第31話~森の異変~
「やったね、ティーブ。火起こしお願いしていい?」
野営のためのテントを張り、食事のために火を起こす。ゴブリンに見つかる可能性が高まるが、柔らかい食事を作るためには仕方がない。持ってきた食料のいくつかと水を使いスープを作った。
(ア~ちゃんの魔法を使えたらなぁ)
もし転移魔法を自在に使えるのであれば、とても楽ができる。だが残念ながら、そこまで都合よくはいかない。
作り終わったスープを食べさせようとするが、ロバートはかなり衰弱しており喉を通らないようだ。ただ静かに救助を待っていれば、こうはならない。ファニーは内心呆れながら、今後のことをティーブと相談する。
「ゴブリンは大丈夫かな?」
「今のところ問題ないようです」
小さい手でロバートを殴り始めたアスチルベ。手で包んで止めながら、夜の帳が下りた森の中をよく観察する。夜行性であるはずのゴブリンが追いかけてくる気配が全くない。
「ファニーちゃん。どうかしたの?」
「う、うん。あれだけ派手に戦ったから、てっきり追いかけてくると思ったんだけど。でもそんなこと全然ないし、なんでだろうなって」
料理をし終えた火が小さくなる。淡く照らし出された森は、不気味なほど静かだ。
(気にし過ぎかなぁ)
積極的でないというだけで、近づけば襲い掛かってくる。遠くのゴブリンが寄ってこないというだけで、単に見失っただけかもしれない。
「う~ん。わかんな~い」
「だよね。まっ帰ってから考えた方が良いだろうね」
優先すべきはロバートを運びながら無事に帰ること。ゴブリンのことを調べる余裕はなく、どうしようもない。本当にただ気付かれていないだけで、これからどうなるかはわからない。
「ねぇティーブ。ここから運んで帰れるかな?」
「それは、少々危険かと。弱っているように見えますが、怪我はないですし食事も食べられています。回復を待って、せめて1日起きていられるようになってからの方がよろしいかと」
なんとかスープを食べさせたロバートは気絶するように眠っている。ゴブリンもいるので、あまり長い時間待つことはできない。歩けるまで回復するかは未知数であり、歩けたとしてもかなり遅いと思われる、それでも抱きかかえるときに掴まってくれるだけでも楽になる。
決めるのは明日になってから。今日は休むことになる。ゴブリンに襲われるかもしれない夜。警戒しながら、いつでも戦えるようにしながら、一晩を過ごした。
◇
「なぁ、これなんとかならないのか?」
「文句言わないで下さい」
翌朝、ロバートは思いのほか元気に回復した。それでも足場の悪い森の中を歩くには怪しい様子。仕方がなく交代で抱えて森を進んでいくが、ファニーに抱えられているときだけ嫌がっている。
「女性に抱きかかえるだなんて、屈辱だ」
「じゃぁ自分で歩きなさい」
「それができないから困っているんだろう」
ファニーにお姫様抱っこされるロバート。昨日は気絶していて静かなものだったが、今日は一転して騒がしい
(ああ、もう。ずっと文句ばっかり言って嫌になっちゃう)
こんな時にルイスがいてくれれば助けてくれただろう。ゴブリンが見つかるかもしれないと何度言い聞かせても静かになる気配はない。
「た、頼むから人前ではガーダンにしてくれよ」
「はいはい。わかりましたよ」
今は誰もいない森の中。それでも見られていないかロバートは辺りをキョロキョロと見回している。
(なにをそんなに心配しているんだろう)
人に見られたとして、だからなんだというのか。口だけは元気一杯で、ならば自分で歩けばいいのにとファニーは思う。しかし足元がフラついているのも事実で、そういうわけにもいかない。
「あはははは。お姫様抱っこされてる〜。あははははは」
「こ、この。んー」
「ア~ちゃん?あんまりからかわないの」
ロバートは拳を振り上げようとして下げる。妖精の姿を見て体を小さくしていた。
(私には好き放題言ってるのに)
転移魔法を受けた恐怖から、妖精にはなにも言えないようだ。ファニーは放り出したい気分になりながら歩き、先を行くティーブの足が止まっていることに気づかなかった。
「ティーブ、どうしたの?」
「いえ。気のせいかと思いますが、ルイス様がおられた気がしまして」
「えっ?」
ティーブは森の奥を指差す。そこには誰もいない。葉が風に揺られながら寂しい音を鳴らすだけ。
(どうしてこんなところに?)
世界のふもとに向かっているはずのルイス。こんな森の中を彷徨っているはずがない。しかしティーブは冗談でそんなことは言わない。
「ちょっと座ってて下さい」
「お、おい。なんだよ」
うるさいロバートを地面に座らせ、ファニーは周囲の探索に全力を注いだ。もしいるのであれば、早くルイスを見つけたい。
「なぁガーダン。ファニーはなにをしているんだ?」
「探索中です。かなり遠くまで調べているようです」
「はぁ?遠くって、どれくらい?」
「あちらに見える丘の辺りまでです」
「おいおい、冗談だろ?そんなの一流のハンターしかできないはずだぞ?」
静かに答えるティーブと異なり、ロバートの声が大きい。探索できないわけではないが、気が散ってしまう。
(静かにしてくれないかなぁ)
一流のハンターかどうかは今はどうでもいい。今できることをしているだけで、なんとか集中を保とうとするが、口だけは元気のようで会話は終わるどころかエスカレートしていく。
「ア~ちゃん。終わるまでこの人が喋らないようにしてくれない?喋ったら好きにしていいから」
「本当!?任せて、ファニーちゃん」
「お、おい。あっ」
どうしても集中できないファニーはアスチルベにお願いした。妖精を怖がっているロバートに効果抜群だ。
(やっと静かになってくれた)
深く息をしながらファニーは探索を再開する。その範囲は森のほぼ全域にまで広がっていく。そして探索を終えたファニーは、ルイスを見つけられず、代わりに森に潜むゴブリンの数に驚愕していた
嘘。まだ遠いけど、こんなにたくさんいるの?通ってきた道の近くにも何体かいるし、気付かれなかったのが信じられない。
「ティーブ、大変。この森、ゴブリンの数が尋常じゃない。それに囲まれそう」
「な、なんだとぉ。どうすんだよ。なんでわかんなかったんだ!」
「あはっ。喋ったぁ♪♪」
「ちょ、ちょちょちょちょ、ちょっと待て。これはし、か、た、が、ないんだ。その手をおろせ」
アスチルベが嬉しそうに魔法を放とうとした。喋ったロバートが悪いのだが、調べている間に黙ってもらいたいだけであり、本気で怒っているわけでもない。
「ア~ちゃん、ちょっと待って」
「え~?だってコイツ喋ったよぉ?」
「話が変わったの。ありがとうね」
「む~。つまんな~い」
不機嫌になってしまったアスチルベはファニーの頭の上に戻り不貞腐れてしまった。それでも聞き分けてくれて良かったと思いながら、ティーブと向き直る。
「ティーブ、急ごう。この人をお願い。ゴブリンが出たら放り出していいからね」
「かしこまりました」
何か言いたげなロバートをティーブに預け、なるべくゴブリンを回避するようにファニーは走り出す。
(ティーブに運ばせているんだから、文句ないでしょ)
行く先にもゴブリンおり、気付かれる危険は高い。ルイスは見間違いだったようだが、そのおかげで事前に察知することができた。
森を駆け抜けて、何体かのゴブリンに気付かれて襲われながらも急いでいく。不思議なのはゴブリンが集まってこないこと。近づけば襲ってくるだけで、仲間を呼んだりすることもなく、そのおかげで囲まれるということはない。
まるで何かに取りつかれたかのようなゴブリンは、命令を待っているかのように動きが鈍い。
そんな不思議なままに森を進み、脱出した。
森の異変に胸騒ぎを覚えながら。何か良くないことが起こってしまう予感を感じながら。
 




