第22話~連れ戻される令嬢~
ファニーは王城へと戻されることになってしまった。世界のふもとへ行きたいという夢を抱きながら育った城。夢が破れてしまった城。地下でルイスと出会い再び旅立った城。
衛兵に囲まれながら馬車に乗り込むところを、街の代表に見送られた。弱々しく手を振るファニーのことを馬車の外から唇を嚙みながら見守ってくれた。
すまない。別れの直前に代表に小声で言われた言葉。あれだけファニーに対して強気だった代表が、孫に怒られた祖父のように悲しみに満ち溢れた表情だった。
そして王城からの使いを睨みつける代表の目は、大物の獲物を目の前にした狩人のように闘志で溢れていた。
一緒に乗っているのは独りでずっと窓の外を眺めているルイスといつもと同じ様子のアスチルベ。ティーブは馬車の御者として外にいる。
馬車に揺られて街道を行くだけの楽で静かな旅。一言も喋らないルイスとファニーの顔を、アスチルベは交互に見つめている。しばらく静かな時間が流れたが、我慢できなくなったようだ。
「ねぇねぇ。どこに行くの?」
「この国の王都よ」
「ふ~ん。なんで?」
「なんでだろうね」
王都。それはファニーにとって帰りたい場所ではない。やっと始まったファニーの人生の、終わりを意味している場所。
「ぶ~」
雨が屋根に打ち付ける。まるで葬式に向かう途中のように静かな馬車の中。
(ア~ちゃんって、どこまで話を理解しているのかな)
望んで馬車に乗っているわけではない。ハッキリと伝えたわけではないが、その気持ちをアスチルベは敏感に感じとっているのだろう。頬を大きく膨らませている妖精の頭を、ファニーは静かに撫でていた。
「どうしたの?」
「む~。黒の賢者が悪いんだぁ~」
ファニーの手を振り払いながらアスチルベは暴れだした。ルイスは少しだけこっちの様子を見てから、また雨模様の景色を眺めだしてる。
(私はまだ良い。だけどルイスは)
夢が破れるだけですむファニーとは違い、ルイスは一体なにをされるのか。また封印しなおされてしまうのか、もしくは今度こそ殺されてしまうのか。どう転んでも王城の人たちが友好的だとは考えられなかった。
「そっとしておいてあげて」
「え~。だって~」
「だってじゃない」
静かにするようにとアスチルベを手の中に入れる。ルイスはずっと外の景色を眺めていた。
(私は我慢するだけで良い。だけどルイスは違う)
たとえ世界のふもとへ行けなかったとしても、世界を旅することができなかったとしても、ファニーにとっては元の生活に戻るだけのことだった。戻りたいわけではないが、戻って害されるわけでもない。
「ねぇ、ルイス」
「ん?」
「ありがとう。ここまで連れてきてくれて」
ルイスは窓から目を離し、ファニーに顔を向けた。雨は降り止むどころか激しくなっていく。
「どういう意味だ?」
「それは、もうここまでで良いかなって」
「なにが良いんだ?」
ファニーは深く息をした。これから言おうとしていることは、本当は言いたくないこと。言ってしまっては、本当に旅が終わってしまうこと。
(それでも、ルイスの足を引っ張りたくないから)
ルイスの目的はファニーと同じ、世界のふもとに行くこと。そのために封印された力を取り戻すこと。ファニーが1人で世界を旅することは難しいが、ルイスは1人でも世界を旅できる。なぜなら鏡の魔法を使える黒の賢者なのだから。
「私は良いの。世界のふもとへ行けなくても。だから、気にしないで」
再び静寂が訪れた。空気を読んでいるのか、アスチルベもなにも言わない。ルイスだけなら馬車を取り囲む衛兵の制止を振り切って旅立てるとファニーは考えていた。
「ファニーも、旅したかったんじゃないのか?」
「それは、そうだけど」
夢を諦めたくない。だけどルイスの邪魔もしたくない。
ファニーにとって、苦渋の選択だった。最後まで夢にしがみついてルイスを巻き込むよりも、自ら手放すべきだという決断だった。
「うりぁぁぁぁぁ」
「イテ」
「えっ、ちょっ、ア~ちゃん!?」
アスチルベが突然飛び出し、そしてルイスの額に突撃した。ファニーが慌てて手を伸ばし捕まえ直すが、激しく暴れられて抑えるのに苦労していた。
「ファニーちゃんを悲しませるな〜!お前、賢者なんだろ?魔法を使えるんだろ?ならなんとかしろ!」
「ちょっと、落ち着いてってば」
手足をバタつかせて暴れるアスチルベと、両手で押さえるファニー、そしてしっかりと座り直すルイス。
「ファニー。これは良い機会だ」
「へっ?」
「成り行きで一緒に旅することになってしまったけど、もう一度ちゃんと考え直した方が良い。エントとの出会いでよく分かっただろ?世界を旅するってことは、同じくらいの、いやあれ以上に危険な場所を進むことになる。だからもう一度考え直した方が良い」
ルイスの言葉を聞いたファニーは、これ以上激しくならないはずなのに、一段と雨が激しくなったような気がした。決して聞きたくないわけではないが、今聞きたいことではないという絶妙な内容。考える必要のあることと理解できるが、考えていていたこととはズレていること。
どうしてズレていると感じたのか。その理由はファニーの中でボンヤリとしている。そしてズレているルイスに、アスチルベは我慢できないようだった。
「んぁ~~~。ダメダメ賢者。鈍感。アホジジイ。バ~カバ~カバ~カ。ファニーちゃんはね、ファニーちゃんはお前のことが好、」
「あぁぁぁぁ。それはいいから。じゃぁルイス、この話はまた後でね」
「あ、あぁ」
余計なことを言おうとしたアスチルベの口をギリギリで塞ぎ、胸にポッカリと穴が開いた気分のファニーは話を強引に終わらせた。
馬車は順調に街道を進んでいく。見えてきたのは懐かしい王城。夢が破れた城は黒く厚い雲に覆われている。だがファニーは、今いる馬車の頭上の方が黒く厚いのではと感じていた。




