第29話~森へ行く道中~
「では参りましょうか」
「へっ?ゼンデが御者なの?」
「いやぁ。なにぶん王都には信用のできる者が少ないですからなぁ。誰も手が空いていないんですよ」
「ほめてはいないんですけど」
どうしてか照れた仕草のゼンデ。用意されていた馬車に、ゼンデが乗ることも意外だったが、しかも御者としてだった。ティーブに任せられるとファニーは言うが、自分でやるとてこでも動かない。
(まぁ助かるけど)
ロバートが転移してしまった森への道中。ファニー達は馬車の中でゆっくりくつろぐことができた。
しばらく馬車での移動が続き、ふと思い立ったファニーは御者台に座る。
「おや?どうされましたか?」
「う~ん。暇してるかなって」
太陽が一番高くまで上がり、野花が風に揺らされるお昼時。舗装されている平らな道を、馬車は真っすぐ進む。
「ちゃんと仕事してるんですがねぇ」
「そ、そういう意味じゃなくて」
「くくく。存じてますよぉ」
意地悪な笑みを浮かべるゼンデと頬を膨らませるファニー。生暖かい風が吹く中、2人は思わず気の合う仲間同士のように笑いだしていた。
「でもここまでしてくれるなんて、正直意外でした」
「そうですか?適材適所というやつですよ」
「もしかして一緒に戦ってくれたりして」
ゼンデはしっかりと剣も持っていた。他の装備は心もとないが、少なくとも戦う意志はみてとれる。
(戦ってるところ、見てみたいなぁ)
机に座って策謀を巡らせているだけの男。ゼンデに対する印象はどうしてもそれが強い。ただ馬車の御者を買って出るという意外な側面から、戦いだしてもおかしくないのではとファニーは感じていた。
「ご心配なさらずとも、森で足手まといになったりはしませんよ」
「足手まといだなんて、普通に戦えますよね?」
「ご冗談を。この国の最強戦力と肩を並べるなど不可能ですよ」
薄ら笑いを浮かべながら座る姿が似合っているというだけで、ゼンデは鍛えられた体を持っている。ずっと御者をし続けられる体力からも、王侯貴族のようなだらしのない生活をしていないのは明白だった。
「最高戦力って、言い過ぎじゃないですか?」
「いえいえ、ご謙遜が過ぎますよ。私としてはファニー様が人類最強と言われても納得できますがね。あの索敵能力にガーダンの弓。並びたてる者などそうはいませんよ
「は、はぁ」
「本当に自覚がないようですね。まっ、周りが強すぎるといいますか、人外しかいないんで仕方がないのでしょうが。魔法を使える賢者に、本物のガーダン、それに何故か協力的な妖精。よくもまぁ、これだけの戦力が揃ったものです」
ファニーは後ろを振り返る馬車の中を見る。剣の手入れをしているティーブと幸せそうに眠っているアスチルベ。2人と比べて、自分は決して見劣りするわけではない。そう言われた気がして心が躍っていた。
「それで、この間の話。考え直してはもらえないでしょうか?」
「この間?」
「国を乗っ取らないかという話です。そもそも年々魔物の被害が大きくなっているというのに悠長すぎるのですよ。ファニー様に統治いただければ嬉しいんですがねぇ」
ゼンデが問いかける。馬車を引く馬を叩くムチに、怒りのような力がこもっている気がしていた。
(まだそんなことを?)
一度断った話。余命3年という短い時間で達成するには無理のあること。
「でも私は、国を捨てようとしたんですよ?」
「それがなにか?こんな国、捨てたいと思う方が当然です」
「あ、あと3年しか生きられないですし」
「今すぐ手を打たねば、手遅れになるのですよ。ファニー様に協力いただけなくても、私はやりますよ。ですがね、世の中というものは正統に弱いんです」
剣を抜き、空へ掲げるゼンデ。格好よく日光を反射して光ろうという瞬間、タイミング悪く馬が鳴き声をあげながら止まってしまった。
「ふっ、やはり似合っていませんか」
「そ、そんなことは」
「お気遣いは結構です。ファニー様は向いていると思うんですがね。面倒なことは私に全て任せてしまえばいい」
「え、えっと」
剣を置き、馬車を降り、馬の様子を見に行くゼンデ。その剣をファニーは手に取る。磨かれた刀身に自分の顔が映った。
(そんなこと、考えてもみなかったな)
空に掲げたりはせず、剣を鞘に納める。ファニーにはゼンデのような志はない。だが、1人の弓兵として魔物と戦うのは悪くないのではと感じるだけだった。
世界のふもとの代わりになどなるはずもないが、余生の過ごし方として最悪ではない。
「私も手伝います」
馬をなだめるのを手伝い、また出発する。
それからは、特に何事もなかった。ロバートが転移した森に到着し、森の奥へとどんどん進んでいく。森を抜け、昼休憩をし、見逃すことのないように注意し続けた。
しばらく捜索を続け、ゴブリンが集まっている場所を発見した。ファニーは胸騒ぎを覚えながら近づくと、倒れている人影が1つあった。