第35話~戦火が広がる中を~
「よし。準備できたよ」
ティーブと合流し、自分の部屋に入ったファニー。急いで装備を整えて王都へと向かう。
「ファニー様。本当に行くのですか?」
「そ、そうだけど」
普段お願いに疑問を挟むことのないティーブ。今日に限っては何度もファニーに思いとどまるように進言していた。
(なんだか新鮮だな)
自室で待機していたティーブは、ファニーの顔を見た途端に表情が明るくなり、ゴブリンと戦うために準備すると言ったとたん暗くなり、今もずっと落ち着かない。
今まで見たことがない様子を、ファニーは本当の友達になれたかのようで嬉しかった。
「そんな顔しないで。大丈夫だから」
「はい」
気乗りしていない様子のティーブと共にゴブリンに襲撃されて混乱している王都を進む。ゼンデが道案内のために先頭を行き、アスチルベは興奮している。
(なんでこんなことに)
見慣れているはずの街の様子は一変してしまっていた。あちこちから聞こえてくるのは悲鳴と混乱の声。実際にゴブリンに襲われているというわけでもなく、パニックに陥った人同士で傷つけあってるだけだった。
「ひどい」
「ファニー様。優先順位を間違えないように。今は門の死守が急務です」
「わ、わかってますよ」
群衆を避けるように破壊されてしまった門へと急ぐ。途中で助けを求められる声も聞こえてくるが、手助けしたい気持ちを押し殺しながら走る。
(みんなごめん)
火の手が上がってしまったのが大きい。逃げ場を求めて冷静さを欠いている人が多い。
どうしても我慢しきれなくなったファニーは急停止した。
「ファニー様?急ぎませんと」
「ゼンデ。この人たちを王城に入れましょう。あそこが一番安全です」
「んん?」
王侯貴族が逃げ出した王城は、もぬけの殻だ。逃げ場がないという状況は変わらないが、それでも城の中の方が安全である。
「しかし、この人数は」
「いいじゃないですか。どうせ誰もいないんですし」
「ふぅむ。後で何を言われるかわかりませんよ」
「いいからやって下さい」
「承知しました。ですが門の死守が最優先なことは変わりません。先を急ぎましょう」
ファニーは再び走り出す。ゼンデの子飼いの兵士の中から、なんとか手を空けられる人を集めて対応させるとのことだった。ゴブリンから門を守ろうと必死な兵士達。
いち早く門での戦いを終わらせることが、結果的に人々を救うことにつながる。ファニーはそう信じながら走り続ける。
本当なら傷つくことのないはずの人達が、パニックのせいで傷ついている。見て見ぬふりができるようなファニーではない。
だからこそ、早く参戦したい衝動を抑えられない。
ファニーでなければ見えないであろう距離まで門に近づいた。他の人には真似できないことだが、弓で十分に狙える距離。
「ティーブ、先に行って。ちょっと射込んでから追いつくから」
「か、かしこまりました」
最前線にティーブを急がせながら、ファニーは周りの家の外壁を駆け上がり、屋根の上に飛び乗る。そこからは兵士とゴブリンの戦いが良く見える。
(なんだかティーブがいつもと違う。って集中しないと)
黒い煙はさらに大きくなっており、街の中にまで燃え広がってしまっているほどだ。いつもと違って返事にためらいのあるティーブのことを気にしないようにしながら、弓矢を構える。弓矢で狙うのに適した状況とは言えない。それでもゴブリンが集まっている場所に射かければ損害を与えられる。
「手伝おっか?」
「えぇ!?」
弓矢に集中しているファニーにアスチルベが突然話しかけた。手伝うというのは、魔法を使うことに他ならない。
(ア~ちゃんの魔法は、今は使えないかな)
アスチルベの魔法は威力が大きすぎる。今使ってしまえば、多くの味方を巻き込んでしまう。
アスチルベの魔法は一発しか使えない。今まで使った直後に疲れて眠ってしまっており、使いどころを見定めないといけない。
「だ、大丈夫。ありがとね」
「そ~お?」
そしてファニーは深く集中した。
放たれた矢は吸い込まれるように飛び、そして穿つ。すぐに次の矢を準備し、襲撃するゴブリン達の一角を壊滅させるまで矢を射続ける。一息ついたファニーはゼンデのところへと戻った。
「お待たせしました」
「はぁ。物凄い音でしたが?」
「そうですか?いいから行きましょ」
ティーブが先行した最前線に、ファニー達は急ぐ。火の手はついに街にまで伸びてしまい、黒煙が次第に濃くなっていった。