逃げるように旅に出た。今思えば、ほとんど準備もせずに世界のふもとへ行こうとしたのは無謀だったとも言える。
「あれ?」
「ん?」
アスチルベが急に立ち上がり、部屋の天井を見上げた。特に何かがあるわけではなく、綺麗に掃除された壁があるだけだった。
「ヴ~」
「へっ?」
喉を鳴らしながら警戒するという、今まで見たこともがない姿。一体どうしてしまったのかとファニーは困惑してしまう。
「来るよ」
「えっと、何が?」
天井の一点をずっと見つめ続けていた。エントの森でも、黒いゴブリンに襲われた時も、アスチルベがここまで警戒することはなかった。つまり、それ以上の何かが迫っているということ。
「ねぇア~ちゃん。教えて?みんなを逃がさないといけないかな」
「ううん。逃げなくてもいいよ。どうせ逃げられないし」
「ど、どういうこと?」
その意味をすぐに知ることになる。賢者よりさらに、おとぎ話でしか聞いたことのないような存在が王都へ飛来した。
◇
ファニーは王城から空を見上げる。ルイスにティーブ、アスチルベ、ゼンデや王城にいる全ての人達が、全員空に釘付けになっていた。
飛来したのは、黄金の翼を羽ばたかせる伝説。
ドラゴン。数々のおとぎ話の中で、最強の存在として語り継がれている種族。悠然と飛びながら黄金の鱗を輝かせる姿から目を離せる人などいない。
一生に一度目にすることすらできない種族。実在するということを、ファニーは未だに信じられないほどだ。
「これは予想外だな」
「ルイス?」
「あぁ、ファニーは初めてだったね。ラウレリンだ。古い友人だよ」
ドラゴンの名は、ラウレリン。ファニーが驚いたのは、ルイスが名前まで知っているということ。ずっと一緒で忘れてしまっていたが、賢者もおとぎ話の中の存在であることに変わりはない。
「黒の賢者ルイス。門で待ちます」
ラウレリンが発したのは、穏やかで優しい声。そして名指しされたルイスに注目が映る。
「お呼びみたいだな。ちょっと行ってくるよ」
「えっ?私もいい?」
「ま、まぁ良いけど」
アスチルベが逃げても無駄だと言ったことの意味を、ファニーは全身で理解した。ドラゴンを目の前にして本能的に理解させられたことは、逃げることすら出来ないほどの力の差。
(怖がったって意味ないから。それならいっそ)
ドラゴンが飛来した目的などわかるはずもない。これが最期になってしまうのか、それとも別の何かがあるのか。いっそ間近で見てみたいと願うファニー。
ティーブも一緒に行くことになった。ゼンデは遠慮すると言って見送るだけ。アスチルベはファニーのポケットの中に隠れるように入り一緒に行くことになる。
ラウレリンが待つ門へ向かう。王都の人々は騒然となっていて、ゴブリンに襲撃された時よりも混乱しているように見えた。それだけ、おとぎ話の中のドラゴンというものは畏怖の対象だ。
「久しいですね。ルイスさん」
「あぁ。まさかドラゴンが来るとは思わなかったよ」
「ふふふ。ここならきっと会えると思いましてね。時代が変わったものです。まさか人間が、賢者の復活よりもドラゴンの来訪に驚くとは」
ルイスの姿を見たドラゴンは早速話しかけてくる。世界のふもとへの旅がどうなってしまうのかと、ファニーは漠然とした不安を抱えていた。




