第21話~旅の終わり~
「ファニー、大丈夫か?」
「う、う~ん」
揺り起こされるファニー。薄く目を開けると、雲に覆われた空と顔を覗き込むルイス。起き上がろうとして、体が上手く動かないことに気付く。
「あぁ、じっとしていて」
「えっ?痛ッ」
ファニーは右肩に強い痛みを感じた。上手く動かせないのは、布を巻かれて固定されているから。
「まだ応急処置しかできていないから」
「う、うん」
右肩はエントの枝のムチで激しく打ちつけられた箇所。血を流した所までは覚えているが、必死だったからかここまで酷い傷だとは気付いていなかった。
(こんなに怪我していたんだ)
大人しく横になりながら、ファニーは無事な左手を眺める。大きな怪我こそ無いものの、あちこちの切り傷やすり傷で血が止まらない場所がいくつもある。
「ごめん。もう治療するものが無くて」
「ありがと。大丈夫」
「それは、良かった。さっきアスチルベが呼びに行ったから、すぐにティーブが来てくれるよ」
少しずつ晴れていく意識の中で、直前のことをファニーは思い出していた。エントの猛攻撃から鏡の盾に守ってもらい、そのままルイスに掴まって脱出したこと。その時にアスチルベも一緒だったこと。
「ア~ちゃんは?大丈夫なの」
「まぁな。エントの森は妖精にとって楽園みたいなもんだからね。ピンピンしてたよ」
「そっかぁ」
エント。ファニーの脳裏に浮かぶのは怒りで荒れ狂う姿。世界のふもとを目指すことが、そんなにも罪深いことなのかと思ってしまうほどだ。
「ねぇルイス。エントに言われたんだけど、世界のふもとって行っちゃダメな場所なの?」
「ん?」
空を覆う雲が、みるみる黒くなっていく。薄暗くなってしまい、ルイスの表情はよく見えない。
「そんなことを言っていたのか。予想外ではあるけど、なんとかするさ」
「なら良いけど」
暗くなっていく天気の中で、ルイスの影がただ一つ。なんとかするという言葉の裏に、ファニーは別の意味を感じ取っていた。
(まるで独りで解決しようとしているみたい)
ルイスがどんな表情をしているのか。見ようとしても暗がりでよく見えない。
「ねぇ、ルイス」
「まっ、詳しい話は後でな。それよりティーブが大変だったんだよ。消えたファニーを追いかけるって言って張ってさ」
「そ、そう?」
露骨に話題を逸らされてしまう。そして聞いてもいないのに、ファニーを助け出した方法の説明が始まる。それはアスチルベの魔法の痕跡を追いかけたという、聞くまでもないほど単純なもの。
「お~い」
雨が降り出しそうなほど空は黒い雲に覆われている。横になり休んでいたファニーは、遠くからアスチルベの声を聞いた。
「黒の賢者。ファニーちゃんに変なことしてないでしょうね」
「なにもしてないって。それより早く運ばないと」
「本当ぅ?」
ファニーの体が宙に浮かぶ。ふかふかのベッドの上で寝ているかのような感覚。そのまま運ばれていく。
「ファニーちゃん、大丈夫ぅ?」
「うん。平気」
「でも痛そ~」
優しく運ばれているので、衝撃で痛みが増すことはない。それでも怪我自体が多く、出血もしているので痛みは続く。そんな仰向けに寝ているファニーの上に、アスチルベがゆっくりと着地した。
「も~。黒の賢者がちゃんと準備しないから」
「そういうこと言わないの」
「は~い。む~」
元気に返事をしたアスチルベは口元に手を当てながらファニーのことをジッと見ている。
「どうかしたの?」
「ん~。血」
「血?」
「ちょっと確かめさせて」
アスチルベは出血しているファニーの怪我の横に近づく。そして血を少しだけ指にとり、口に含んだ。
「なにしてるの?」
「う~ん。やっぱり人間じゃない血が混じってるね。でもなんだろう?」
遠くの空は晴れていた。真上にある黒い雲とは対照的に、快晴の空から差し込む光。手を伸ばしても届かない光と、今にも雨となって襲い掛からんとする黒い雲。
(そういえば、最初に会ったときもそんなこと言ってたっけ)
ファニーの血には、人間ではない血が混じっている。その詳しい所を、アスチルベは突き止めんとしていた。
「ねぇ、それって私の寿命にも関係しているのかな?」
「ん~、わかんないけど。そうなんじゃない?だって普通の人間って60年は生きられるよね?」
「じゃぁさ、その人間じゃないものって取り除けるのかな?」
「どうだろう。もうちょっとちょうだい。む~。ほんのちょっとなんだよね。何の血なんだろう」
遠くの快晴の空が少しずつ雲に覆われていってしまう。差し込んでいた光も減っていく。
「ごめ~ん。やっぱりわからない」
「え~。なんとかならない?もっと血を飲んでいいから」
「ファニー。あんまり無理しない方が良い。自分で思っているより怪我は酷いんだから」
「あっ、うん」
一度諦めたファニーは再び仰向けに横たわる。余命3年だと覚悟はしていたが、もし解決出来る方法があるのだとしたら。
世界のふもとへ。世界を旅する間に、寿命を伸ばす方法を見つけられるかもしれない。
「着いたよ」
「うん。あれ?」
期待に胸を膨らませていたファニーが街に到着すると、街の代表に出迎えられる。疑問だったのは、周りにいるのが警備隊員ではない別の人達ということ。
「どういうこと?」
黒い雲から、ポツりポツりとついに雨が降りだす。ファニーの周囲を、謎の集団が取り囲む。
「ファニー悪いな。旅はもう終わりだ」
本格的に雨が降りだす中、聞きたくないルイスの言葉はファニーの耳にしっかりと届いていた。