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第20話~エントの怒り~

「人類か?」

「ん〜、ん?うわぁぁぁぁぁぁぁ」


 起き上がった瞬間、ファニーは逆さまで宙吊りになっていた。宙吊りにされたから起きたとも言える。なにか固いものに足を掴まれて、そのまま持ち上げられているようだった。


「ファニーちゃんを離せ~!」


 持ち上げているなにかに向かってアスチルベが言い放っていた。それがなにか、身をよじらせてファニーは確認した。暗くて見えずらかったが、それは5mはあろうかという動く木だった。


「えぇぇ?ちょっ」

「ふぅむ」


 アスチルベは動く木を攻撃しているようだが、あまりに体格が違い過ぎた。小動物が人間に挑んでいるかのようで、動く木は微動だにしない。その一方で、ファニーになにかしようという気もないようだった。


「あの、勝手に来てすみません。事情を話したいので降ろしてくれませんか?」

「ふぅぅむ」


 聞いているのか聞いていないのかファニーには判別できなかった。ただ動く木には顔があり、その大きな目にファニーの姿が写っていた。


「え、えっと」

「ふぅぅぅむ。よかろう」


 ファニーはゆっくりと地面に降ろされる。動く木は話を聞く気があるようで、かがんで話しやすいようにしてくれていた。アスチルベはその間に割って入り、まるでファニーを守っているかのようだった。


 そしてファニーは事情を説明した。といっても妖精のアスチルベに連れてこられたとしか言いようがない。むしろ聞きたいことが山ほどあった。ここはどこなのか、この森はなになのか、木漏れ日がどうして熱いのか、目の前の動く木をなんと呼べばいいのか、どうすれば帰れるのか。


「なるほど。妖精がのう」


 とてものんびりしているというのが動く木に対するファニーの印象だった。実際に動く木はそれだけ言うとずっと虚空を見上げたままだ。


「ねぇア~ちゃん。この人って?」

「この人?あぁ、エントのことね」

「エント?」


 動く木の種族名はエント。エントは世界のふもとのすぐ隣の住人であった。だがファニーはそのことを知らず、想像以上に世界のふもとに近づいていることに気付けないでいた。


「いかにも。ゆかいゆかい」


 エントは見た目通り木のような生活をしている。つまるところ、とてつもなくのどかな生活を送っている種族だ。人間のように要点を絞って話すようなことはせず、なにを話すにしても時間がかかってしまう。


 ところがファニーには早く解決したい問題があった。それは食料問題だ。水はともかく、なにも食べられていない状況が続いている。お腹の具合が限界を迎えつつあった。


「なんじゃ?」

「あの、その」

「ファニーちゃんはね。お腹空いたんだって」

「あっ、ちょっと。すみません」


 理由がなんであれ、エントから見ればファニーは招かれざる客だ。食べ物をねだれるような関係では当然なく、アスチルベが言ってしまったことに動揺しながら謝っていた。


「そんなことか」


 エントはどこからともなく木の実を取り出した。差し出された木の実を、一瞬ためらいながらファニーは口にした。動く木の前で木の実を食べて良いのだろうかという気持ちと、差し出されたものを断るのは失礼という気持ち、そしてなによりお腹が空いているという気持ちに従っていた。


「して?」


 質問の意図がいまいちわかりにくいのがエントという種族だ。ファニーは苦労しながらも聞きたいことを汲み取っていく。エントが知りたがったのは、これからどうするつもりなのかということ。


「ファニーちゃんはね、世界のふもとに行くの」


 その瞬間、和やかだった雰囲気が一変した。


 森全体がざわめく。大きな足音が増え、何人ものエントが集まり、ファニーは囲まれてしまっていた。


 「それは、叶わぬ願いじゃよ」


 エントの声が重く冷たく変化していた。さっきまで穏やかに、のんびりしていた様子とは全く違う。森のざわめきと共に、大勢のエントが一斉に声を上げる。


 世界樹。またか。永遠の命。欲深い。賢者。理性。魔物。人間。魔法。8人。エルフ。


 断片的に聞こえてくる単語の羅列の意味を、ファニーは理解できなかった。理解できなかったが、ファニー自身のことを言われているのだと察することはできた。


 そして、一際大きなエントがファニーの目の前に現れた。


「人間、欲深き種族よ。おそらく妖精の自由な行動を迷惑に思っているのだろう。しかし、世界からすれば人間の行動の方が迷惑だ。自由な種族である妖精の行動に難儀することはある。しかし、それは一時的なものに過ぎない。自由であるがゆえに、妖精は執着することがない。しかし、人間はどうだ?欲深いがゆえに執着する。世界のふもとに人間が辿り着いてしまったこと、それ自体は過ちではない。しかし、その後はどうだ?世界に争いの種を巻き続けてたのは人間だ。魔法など、永遠の命など、なくとも生きられように。我らは世界のふもとを守護する者、エント」


 返答する間もなく、エントは一方的に警告するだけ。


 エントの枝が伸びる。ムチのように速い枝がファニーを襲い、間一髪で逃れた。取り囲んでいるエントは叫び声を上げながら大地を揺らす。足元を揺らされて十分に動けない中で、枝のムチが止まることはない。


「痛ッ!」

「ファニーちゃん!!コイツ」


 血を流したファニーと目を赤くするアスチルベ。妖精の指先には目が眩むほどの赤い光が灯る。

 真っ赤に照らし出されたエントの顔。ファニーは思わず目を逸らしたくなってしまうほどに恐ろしいもの。だが迫り来る枝も防がねばならない。


「くらえ~!」


 アスチルベの魔法が炸裂する。爆音とともに炎が燃え上り、エントの巨体を包む。燃やし尽くさんとする炎。

 エントの葉を真っ赤に染める炎は、巨大な咆哮とともに霧散してしてしまう。


「そんな」

「ア~ちゃん、逃げて!」


 アスチルベの小さな体をファニーが後ろへ引っ張る。黒焦げのエントの腕が妖精の鼻先をかすめていく。


 間一髪で逃れられたが、ずっと続く地ならしと腕から作り出された突風にファニーはバランスを崩してしまう。


「行って!」

「いや!」


 飛んで逃げるように伝えるファニーの言うことに、アスチルベは従わない。振り下ろされるエントの腕を前に、身を寄せ合うだけ。


 もうすぐ踏みつぶされて全て終わり。


「ファニー!」


 エントを阻んだのは、1つの鏡の盾。


 攻撃を反射するはずの鏡の盾。エントの腕も弾き返すはずが、受け止めるだけで精一杯だった。それでも、一時的に止めることはできる。ルイスは全速力で倒れているファニーに駆け寄り、抱きかかえて離脱する。


「逃げるぞ!掴まって」


 とっさにファニーはルイスにしがみつき、はぐれないようにアスチルベをしっかりと手で包む。そして転移してきた時と同じ感覚を感じた。


 薄れゆく意識の中、怒りに震えるエントの声がこだました。


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