第40話~魔法の矢、そして油断~
門へ戻ると、既に乱戦状態となってしまっていた。ピクリとも動かない兵が何人か地面に倒れている。ファニーは無意識に唇を噛みしめながら奮闘しているゼンデのところへと走った。
「ファニー様!?なぜ戻られたんですか」
「な、なんでって、ちょっと作戦会議してたんです」
「作戦?無理です、勝てません。時間稼ぐのでお逃げください」
警備兵は防護柵を必死に守っていた。ゼンデは中心で檄を飛ばし、衛兵は指示に従って劣勢な場所に走る。ティーブはその戦場を狼のように駆け回り、防護柵の外へ出ていった。
「ア~ちゃん。お願い」
「は~い」
唖然とするゼンデに説明している時間はなかった。それだけ乱戦が激しく、この瞬間も倒れる人が増えていく。そんな戦いの中をファニーは進み、防護柵の上に立つ。
「ゼンデ!」
「はい?」
「外に人は?」
「おりません」
ゼンデは細かいことを聞いたりしなかった。寄ってくるゴブリンを優先して倒してもらう。ファニーはティーブによって集められているゴブリンを一瞥し集中した。
その一射を外すわけにはいかない。
最も効果的な瞬間を見逃さないように弓を構える。木製の装備が邪魔しているためか、ティーブの剣の通りは悪い。
「ア〜ちゃん、お願い」
「は〜い」
タイミングが迫っていることをファニーは見て取った。猟犬のように駆け回るティーブによって、ゴブリンは一箇所に集まっていく。
「いつでもいいよ」
「ありがとう。あとでちゃんとお礼するからね」
「ほんと?約束だよ」
矢に魔法の光が灯る。いつでも放てるように引き絞りながら、黒いゴブリンと目があった気がした。
(まずい)
命令を下すように黒いゴブリンは雄叫びを上げる。次の瞬間、ファニーに向かって押し寄せる魔物の波。
ティーブが割って入り、立ちはだかった。
剣を下から上に大きく振り上げる。衝撃によって大きく弧を描きながら吹き飛んでいくゴブリン。黒いゴブリンも巻き込み、放物線を描くように飛んでいく。
そのチャンスをファニーは見逃さなかった。着地点を見定め、弓を引き絞る。呼応するように矢がほのかに赤く光り輝く。
狙うのは着地直後。放たれた矢と、黒いゴブリンは全く同じ地点に向かって飛んでいく。
ドーン。
重く響く爆発音。ファニーは爆風でバランスを崩し、防護柵の上で転んでしまう。起き上がり様子を見ると、地面が大きく窪み、その中心で黒焦げの死体がいくつも転がっている。
(ティーブは?無事?)
魔法に巻き込まれたりしていないかとすぐに探す。ちょうど立ち上がるところで、爆風によって少し吹き飛ばされたようだったが怪我はしていない。
「ふぇ~。もうだめぇ」
「あっ、ありがとね」
フラフラになったアスチルベを手で包み、少しの間ファニーも目を閉じた。そして防護柵から降りる。まだ戦いが終わったわけではない。残党を倒し、門を守り、街を救う。むしろここからが本番だとファニーは思っていた。
「危ない!!」
それは、油断。
黒焦げの死体の山の中に、黒いゴブリンも含まれているだろうという希望的観測。ゼンデが叫ぶ瞬間と、防護柵を飛び越えられファニーの横に着地される瞬間は同時だった。
(ダメ。避けられない)
黒いゴブリンが棍棒を振り上げる。とっさに弓で身を守ろうとするが、あまり意味のないことだとファニー自身が一番よくわかっていた。
ファニーは後ろに引っ張られた。身代わりになって棍棒で打ち付けられるゼンデ。
「ゼンデ!」
吹き飛ばされたゼンデの体は防護柵に激しくぶつかった。衝撃音と吐血。喉を鳴らしながら威嚇する黒いゴブリンは、まだファニーの目の前にいる。
「ファニー様!!」
追いかけてきたティーブの剣が振り下ろされる。黒いゴブリンの棍棒がぶつかり合い、火花が散った。
(一度、落ち着かないと)
ゼンデに駆け寄ろうとしたファニーは冷静に状況を確認した。目の前にいる黒いゴブリンが、神輿に担がれながら最初に見た個体とは、どこか違う気がしたからだ。
弓を構えながら集中する。防護柵のこちら側もむこう側も、異常を探し続けた。
剣と棍棒はぶつかり続けている。洗練されたティーブの剣筋は、荒々しい棍棒の一振りに翻弄されていた。容易くゴブリンの体を切り裂いていた剣も、棍棒に弾かれてしまう。
「ティーブ!上!」
防護柵を乗り越えてくる影がさらに2つ。素早く矢を放ち迎撃するが、短剣と槍によってそれぞれ防がれてしまう。
棍棒と短剣と槍。3体の黒いゴブリンに対して、ゼンデは倒されてしまい、アスチルベは魔法を放った後でフラフラで、孤軍奮闘し続けたティーブは疲れ切っていた。
ティーブの剣が棍棒で弾かれた。その瞬間に槍で鋭く突かれそうになり、ファニーの矢が阻む。剣を構え直す前に短剣が懐に飛び込み、弓矢でまた阻止しようとした瞬間に棍棒が振り上げられた。
「くっ」
棍棒で吹き飛ばされたファニーだったが、ギリギリで弓を盾にすることができたので怪我はない。対してティーブは短剣で肩を刺されて出血してしまう。
ティーブの視線がファニーに向けられた。きっと、この場から逃げ出すことを考えているのだろうと想像できた。
(もう、しょうがないかもな)
1体だけでも手に余る黒いゴブリンが3体。ファニー達は全員消耗しているのに対し、相手はまだまだ余力を残している。
全力で逃げたとしても、逃げられる保証はない状況。弓がまだ使えることを確かめながら、引き絞ることはない。
(逃げるべきだったのかな)
攻撃を避けながら止血するティーブ。倒れたまま動かないゼンデに目を向けながら、逃げるという決断が脳裏をよぎる。
「ん〜。黒の賢者め。なによ今さら」
魔法を使い、今にも眠ってしまいそうなアスチルベの囁き。ファニーが顔を上げると、そこには黒の賢者ルイスの姿があった。