第3話~妖精と追いかけっこ~
「こんちゃ〜」
小さな妖精は飛びながら、満面の笑みで挨拶している。片手を大きく挙げていて、ハイタッチを求めているかのようだ。
(か、可愛い。けど、どうやってここに?)
遠目ではなく近くで見ると、なお愛らしさが際立つ。と同時に一瞬で移動したことに、ハイタッチで手を重ねたくはない気持ちを抱いていた。
「ん〜?」
「ファニー、大丈夫だよ」
「そ、そう?」
ルイスは鏡の盾を消しながら、妖精に応じるように促した。ティーブは既に剣を収めてしまっていた。恐る恐るファニーが手を伸ばすと、その指を妖精が掴む。
「へ〜、ファニーちゃんって言うのね」
「こ、こんにちは」
「ふふ〜ん。む〜」
ファニーの手の上に乗りながら、その目を覗き込むように見る妖精。目の端でルイスの姿を追いながら、固まったまま動けなくなってしまっていた。
(え、えっと、逃げたほうが良いのかな。でも大人しくしたほうが良いってことみたいだし)
多くの人が逃げ出し、ルイスも逃げた方が良いと言い出した妖精。なのに今は、要求に従っているだけ。逆らわないほうがいいのだろうかとファニーは悟っていた。
「あんな遠くから見えてたの〜?」
「えっと、うん」
「へ〜。ファニーちゃんって不思議だね。おっもしろ〜い。む〜、人間じゃない血が混じってるよね〜。なにこれ」
人間ではない血。その言葉がファニーの頭の中に何度も響く。
(それって、私の余命と関係あるんじゃ)
心臓が早鐘を打ち、先程まで持っていた警戒感はどこかに消え去っていた。20歳までしか生きられないという、普通の人間とは違う寿命を持つファニー。人間ではない血が、その原因かもしれないと考えるのは自然なこと。
「ね、ねぇ。その血って取り除けたりしないかな」
「ん〜?なんで〜?」
「それはね、」
「ぶ〜。そんな難しいことできないも〜ん。それよりファニーちゃん、あっそぼ〜」
妖精はまた一瞬で消えてしまう。その姿を追うと、空を飛んでいる姿がすぐ目に入る。そして、その横にあるのはファニーの弓。
(えっ?いつの間に)
ファニーが持っていた自分の弓が無くなっていた。
「追いかけっこしよ。捕まえられたら返してあげる」
そして弓とともに妖精は飛んで行ってしまう。あわてて捕まえようと伸ばしたファニーの手が空を切る。
(お、追いかけっこって)
ルイスに言われていた妖精はイタズラ好きだという言葉が、ファニーの頭の中に何度も打ちつけられる。
「ティーブ、手伝って」
「いや待って。妖精はファニーと遊びたがっているみたいだから、他人が手を出さないほうが良い」
「そ、そんなぁ」
遠巻きに様子を見ていた群衆が急に騒がしくなっていた。ルイスは軽くため息をつき、妖精が飛び去った虚空をジッと見つめていた。ティーブはすぐにでも妖精を追いかけられるように準備している。
(みんなが嫌がる理由が、わかった気がする)
妖精は自分の望みが叶わないと不機嫌になり、どんなことをするのか見当もつかなくなってしまうらしい。
一番の対処法は、妖精が満足するまで付き合い続けるということ。逆に言えば、満足してもらえるまで要求に従わなければならないということ。
「ま、まぁ追いかけっこ程度なら危なくはないだろうから」
「ん〜」
「そんな顔しないでくれって」
「む〜。わかった」
ファニーは意識を集中し、妖精の姿を追いかけた。街を歩く人影は1つもない。人々は逃げるか、家に閉じこもるか、とにかく巻き込まれないようにしていた。
(どこに行ったのかな)
広い街の中で小さな妖精の姿を探すのは困難だったかもしれない。だが今は、空を飛ぶ弓という異物を探せばよいので楽でいい。
「見つけた。じゃっ、行ってくるね。ティーブは待ってて」
空飛ぶ弓、などという特異なものはすぐに見つかった。それほど遠くに行っていないことにファニーは安堵しながら、近くの屋根の上まで跳躍する。
「まったくも〜」
屋根から屋根に跳び移り、風をきって妖精を追いかける。いつも持っている弓が無いことに寂しさを覚えながら。
(早く準備を進めたいのに)
これから旅が始まるというときに、完全に寄り道になってしまっていた。早く終わらせようとファニーは思いながら、視界に入った弓に狙いを絞る。
「見つけた」
「わ、わっわわわわわ」
屋根から飛び降りる。壁を何度か蹴りながら、弓が飛んでいく先に着地。それを見て急停止する妖精。
(逃さないんだから)
通せんぼするようにファニーは両手を広げる。そのまま妖精と弓を同時に捕まえようとした腕は空振ってしまった。
「あっぶな〜い。やるね〜」
「えぇ〜。捕まえたと思ったのに」
もう少しで捕まえられた瞬間に、妖精は急上昇してその手から逃れていった。ファニーがまばたきをすると、途端に妖精の姿は消えてしまう。
(まただ。でも今度こそ)
再び意識を集中したファニーは、弓を再び見つけ出す。すでに建物をいくつも越えた先に移動していた。
「どうやってあんなところに」
1つ呟きながら、ファニーは再び屋根づたいに跳んでいく。空を飛ぶ妖精と、屋根を跳ぶファニー。何度も捕まえかけて、何度も逃げられ、何度も遠くに消えてしまう。
「へっへ〜ん。ファニーちゃん、すご〜い」
「も〜。ちょっとズルいよ」
空を飛べるだけでも追いかけるのに苦労するのに、加えて瞬間移動のように遠くに逃げられてしまう。
(次こそは)
体力の限界を感じ始めたファニーは、残っていた矢を手に取る。何度目かの捕まえられるチャンス。空を飛ぶ弓を確認すると、行く手を阻むように矢を投擲していった。
「わわわ」
「はい。私の勝ちね」
「うわ〜」
矢から逃れるように上昇した妖精の背後にファニーは回り込む。方向転換した直後で逃れることは出来ず、追いかけっこは決着した。
「おお〜」
「捕まえちゃった。それじゃ、私の弓を返してね」
「ふふ〜ん。ま〜だっだよ〜」
「へっ?」
捕まえていたはずの妖精の姿が消える。
ボキッ。ベシッ。「ワキャッ」。ドン。
次の瞬間に聞こえたのは、何かが折れる鈍い音。ムチに打ち付けられたかのような音。妖精の悲鳴。壁にぶつかった音。
(な、なに?)
ファニーが周りを見ると、折れてしまっている弓と、壁の下で仰向けに気絶している妖精。
瞬間移動先を間違えて弓が折れてしまい、折れた反動で暴れた弓が妖精の小さな体を弾き飛ばし、壁にぶつけられて気絶したのだろう。ファニーはそんなふうに考えていた。
「だ、大丈夫かな?」
ファニーは気絶している妖精を手に取る。弓と壁、2度も強く打ち付けられていて、大きなアザとなってしまっていた。
(い、痛そう。だけど、良かった。折れたりはしてないみたい)
小さな体を気づかいながら確認すると、幸い骨まで折れていることはなかった。むしろ重傷なのは、ファニーの弓の方だ。
「これからどうしよう」
弓は真っ二つに折れてしまっており、修理でどうにか出来る状態ではない。とんだ災難になってしまったとファニーは思いながら、折れた弓と投げた矢を回収し、妖精を手に抱えながらルイスとティーブが待っている場所へとトボトボと歩いていった。
 




