第4話~武器屋~
「そ、それで連れてきたのか?」
「だ、だって放っておけないし」
「そりゃ、いやなんでもない。疲れたろ、とりあえず休もう」
妖精騒動が一段落したことを感じ取った人々が徐々に街を賑やかし始めた。ファニーが気絶している妖精と折れた弓を持ってきたことにルイスは言いたいことがあったようだが、まずは休もうと近くの喫茶店を勧める。
(だけど悪い子には見えないんだよなぁ)
妖精をテーブルの上に横たわせる。
イタズラ好きで厄介者の妖精であったが、その小さな体の痛々しい姿を置いていくことをファニーにはどうしても出来なかった。追いかけっこにしても、迷惑と言われれば迷惑であるが、ただ遊んで欲しいだけにしか見えなかったからだ。
「これ、直せるかな?」
真っ二つに折れてしまった弓をティーブに確認してもらうと、少し確認されただけで首を横に振られてしまった。
「申し訳ありません。買い替えたほうがよろしいかと」
「そっか」
長年使い込んでいた相棒のような弓。世界を旅するために訓練を始めてから、いくつもの弓を持ち替えて最後に手にしたもの。初めて狩りに出た時から、ずっと使い込んできた。
(いつかは壊れるものだけど、こんなに早くだなんて)
世界を旅するのだから、途中で壊れてしまうかもしれない。叶うことならば旅の終着まで共にしたかった。
「ファニー、それより起きそうだぞ」
セピア色に見えていた景色が、ルイスの一言で色味を帯び始めた。妖精はピクリと起き上がり、可愛くあくびをしていた。
「ふわ〜ぁ。む〜」
妖精はあざが残った体を確認しながら口を尖らせている。飛ぼうとしているが、痛みで体が上手く動かない様子だ。
(フラフラって、とても痛そう)
今にも泣きだしそうな顔を我慢しながら、妖精はテーブルの上をよろめきながら歩いている。バランスを崩し倒れそうになってしまったところを、ファニーは指先でそっと支える。
「ん~。あんがと~」
「どういたしまして。ねぇルイス、この子を治療できたりしない?」
「よ、妖精を?そりゃ出来なくはないけど、でも大事な弓を壊されたんじゃ」
「弓は、また買えばいいから。それにほら、あんまり悪い子には見えないから」
ファニーの指にもたれかかりながら、妖精は痛みに耐えるように体を振るわせていた。妖精のことをよほど嫌がっているのか、込み合い始めた喫茶店の中で周りの席だけきれいに空席だった。
(わざと弓を壊したわけじゃないもんね)
追いかけっこに負けそうになり、逃げるために無茶をして弓を壊してしまった妖精。決して悪意を持ってやったことではないと知っているのはファニーだけ。
「ね。お願い」
「はぁ、わかったよ。でもな、人間が欲望から、ガーダンが従順から逃れられないように、妖精は自由から逃れられない。そのことは気を付けてくれ」
「わかった。ありがとう」
ルイスは小声で呪文を唱える。妖精の怪我はみるみる治り、次第に羽を元気に動かし宙に浮く。
(自由かぁ。なんだかうらやましいなぁ)
妖精について、ルイスの言葉が頭の中を反復していた。ずっと宮殿の中で息の詰まる生活を続けてきたファニーにとって、逃れたいどころか手に入れたいとすら感じるものであった。
「おお~。治った~。すごいすご~い」
「いいから、ファニーに礼くらい言うことだ。大切な弓を壊されたのに、助けて欲しいと言ってくれたんだから」
「ゆみぃ?」
元気を取り戻した妖精は周囲を飛び回り、そして折れてしまった弓の前で止まる。片手を添えながら、ファニーの顔を交互に見ていた。
「んっと、ごめんちゃい」
「いいよ。わざとじゃないんでしょ?もうイタズラしちゃダメだからね」
「は~い。それじゃぁ、また会おうね~。ばいば~い」
妖精が元気一杯に飛び去ると、待っていたかのように周りのテーブルが埋まっていく。珍しいものでも見るかのような周囲の視線をファニーは感じ取っていた。
(な、なんかすごい目立っちゃってる)
令嬢であり、地下に封印されていた賢者と城から逃げ出して旅をしているファニー。すぐに身分がバレるわけもないが、無駄に注目されたくもない。
「と、とりあえず、ここから出ない?」
「そうだな」
店から出ると、妖精から解放された活気のある街になっていた。ファニーは折れてしまった弓を、まだしっかりと両手に持っていた。
(新しいの買わないと)
狩りによって路銀を貯めようと考えていたファニー。武器が無ければ大物を狩ることは難しい。
「ねぇティーブ。武器屋の場所ってわかる?」
「はい。こちらになります」
ティーブに案内され、向かった店は街で一番大きな武器屋。綺麗に整頓された店内は、ピカピカ磨かれておりたくさんの種類の武器が整然と並んでいる。
(う〜ん、なんだろう。コレじゃない感がすごい)
ファニーが武器屋に入るのは生まれて初めてだった。もっと汚い場所を頭に描いていたが、イメージとかけ離れた店内。入口で立ち止まっているところにルイスが声をかけてきた。
「ファニー?どうかした?」
「ううん。なんでもない」
店に入ったファニーは自身が使うための弓を探す。並べられていた弓を順に試すが、納得のいく弓はない。
(これしかないのかな。ちょっと軽すぎる)
弓の弦の張り具合にファニーは満足できなかった。重ければ重いほど矢を強く放つことが出来る。全ての弓を試したが、一番重い弓すら納得のいくものではない。
「あの。すみません」
「いらっしゃいませ〜。いかがしましたか?」
「えっと、もっと重い弓ってないですか?」
「へ?」
店員は疑いの眼差しを浮かべていた。話によるとファニーが一番重いと感じた弓は、男性でも扱える人はほぼいないらしい。だから女性に扱えるわけがないとまくしたてるように話す店員。
(そんなこと言われてもなぁ)
ファニーは弓を軽々と引き絞った。それを見た店員は驚愕の表情を浮かべている。
「う、うそでしょ。あっ、すみません。当店で一番重い弓がこちらになります。失礼ですが、以前はどのような弓をお使いになっていたのですか?」
「前のは、女性用のはずですけど」
店員は目を丸くしている。武器の扱い方はティーブから習っており、前に使っていた女性用の弓もティーブから手渡されたものだった。困ったところでルイスとティーブが合流する。
「ねぇティーブ。私の弓って、女性用って言っていたよね?」
「はい。以前お使いになっていたものは女性用です」
「ガ、ガーダン?も、もしかして王族の方ですか?」
広く知られていることではないが、従順な種族であるガーダンは要人警護として重宝されている。そしてファニーにとって不運だったのは、この武器屋は王族の近衛兵と取引があるということ。なので店員はガーダンのことをよく知っていた。
(あっ、この人知っている人だ。どうしよう、ごまかさないと)
ファニーは王族などではなく令嬢にすぎないが、それでも身分は高い。とっさにシーッとジェスチャーした。
「ちょっとした視察なんです。くれぐれも内緒で」
「は、はぁ。いえ、失礼しました。承知いたしました」
「なぁファニー、前に使っていたのってガーダン用だったんじゃない?」
「え?あっ」
ティーブに確認すると、ルイスの指摘通りだった。女性というのはガーダンの女性のことで、そしてガーダンという種族は人間より遥かに身体能力が高い。ファニーが人間の男性用の弓で満足できないのは無理からぬことだった。
「な、なるほど。ガーダン用ですね。大変申し訳ございません。当店ではガーダン用は取り扱っておりません」
「そ、そうなんですか?」
「申し訳ありません。ガーダン用の武器はなかなか手に入らないものでして、一応ご案内はいたします」
謝りながらも店員はプロであった。ガーダン用の武器が手に入るかもしれない方法を説明される。それは街の外れのドワーフの工房に行けば手に入るかもしれないというもの。少し前に閉店してしまったらしいが、頼めば作ってもらえる可能性はあるということだった。
「へ〜。ドワーフかぁ」
北に住むドワーフは鍛冶が得意な種族。人間の街で暮らすことはほとんどないが、まれに物好きなドワーフが工房を開くことがあった。
(閉店しちゃったのか。でも行くだけ行ってみようかな)
店員によると閉店したのは本当に最近のことで、ドワーフ本人はまだ街に残っているとのことだった。
「わかりました。ありがとうございます。とりあえず行ってみようと思います」
「お力になれず申し訳ありません」
店を出たファニー達はドワーフの工房へと足を向ける。店員の心の内に、ファニーは最後まで気付けないでいた。