第17話〜カンパ〜イ〜
「カンパ〜イ」
代表と約束した3日間の最終日の夜。
短い間ではあったが共に戦った警備隊員と勝利を祝う。森に巣食っていたゴブリンの多くを討伐し、数え切れないほどの死体の山を築いていた。
「いや〜本当に助かったよ」
ファニーが飲んでいるのは甘い果実水だが、警備員達は全員酒をジョッキに注いでいた。 そんな中、酒に弱いのかリーダーの顔はすでに真っ赤だ。警備隊員たちも酒を飲む前から浮かれていて、始まったばかりなのにお祭り騒ぎになってしまっていた。
「あ、ありがと」
「ん〜?もっとシャキシャキしろ〜。一番の功労者がよぉ」
「えぇ?」
「ってかどうなってんだ?ありえねぇ遠くのゴブリンを見つけるだの、頭を粉砕する矢だの」
「あはは」
3日の間に、警備隊員の中でのファニーの評価は上がるばかりだった。信じられないほど遠くのゴブリンを発見するので有利な状況で戦い始めることができ、後方からファニーが放つ矢の威力と精度に助けられる人が増え続けていた。
残念ながら怪我人は出てしまったが、死者は1人もいない。適した装備がない中での作戦であり、もっと多くの被害を覚悟していた警備隊にとって十分すぎるほどの戦果だった。
「なぁ、旅なんてやめてくれよ。ウチに入ってくれ、なんならリーダーも頼む」
「いや、それは」
「うぅっぷ」
「あっ、ちょっと」
出来上がったリーダーは、警備隊員数名で運ばれていく。多くの隊員がファニーと話したがっていたようで、代わる代わるにジョッキを持ってきた。口々に話すのは、賞賛と感嘆の言葉。
全員と一通り話し終えるまで、ファニーは食事に手を付ける暇もなかった。
「つ、疲れた〜」
「おつかれ〜」
「も〜、ルイスも手伝ってよ」
「いや〜、みんなファニーと話したがってたからね。ほら、これ」
やっと解放されたファニーは、クタクタになって席を移動する。座っていたルイスが取り置いてくれた食事を差し出す。
「ありがと。でもなんで私だけ」
「一番目立ったからじゃない?」
「そうかなぁ」
常に先頭で盾を構え続けていたルイスと、森の中を1人で駆け回り逃げ出すゴブリンを瞬殺していたティーブ。アスチルベの魔法は最後まで我慢してもらうことになってしまったが、自分以上に2人は目立っていたとファニーは思っていた。
「まぁ、索敵はともかく、あの矢はド派手だったね」
「えぇ、そんなに?」
「木を貫通して、ゴブリンを粉々にしてたからね。みんな最初は自分に飛んでくるんじゃないかってヒヤヒヤしてたけど、そんなこと全然なかったし」
「ふ〜ん」
ファニーにしてみれば、安全な遠くの位置からいつも通り矢を放っているだけであった。
(ん〜。なんだか実感がないなぁ)
取り置きしてもらった料理は、すでに冷めてしまっている。お腹が減っているはずのファニーであったが、なかなか食事は進まない。
「別に前に出て戦うだけが良いってわけじゃないでしょ」
「そうだけど。ルイスとティーブだって活躍してたのに」
「まぁ俺は普通に盾で守ってただけだし。ティーブは1人で戦ってて誰も見てないからね。地味だったってことで」
「ふ〜ん」
冷えた料理を口に運ぶ。
ルイスはファニーの好きなものばかりを取り置きしていて、冷えていても美味しい料理だった。
2人きりで座るテーブル。黙々と食べ始めたファニーを、ルイスは優しく見守る。近づく人は誰もいない。
「あっ、そういえばア〜ちゃんは?」
つい夢中で食べてしまったファニーは気づき、勢いよく立ち上がった。にぎやかな妖精の姿がどこにもない。
(どこか行っちゃったのかな)
見渡しても妖精の姿はない。最後まで妖精の魔法を使える機会は訪れず、我慢し続けてもらっていた。徐々に不機嫌になってしまっていたが、愛想をつかされたのかもしれないという不安がファニーをよぎる。
「ティーブが面倒を見ているけど?」
「へっ?ティーブ?」
「さっきまで俺が見てたけど、ちょっと頼んじゃった」
「あぁ、そう」
空っぽになったコップを持ちながらファニーは立ちすくんでいた。どうして不安を感じたのか戸惑っていた。
(あれ?私、ア〜ちゃんと一緒が当たり前になってる?)
イタズラ好きな妖精で、追いかけっこの末に弓を壊されてしまった妖精。仕方がなく連れて行っていたはずが、いなくなって探してしまった。
「大丈夫かな。ちょっと探してみる」
「あぁ、そこの窓の外にいるはずだよ」
「ん。本当だ」
空っぽのコップをテーブルに置く。
意識を集中して探そうとしたが、その前にルイスに場所を教えてもらう。言われた場所に行くと、暴れるアスチルベをティーブが逃がさないように捕まえている。
「わぁ~あぁ。はなせ~」
「申し訳ありません。離さぬように申し付かっております」
「ぶ~。ファニーちゃんのガーダンなのに〜。なんで黒の賢者の言うこと聞くの~」
逃げられないでいるアスチルベを見てファニーは不思議に思う。
(なんで魔法を使わないんだろう)
転移魔法を使える妖精。追いかけっこの時のように、ティーブの手から逃げるのは簡単なはずだった。
「どうしたの?」
「あぁ、ファニーちゃん。もういいでしょ。はなしてよ~」
「いかがしますか?」
「もういいよ。おいで」
返事を聞いたティーブはすぐに手を放す。空に飛び出したアスチルベは、そのままファニーの手の中に飛び込む。
「わ~い」
「ねぇア~ちゃん、具合悪いの?」
「ん~?べつに~。なんで~」
「う~ん。魔法は使わないのかなって」
風邪でもひいたのかと、ティーブと共に宴会場に戻りながらアスチルベのことをよく確認する。熱があるでもなんでもなく、むしろいつもより元気一杯だ。
「ファニーちゃんが使っちゃダメって言ったんじゃん」
「えぇ?ちゃんと言うこと聞いてくれてたの?」
「ぶ~」
目を丸くしてしまったファニーとほっぺたを膨らませているアスチルベ。酔いがまわった宴会場には笑い声しか聞こえない。
「あぁうん。ちょっと驚いちゃった」
「言うことちゃんと聞けるもん」
「そ、そっか。えらいえらい」
空っぽだったコップには、また甘い果実水が注がれていた。
アスチルベのために用意されていた小さな器にファニーは果実水を注ぎなおす。小さな妖精を3人で取り囲み、テーブルの上に大人しく座る姿を見守る。
「本当によく懐いているよな。こんな妖精初めて見たよ」
「ふ~んだ。黒の賢者の言うことは聞かないもんね~。ファニーちゃんと遊びたいだけなんだからね。もう怒られたくないし」
「はいはい。わかってるよ」
少し酔いが回っている様子のルイスと、特に変わりのないティーブも果実水を自分のジョッキに注ぎだした。
同じ果実水で一杯になった2つのコップと2つのジョッキ。騒ぎ足りないのか、警備隊員の笑い声はさらに大きくなる。
「じゃぁ改めて、3日間ご苦労様」
「そうだね。ほら、ティーブも」
「はい」
「ぶ~。なんで黒の賢者が言うの~」
「ふふっ。じゃぁア~ちゃんにお願いしようかな」
「ん~?わかった~。カンパ〜イ」
果実水での静かな乾杯。疲れた警備隊員の笑い声が小さくなっていく中、ファニー達の笑い声は夜遅くまで続いていた。




